SAND STORM

朝ぼらけ

2012年11月20日

カタカナ英語をやめよう – 外国人や原語環境にいる人が抱く感想

Filed under: 未分類 — Tags: — sajin @ 18:01

閉じられたドアの向こう側で カタカナ英語の嫌いな次男

あのさ、外国人もカタカナ英語が嫌いなんです。インタネットとかマイクとか言ったらいいですけど、 「セルフ」とか「ベッドルーム」とか言うときに、俺はヘドしたいって感じます。そんなにきらいなんです。もう日本語の言葉があったら、なんでカタカナ英語を使っているんですか。白人になりたいんですか。日本語を勉強するのを止めた友達が多いです。「日本語で話すのを勉強するのは、アホな英語で話すのを勉強することだから止めた」と言われました。多分激しすぎたでしょう。でも、もし不必要にカタカナ英語を使い続けるなら、日本語と日本の文化をいつか全部失ってしまうと思います。西洋の国に来てみてください。かっこいい場所じゃありません。全部の留学生は「最初は、ここが大好きだけど、もう嫌いになって出発したい」と言いました。日本のため、悲しいですよ。

David |  2011.10.19(水) 10:09

USAに居住して子育てをしている母親が、子供が親たちの使う訳のわからぬカタカナ英語にまみれた土俗語でなく、ちゃんとした日本語を用いるよう注意してくる、という記事に寄せられたcomment。

日本語を学ぼうとする外国人がカタカナ英語のおかしさを訴えるのは自分も4chanなど日本の文化が好きな人が多い場所で何度か見たことがある。”日本語で話すのを勉強するのは、アホな英語で話すのを勉強することだから”止めた人は多いだろう。

自分達の言葉があるのに、次々と外国語をその場のノリだけで取り入れては好き勝手に色付けし、日本語を忘れ、取り入れた元の原語とも懸け離れた理解困難なJapanglishを喋る知的に問題がある集団。外から見ればそう見える。

“言葉は時代とともに変わるもの”などという水準の話ではない。どう見ても日本人は日本語と日本の文化をすでに全面的に失いつつある。こんな自らの文化も守らず、訳の分からぬ三流の派生言語を喋る集団を中国人の移民とすり替えた所で何の問題があるだろうか?

その程度の価値しかないと見なされる人々はそれに相応しい扱いを受けるということを歴史は無数の例で教えている。


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4 Comments »

  1. 何でもかんでもカタカナ英語にしようとする中高年男性が身近にいて
    うんざりしていた時期があったので
    「カタカナ英語をやめよう」の記事とcommentを少しですが読みました。
    想像とは違いましたが感想があるので書かせていただきます。

    英語との意味の差で違和感があって気持ち悪い時がある、という体験をする人は多いと思います。
    私は区別する事で、この気持ち悪さがかなり改善されました。
    音声やイメージを文章で表現するのが難しいのですが、
    リンク先のデジカメのくだり、お母さん側の思考が私にはよく分かります。
    私の中では「デジカメ」「デジタル・カメラ」は日本語で、
    「でぃずたる・きゃーめらあ(digital camera)」が英語なのです。
    リンク先の息子さんのように
    これを「デジカメ」=「デジタルカメラ」=「digital camera」だと思うと気持ちが悪くなります。
    commentのDavidさんも、もしかしたら
    「ホッチキス」「ペットボトル」「犬」「テレビ」が日本語なのと同じように
    「デジタルカメラは(英語由来の)日本語」といった区別を自分の中ですれば
    カタカナ英語に対する違和感や嫌悪感は消えたかもしれません。

    砂人さんとは違う方向に偏った意見かもしれませんが、
    カタカナ英語の問題は「日本人がそのまま英語だと思っている事」
    「英語圏の人が、日本人が英語だと思っていると信じている事」だと感じているので
    日本人に「英語由来だけど英語だと思わないでね」という教育がどこかでされれば良いと考えています。
    (できればアメリカ人にも
    「アメリカ人に対する予備知識が無い日本人が、カゥリオーケーって言われても
    カラオケの事だって通じないかもよ」等と知って欲しいものです。)

    Comment by みか — 2013年10月16日 @ 05:38

  2. 日本のカタカナ外国語はその場のノリ、流行廃り、勝手な解釈で充ち満ちたものだから、仮に現状を追認して弥縫策を取っても、その”現状”そのものが容易く変化してしまうので意味を為さない。結局国際的ないし歴史的に通用するように合わせないと、際限なく変化して際限なくその場しのぎの追認を繰り返し、結果滅茶苦茶になるだけで解決しないんだな。

    その男性のような我流のとんでもない言葉をその場の感覚で乱造する人間の振る舞いは、社会の公論として”間違っている”、社会人として”劣っている”ことを常識化し、社会人としてやっていけないようにしないと解決しない。その男性がやっていることは、道路標識を勝手に書き換えて回っているようなものだから。

    Comment by sajin — 2013年10月18日 @ 20:38

  3. 日本を駄目にしてるのは「横行してるパチンコ」と「ブロック制住所制度」と「カタカナ英語」でしょう。このなかでもっとも日本文化にダメージをあたえてるのは「カタカナ英語」です。

    小学校での本格的英語教育が計画されてますが、小学生時代に必要なのは「カタカナ英語」を正確な英語で記述でき発音できることだけで充分だと思います。

    日本社会からすぐに「カタカナ英語」を排除するのは難しいでしょう。まず小学校・中高学校・高校の教科書、とくに理科系の学科からの「カタカナ英語」を排除するのは容易に行えます。

    「カタカナ英語」を alphabet に置き換え日本文に挿入する場合、alphabet 単語の前後は半角スペースを空けると読みやすくなります。

    さらに日本・中国・香港・台湾の漢字統一化も必要だと思いますが、香港・台湾の旧書体だと画数が多すぎてフォントが読みにくいし中国の簡略書体はやりすぎ。やはり日本の書体に統一することが望まれます。

    Comment by 文科省官僚 — 2014年2月6日 @ 21:02

  4. 自分も暗記教育の延長として並列的に小学生に英語教育を押し付けるのは反対だなぁ。体験・経験の基盤もないのにせいぜい学校教育で提供できる程度のものを押し付けてもいいことにならない。教科書でのカタカナ英語の使用は本当早期にやめて欲しい。公が日本語の壊乱、日本語・英語能力獲得の阻害を進めてるようなものだから。

    漢字はこっちに合わせろと言っても、向こうが合わせる理由がないから無理ですよ。逆に台湾みたいな数千万人規模の先進国家を現に繁体字で回してるのだから、移行における問題はITでのことも含めてほとんどないと思いますね。戦前もあの画数で印刷してたし、大したことはないですよ。digital化を進めれば、自分のbrowserにplug-inでも入れて自動置換するようにすれば、認知を改められない人も問題はないから、実用上の問題はほぼないんじゃないかなぁ。

    Comment by sajin — 2014年2月9日 @ 01:01

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