SAND STORM

朝ぼらけ

2011年2月27日

News & Study (January-February 2011)

Filed under: 未分類 — Tags: — sajin @ 01:00

◇野島美保の“仮想世界”のビジネスデザイン:“暇つぶし”とは何か――game中でも「暇だ」と思う理由

こうしてみると、確かに暇つぶしは「待つ」「時間」というキーワードで説明されることが多いが、第1から第4まですべての共通点を推考すると、時間概念とは違うものが浮かんでくる。つまり、「本来やりたい活動ができないという制約」である。

第1のキーワード「待ち時間」は、時間が余っていることのほかに、本来すべき行動ができないという制限を示している。通勤電車や病院の順番待ちなど、場所によって行動が制約されている。第2のキーワード「時間」は、時間が十分にある状況ではなく、むしろ本来すべき活動を割り当てるには短く中途半端な時間であることを指している。時間はあふれているのではなく制約されているのである。第3のキーワードの「仕事・家事」は、本来すべき活動として仕事や家事を行っている最中なのだが、それを続行するだけの気力が足りないという制約を示す。だから、気力を取り戻すために暇つぶしが必要になる。第4の「テレビ番組」は、暇つぶしになるコンテンツとしてアクセス可能なものが制限されていることになる。

つまり、時間自体が余っているのではなく、本来すべき活動ができない制約からくるフラストレーションに起因する。これが、この調査から得られる仮説だ。

本来やりたい活動が時間、場所、気力(というより脳の状態)、身体能力などで制約されているので、気晴らしの為にやるのがgame。

gameは能動的な行動なので、何か価値があるものを得ようとして行われる。だから純然たる暇つぶしになることは少ない。それが暇つぶしでしかなかったなら、無駄に感じてgameをやめてしまうだろう。

◇野島美保の“仮想世界”のビジネスデザイン:ネトゲ廃人を脱するための3カ条

ネトゲ廃人を脱するための3カ条

このアンケート結果を見て、逆から解釈すれば「廃人脱出ルール」だと思った。そこで、筆者はひそかに次のようなルールを決めて実行した。
1.他人とは比較しない

人は人、自分は自分。現実世界と同様に、gameでもこういう心構えが、結局は自分を助ける。現実では自信を持てずに、外見や肩書きなどのスペックを他人と比較しがちだが、gameは所詮娯楽なのだ。自分が気持ち良くなくては意味がない。

みんなが持っているという理由だけで、アイテムをゲットしようとはしない。筆者は、気に入った鎧を年中着ていることがある。game友達からは「鎧の中が蒸れて臭そうだ」と言われるが、それでもよい。また、みんなのレベルが高いというだけで、寝ずにレベル上げをすることもない。レベルが低いときには低いなりの楽しみ方があるはずだ。
2.数値目標を決めない

今週中にレベルアップしようとか、100ミリオンためようとか、地位や資産に関する数値目標を決めない。数値目標がなくても、十分にgameを楽しむことはできる。すべてなすがまま、レア・アイテムがドロップしようが、デスペナルティ※ばかりの不運な日であろうが、淡々と遊ぶ。仮想世界で遊ぶこと自体を楽しむようにする。
※デスペナルティ……キャラクターが死亡した時に経験値が減るといった、失敗時に受けるgame上のペナルティのこと。

数値目標は、やる気を引き出す大きな力になる。だから、点数とか年収とか数値目標を掲げ、効率的に時間を使い努力することが、現実世界でも推奨される。しかし、人間の心はそんなに合理的でもなければ強くもない。行き過ぎると、数値目標が一人歩きし、逆に目標に縛られ、世界を楽しむ主導権が自分の手から離れてしまう。意外と真面目な人ほど、gameも真面目にこなし、廃人playをしてしまったりする。

roleplayがない。数値増加や、”item”獲得は本来roleplay、役割を演じて遊ぶことの補助でしかない。

roleplaying gameは本来即興で踊る為のものだ。MMORPGは人間の活動を低次元に押し込めることで下らない餌を持続的に食わせ続ける構造を創り上げていることがわかる。

野島美保には一度TabletopのRPGをやってみて欲しいね。

そもそも仮想の役割を演ずることで、社会的な地位を遊ぶのがroleplaying gameの本質。RPGが真にroleplaying gameであるなら戦闘や戦闘の為の能力・装備強化でなく、振る舞いや決断、行動こそが大きく物事を変えていくはずだ。暴力ばかりを鍛え上げて一攫千金を狙う冒険者なんてのは本来盗賊も同然のならず者に過ぎない。その社会の生産的役割にどうやって、どれほど食い込めるかこそが本筋だろうに、そういうRPGは蓬莱学園ぐらいしか見たことがない。

本来女に向いているはずのroleplaying gameが戦闘中心のgameであった為に、特にroleplayに向かず数値積み上げばかりが中心となったcomputer game化の後は変な方向にばかり発展してしまった。

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2011年2月25日

Daily Log (February 2011)

Filed under: 未分類 — Tags: — sajin @ 06:04

◇PC game

PC gameってのはそいつ次第だから。そもそもpersonal computerになる前のmainframeの時代から口を開けて待つだけの単なる消費者なんてのはPC gamerの核ではない。そういうのは周縁の、さらに周縁に位置する面積だけは広いけど薄く引き伸ばされてどんどん外に押し出されて廃棄されていく人々。

PCってのは何でもできる。だから使う側の技倆や能力、感性がそのまま反映される。gameもcomputer上で動くひとつのprogramに過ぎない。だから改造しようが勝手に海賊版つくってバラまこうが本質的に自由。

PC gameはそもそも頭を狭くしたままにしておこうって奴には向かない。どんどん頭を広げていこうって人間、それがPCでgameをすることの最低条件。それが出来ない人間は大人しく家庭用機みたいな箱の中に住むしかない。

PC gameは創る側と遊ぶ側に何の境界もない。自分からやる奴、自分から乗り越える奴、自分からcoreへ向かって行く奴、そういう奴がどんどんcoreになっていく。indieの音楽sceneとまったく一緒。

家庭用機みたいなcalorieだけは高いjunk foodを好んで食う消費者ばかりの場所じゃない、coreに向かう奴がいる、わかる奴がいるって前提で創る方も最高にいいと思う尖った物、これまで見たことがないものを出してくる。fashion showみたいなもんだよ。

PC gameは素人が思いつきでつくったものゲテモノから、その筋にずっと伝わる伝統料理、超高級料理まで何でもありだ。別にどれもこれも一流の高級brandって訳じゃない。山奥の辺鄙な所でやってる上手いんだが不味いんだか高いんだかわからない料理屋みたいなのも多い。でもまぁ、franchiseで判を押したようにcopyされるchain storesではない独自の店なんだな。わかる奴が行けばいい。

どこの店でもわかろうとする奴は歓迎するだろうが、わかろうとしない奴に創ってるものの中身を落として合わせるなんてことは、もう周縁に向かって消費者とともに落ちていくだけの所だろう。

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2011年2月23日

英語の構造分解の練習

Filed under: 未分類 — Tags: , — sajin @ 18:13

◇Egyptian cleric: Kill Gaddafi

日本語訳の方を英語の段落番号順に捕われずに自在に位置変更・分割をほどこすと訳す際かなりわかりやすい。

1:[S]A top Egyptian cleric [V] has called [O] on Libyan soldiers
2:<- who can shoot Libya’s unpopular Leader Muammar Gaddafi
3:[O] not to hold their fire to free the nation < of his oppression.

1:Egypt人の(Islam教の)最高位司祭が
2:Libyaの不人気な最高指導者であるカダフィ大佐を狙撃できる
1:Libyaの兵士たちに呼びかけを行った。
3:Gaddafiの抑圧下にある自分の祖国を解放するために、銃をしまわず戦えと。

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