SAND STORM

朝ぼらけ

2012年9月24日

[Gamebook] Fighting Fantasy – 情報

Filed under: 未分類 — Tags: — sajin @ 01:08

Designer: Steve Jackson(UK) /Ian Livingstone (UK)

Official: The Official Fighting Fantasy™ website
Forum: Official / The Unofficial Fighting Fantasy Forum!
Wiki: Titannica / Wikipedia (List)

Choose Your Own Adventure(Wikipedia)に代表される行動選択gamebookに簡略化したtabletop RPGのsystemを取り入れ一世を風靡したgamebookのseries。

Choose Your Own Adventure eBooks Deliver Excitement and Functionality | GeekDad | Wired.com –  CYOAがどういうものか画像付きでざっと説明されている。

[その変わらぬ価値]

FF型Gamebookの今も変わらぬ価値は、ひとつはその世界表現にある。筋肉隆々とした男女が化け物とぶつかり合うわかりやすいAmericanなものや、気軽に扱える記号のみが残った日本のlight fantasyではなく、古代Celtから繋がるBritain独特の本物のFantasyがそこに表わされている。記号化や脱色がされておらず、怖さ、小汚さを含む土俗的な感覚がそのまま表現されているのは何とも魅力的だ。

game面から見るとTabletop RPGの本質をもっとも簡易な形にして取り込んでいるのが大きな良点で、ruleはきわめて覚えやすく小学生が初めて読んでもplayできる。また自身で地図を描いたり、経路を書いて攻略したり、さらに単に盲目的にruleに従うのではなく、それを適切により面白くなるように自ら変造することも学べるだろう。

こういったgameをplayしているだけなのに想像力を発揮し創造的になれるのはvideo gameでは得られない旧来の卓上gameのすばらしい点で、gamebookはそれをもっとも手軽に体験させてくれる。

また旧社会思想社版なり、復刊版なりで良質な日本語版が入手し易いのもいい所。


[流行と衰退]

RPGを取り込んだFF型gamebookが流行したのは、ruleが厖大複雑な上playするには多人数が必要なため敷居の高いTRPGと性能が低く貧しい表現しかできない割に高価なcomputer gameの隙間にある需要を見事に捕らえたからであった。文庫で供給されることによる安価さと一人で簡易なruleを用いて冒険ができるFFは人気を呼び多くの類似作品を生み出すことになる。しかし、computerの性能向上により中流未満の家庭でも十分入手可能なhome computer(Commodore64,ZX Spectrum,MSXなど)が登場し、さらにFamily Computer(NES)に代表される本格的なgameを表現できる家庭用video game機の爆発的普及で一人で遊びたい消費者の需要はそちらに流れ、FF自体も簡易過ぎて底が浅い癖に無駄手間が多いという欠点、さらにseriesが重なるとまともにplayしてもclearするのが不可能なほど高難度化して一部のmania以外に支持されることはなくなり、有象無象の類似gamebook諸共一般的な流通からは姿を消した。

[FF誕生の経緯]

そもそもIan Livingstone,Steve JacksonはJohn Peakeとともに1975ADにGames Workshop(Wikipedia)という会社を起ち上げ、最初は伝統的なboardgame(BackgammonMancala,碁)の手作業での製造を行っていたが、すぐにUSAで流行り始めたDungeons & DragonsなどTRPGの輸入販売や会報の出版に乗りだし、computer gameにも手を染めた。こうした新規路線を嫌ったJohn Peakeは翌年退社して袂を分かったが、D&Dの公式販売権やconventionの開催は急速な利益の拡大をもたらし、TRPGやminiature wargame方面に集中して会社は拡大していく。

1980AD,Penguin Books(紙質の悪い安価な本を出す古参出版社)との会談で一人用roleplaying gameの企画を提案し、Penguin側に”The Magic Quest”として見本を提出する。Penguin側はその可能性を認めたが、さらに半年をかけて企画は練り上げられ”Warlock of Firetop Mountain”(邦題”火吹き山の魔法使い”)として結実し、さらに数度の改良を重ねて1982ADにPenguinの子供向け出版名義であるPuffin Booksで出版されると、世界十七ヶ国で出版されるほどの流行となった。以後は専門誌Warlock(Wikipedia)のsupportなどもあり、seriesで六十冊を越える冊数が出ている。

[Warlock]

Warlock(1983~1986AD)はsolo adventureのgamebookとmultiplayのTRPG両側面を持つFighting Fantasyのsupport誌として発刊された。毎号掲載されたOut of the PitはどちらかといえばTRPG向けの新monsterで、背景世界の拡張もそもそもはTRPGを前提とした面が大きかったのではないだろうか。

中心はあくまでgamebookで毎号書籍化されるFFの原版や独自作品が掲載されている。そもそもD&Dがminiature wargameから派生したこともあり、miniatureの宣伝が多く、GamesworkshopがD&Dを取り扱っていたため、FFに固執することなくD&Dのsolo adventureであるとか、beginnerへの導入としてFFではなくD&Dを使ったりしている。

◇日本版Warlock

社会思想社はFFの翻訳に携わった面々で通信販売のみの同人誌に近い『ゲームブックマガジン』を出していたが、その中の一人安田均率いるグループSNEが担当してDec.1986ADの英Warlock終刊と同時にそれを引き継ぐかのように日本語版『ウォーロック(Wikipedia)』の出版を開始した。

「ゲームブックマガジン」創刊号(1986/6)~第6号(1987/4) 漫画とラノベと○○と/ウェブリブログ

冒険記録日誌 2009年07月,2008年01月 @ ぷりん部屋

日本版WarlockはFighting Fantasyなどの関連記事から日本語作家による独自作品も掲載するgamebook雑誌として始まり、次第に同じ社会思想社から出版されたTRPG Tunnels&Trollsのsupport誌としての色彩を強めながら綜合fantasy雑誌として機能し、中期からは冒険企画局に編集が移行してgamebookの記事はほとんど消え、TRPGはWarhammer,Advanced Fighting Fantasyを扱うようになった。ウォーロックは角川書店や富士見書房が牽引した重苦しく薄汚い本格的fantasyを脱色して西洋の中世に理解がない人でもわかる軽いものにした”ライトファンタジー”流行(“スレイヤーズ”に代表される)の世調にほとんど迎合することなく独自の路線を歩み、March,1992ADに63号で休刊した。

この時期は新幻魔対戦で始まったmedia mixと漫画的なわかりやすさを取り入れた若者向け小説が、小説的な重みを排除したほとんど漫画同様の軽いライトノベルとして確立され、media mix商法を得意とする角川書店とその子会社である富士見書房により大規模に展開された。この路線の勝利により、現実的な薄汚さを含む暑苦しくバタ臭い本格的なfantasyやSci-Fiは若者の視界から消え、戦国時代や三国志まで萌え化するような日本独特の状況へと繋がっている。

余談だがほぼ漫画と言えるライトノベルを確立した角川富士見のものであっても初期は本格的小説としての中身を備えるものが多く、それまでの文学との連続性の中にあった。そういった流れと断絶し、漫画やアニメの側に属するものとしてのラノベを始めたのはスレイヤーズだろう。

坂田悠 ライトノベルと「オタク」文化 > ライトノベルの現状と招来

SUNTORY SATURDAY WAITING BAR2006年6月3日の放送

2002ADにFFの出版元はIcon Booksの子供向け名義であるWizard Booksに移り、現在ではそちらから出版されている。またGames Workshop自体はそのまま活動しており、miniatureを使ったwargame/TRPG、Warhammerなどはここから出ている。(Warhammer 40Kはその派生)。

◇Ian LivingstoneとEIDOS

Games WorkshopはWarlock創刊時には既にFFのhome computer版を出していたが、Ianはcomputer game開発にも大きく関わっており、Domarkというcomputer game開発兼出版会社で数作designした後、1993ADに出資者兼経営陣として入社する。このDomarkは後にEIDOS(そもそもは動画の圧縮編集会社)のgame部門が結成されるに当たって中核となった会社で、それを主導したIanはgame事業が中心となったEIDOSのfirst chairmanを勤め、Deathtrap DungeonがEIDOSから出たのはそれが理由となっている。

video gameのDeathtrap DungeonはEIDOSの代表作であったTomb Raiderに近い三人称action gameで、飛び道具とjump actionで解決する場面は少なく、現実よりの重ったるい戦闘と地道にpuzzleを解いていくことで進むgameになっている。地元UKではbest sellerを取ったが、Gamespot/IGNなどUSAの主流mediaからの評価が良くなかったのは操作性やbugの他、graphicsにその年の基準で金がかかっていなければ高く評価しないという北米のgame報道媒体の悪しき性質が原因。

IanはEIDOSがSQUARE/ENIXに買収された後、”Life President(終身会長?)”という名誉職のようなものについており、数々の大学の名誉博士号などの他、大英帝国の勲章も授かり、英国政府で技能育成の仕事に就くなど英国game産業の第一人者のような地位にある。

Livingstone becomes ‘life president’ of Eidos | Joystiq

Lara Croft’s Favorite Uncle: Eidos Life President Ian Livingstone on Teaching Britain to Code | Forbes

一方のSteve JacksonはPeter MolyneuxとLionhead Studiosを設立し2006ADまで在籍した後は大学教授(専攻はgame design)をやっている。

Steve Jackson – United Kingdom | LinkedIn

◇USAのSteve JacksonとElectronic Frontier Froundation

USAのSteve JacksonはUKのSteve Jackson同様にFighting Fantasy seriesのgamebookを数冊執筆したにも関わらず、著者名だけで他に何の言及もなかったので同一人物なのか別人なのかで混乱の元となった。この米Steveはboardgame OGREやTRPGの汎用system GURPSCar Warsなどで有名で、Steve Jackson Gamesを設立して活動している。

1990AD,SJ Gamesは何の罪もないのにUnited States Secret Service(大統領の警護と通貨偽造など金融犯罪を担当)によるOperation Sundveilという”hackerを一斉摘発する”ことを目的に行われた捜査で多くの物品を押収される憂き目にあった。この件は裁判でSJGが勝訴しているが、これに代表される官憲の横暴は、電子空間における自由と権利を主張し擁護するElectronic Frontire Foundation(EFF,Wikipedia)創設の大きな動因となった。EFFは弁護士を使った法的闘争まで行って電子空間での自由を守ろうとしている代表的組織なので、Humble Indie Bundleなどで寄附先にある時は撰ぶといい。


[Link]

Fighting Fantazine – fan製作のmagazine。PDFで配布している。

Sci-Fi-O-Rama > Russ Nicholson Archive  – 手描き時代の魅力的なSci-Fi illustrationを紹介している。

今日ばかりは一ファンとして語ります 火吹山の魔法使いのボードゲーム by All About 編集部


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