SAND STORM

朝ぼらけ

2011年2月11日

Game reviewのやり方を考える

Filed under: 未分類 — Tags: — sajin @ 22:27

gameを集中的にやって頭の中にザッと溜め込んでそこから記事を書くと言うことは単に扱う対象が増えたり、他のこととの兼ね合いでできなくなりつつある。

生産性を上げる為に、かんたんかつ効果的な手法を模索確立していく必要があるので手法・方式そのものを考え構築していく。


<目的>

何を目的にして書くのか。

・socialな欲求 (注目されたい、影響を与えたい、同じ趣味・感性の人に相手をしてもらいたい)

・自己の感情的充足

・自己の理解の昂進

・他者の理解の昂進

・客寄せ(他者の感情的充足)

結局の所video gameというのはそもそも生活必需行為でもなんでもない娯楽という拡散指向のものの中でも、さらに内容が多岐に渡るものなので、socialな欲求を満たそうとしても噛み合わないことの方が多い。もしsocialな欲求を満たしたいなら、それはgame記事でどうこうより直接社交的な手間をかけざるを得ないだろう。


<手法>

[側面と分割]

取り上げる側面を決め、記事を分ける。

情報: 発売日、開発者、必要spec、trouble解決方法などgameplay以前の情報
紹介: かんたんな説明、肯定的な側面
批評: 否定的な側面
説明: 標準的な水準に到るまでのplayの仕方の案内
攻略: より有利にgameを進める上での諸情報

(周辺)情報は自分が総合的にそのgameを扱いたいとか、自分にとって情報をまとめるのが有意でなければwikiなどに投げておけばいい。PC gameはこの手のgame以前の情報がかなり重要かつpatchやadd-onなど複雑に入り組んでいるので書いてまとめている。この手の事前情報や周縁情報はまったくそのgameをplayしていなくとも書ける。

紹介はそのgameをやり込んでいなくても、ある程度playした時に目立つ良い点をとりあげて感じたままに書き連ねればいい。通常大勢の人間に喜ばれるのはこういう記事。

批評はそのgame自体のやり込みは元より、同類game、だけでなく豊富なgameのplay経験やそれ以外の人文的素養なども必要とする。人間というのは自分が保有したり感情移入したものの否定的側面を指摘されるのは例えそれが真実だろうと嫌がって反発するものだ。大抵の人間は客観的判断に必要な肯定的な面と否定的な面の両方を受け入れることができず、実態がどうであろうと今の自分の感覚に好意的に適合するものしか受け付けない。それが一旦自分が良いと判断して所持したものだと尚更である。よって批判するには納得できるだけのものを書かないとその刃は自分に返ってくるだけに終わる。

説明は紹介と近く、そのgameを普通にplayするために必要な基本的なことがらを書いていく。興味を持った段階から実際にplayに移る時の障害を取り払う効果があり、player数を増やしたいなら効果的。

攻略は情報の羅列とそれらから導き出される攻略法とに大別できるが、どちらかというとplayerである自身が溜め込んだことを書き留めておくという面も強いだろう。参照する人はやり込み勢に限られる為もっとも少ない。

これらの側面、要素を必要に応じて集中して取り上げたり、比率を変えて混ぜ合わせる。

[おもしろおかしく書くか、真剣に書くか]

文才や感覚的才能は必要だが、批評でも説明でも攻略でもおもしろおかしく書こうと思えば書くことができる。逆にそれを廃して真剣に書くこともできる。結局、これは読み手を緊張と弛緩のどちらに導くかの問題だ。

基本的に娯楽を求める人間というのは弛緩を求めており、緊張させるようなseriousな文章は受け入れられないことが多い。逆に政治や仕事など現実に直面する問題で弛緩を弄ぶような事は嫌われ、蔑まれるだろう。

真剣な内容でも上手く要所で弛緩させることは、文章に限らず受け入れて貰うという点で効果的。

[特徴的な点と書き出しとPros/Cons法]

gameをplayしながら特徴ある点を列記してゆき、客観的に紹介すべき特徴とPros(肯定的)とCons(否定的)に分けていく。

これは実際にやってみるととても楽である。関わるgameが少ない状態の時はそのgameの仔細が頭に充満しているので、好きな様にreviewが書けるが、数が多くなったり実生活との兼ね合いで時間が空くようになると細かい点などほとんど忘れてしまう。こういった形で肯定/否定の両面に分けて書き留めておけば一度頭からそのgameが抜けてしまっても後から容易に召喚できる。また、書くべき事を決めるにはこういった簡潔な要点の一覧を増やしたり削ったりして検討するのが一番効率がいい。

こうやって骨子を明らかにした上で、review本体をここから展開していく。

Pros/Consは長文のreview内容と被るし、review全体を読まなくともそのgameの善し悪しを簡単に知ることができるという読者の便宜を計る為に、冒頭においた方がいい。もっともその場合、Pros/Consしか見ない人も多くなる。

[rating法]

五段階や十段階の数値で評価する方法。

一番安易でやりやすいが、大勢に媚びる付け方以外理解と共感を得ることは難しい。ただし、Pros/Consすら見ない人はこれしか見ないので影響力は大きい。

つまりratingを目立つ場所に置くと、人はまずそれを見て己の中にあるratingとのみ比較して賛同・反発を抱き、reviewの方を見る者は少数になる。特にそのgapが激しい時はわざわざreviewまで読む者は極少数の変わり者だけだろう。逆にreview文の後に総評などと一緒に提示すればそのratingはreviewの結果として表れる個人的評価の提示なので読み手のratingと異なっていても違和感は少ない。

[削減]

Writing a Game Review by: Kessandra @ FiringSquads

上の記事が参考になるが、reviewというのは何を書くかと同じぐらい何を書かないかが重要になる。

有名gameで大量の紹介記事が溢れているのに似たような内容のものをつくってもほとんど意味がない。記事の内容においてもどうでもいいことをダラダラ書き連ねても読む気が失せるだけだ。書かないことは書かない、簡潔に済ませられる所は可能な限り簡潔に済ますということが必要になる。

[screenshotと動画]

screenshotはFrapsや Liteなどを利用してplayしながら要所要所を数多く撮影し保存しておいた方がいい。

・screenhsot

画像は物事を認知する上での前提を一瞬にして与えてくれる。論旨がハッキリしていれば画像はあまり必要無いのだが、部分部分をバラバラと触れていくような記事でscreenshotがあるとないとでは天と地の差がある。

何らかの画像 > 認知基盤の獲得 > 文 > 論旨の展開と消化

gameというのは現実世界とは別に、また現実世界の規則とは別の規則を以て別世界・別規則の空間として成り立つものだ。だから何の画もなしに文だけがあると、そのgameをplayした事がある人間でも直接脳に充満するほど密に接していない限り認知基盤が得られず理解に進みづらい。それは脳に別世界・別法則の少ない手がかりでの召喚を課すのでenergyと時間を浪費させる。必然読まれない。

欠点としてscreenshotは前提を一瞬にして与えるほど情報量が多く、脳に対して強いので乱用すると意識が分散してしまう。一つの論旨に対して一つの画像、文が長すぎる場合(通常そこで論旨は移っているだろうが)適時追加していく程度の方が文に対して集中してもらえる。

また書き手にとってgame内容が頭から抜けてしまった後でも、もう一度そのgame内容を召喚するにも実際にplayしなくて済むので事後召喚のtoolとして便利だ。撮影画像は事後利用を考えた場合、要素やlevelごとに細かく分割保存しておくと整理・管理が楽。

・動画

昔は動画も画像の様に挿入して気軽に使えるのではないかと思っていたが、撮影・編集の手間がかかり過ぎることと、独立のcontentsとして扱われるので、記事の一部ではなく単体で意味を持つようにつくった方が結果的に良い。


関連記事

No Comments »

No comments yet.

RSS feed for comments on this post. TrackBack URL

Leave a comment


sand-storm.net