SAND STORM

朝ぼらけ

2013年12月3日

日誌 – 平成二十五年十一月、十二月

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◇東都

十日ほど東京に行くことにした。

特に年末年始に連続で取れる宿がなかったので、capsule hotelと組み合わせることにした。この間の旅行はその試験も兼ねていたが、まぁ大きな問題はないだろう。

◇夢二と福井良之助

この間夢二郷土美術館に行ってきた。たまたま福井良之助の作品も展示されていて、舞妓を描いた恐ろしい絵に擒になった。和服の描き方などとんでもなく写実的なのにまったく写実を超えている。しばらくその場を離れることができない。

福井の絵を見た後だと、最初夢二の絵は”ヘタウマ”の類にも見えたが、じっくり見ていくとまったくそんなことはない。後の少女漫画的とも水墨画的とも言える描写は誰も真似できないものだ。夢二の基盤には厚い日本の自然と今は失われた村落共同体の伝統がある。何より詩人だ。夢二自体の詩作や挿絵がたっぷり入った本が展示されているのに、それの復刻版が土産にないのは惜しかった。

◇岡山市立オリエント美術館

ついでにオリエント美術館なるものに入ってみた。入館料はすごく安い。そして中身はとても素晴らしい。一階は二千年前ぐらいのAsia~中東~India辺りの硝子工芸やら仏像の頭、青銅の剣、一神教に去勢される前の宗教表現は本当にすばらしい、

二階は千年ぐらい後のIslam工芸だが、技巧・表現とも退行したように感じる。二階の皿に刻まれた文字が中々すさまじい

汝の依るべき所、高きも低きも汝なり
汝ら皆無きに等しく、有るものすべて汝なり

ここがいいのは美術館としてのつくりと雰囲気で、壁には文様が刻まれ広々として何千年も前の展示品といると実に安らげる。

中に喫茶店があってArabic coffeeなるものを頼むと、これは漉してない砕いた豆と香料などを直接煮込んだもので、普通の珈琲とまったく違う味や不思議な感覚を得られる。

この美術館は岡山で暇を潰すなら、ここ以上はないという場所だった。団体客さえこなければの話だが。

◇会合

不思議なこともあるものよ
今日吾はliveの券が24時間の便利屋でしか発券されぬというので取りに行った
片道5kmほどの歩きだが 近いので山の中を通ったよ
今や地元の者といへ、老いたる者しか知らぬ歩きの街道というものがある
ついでに山城も探ることにした
普段は人も通らぬ山の上
道が綺麗と思ったら森林組合の者等が脇の木々を伐っている
少し上の貯水塔、その裏に登ると見晴らしが良い
ふと下を見ると翁が登ってくるので組合の者かと思ったら
猪が出るので見に来たらしい
案内を請うて山城の跡らしきものへと行ったら
大きな岩がごろごろ転がっていたよ
山の上で巨石と会うと魂が震える
翁と別れて山下る 天気崩れてみぞれになって
久々の山の嬲りに喜びつ 朽ち木どもと藪の中など抜け出れば
いよいよみぞれは酷くなり 面倒なので券だけ取って
別の山道帰ったよ
帰り信号で休んでいたら小学生に怪訝な目で見られたな

◇違和感

旅行から戻った時、自分の部屋に感じる違和感は何なんだろうな

◇遠いほど良い

音は遠ければこころよく

光は遠ければやさしい

女は遠いほど愛しい

◇Rum酒

rumという砂糖黍からつくった酒があるが、あれは少しやばいな

度数が三十七・五度あるのに焼酎より口当たりが良いから、するすると、たらたらと飲んでしまう

これに馴れると二十五度の焼酎も薄く感じるようになる

さすがにこの度数は翌日残るようだ

夏場に床にねてCokeばかり飲んでいたから、さういう身体になっているのかもしれない

◇音楽

音楽が聞けるようになったんだから、よかったじゃあないか

◇Pinball

ひさびさにpinballでもしてくるとしよう。

◇謎

また下らぬものが捨てられた

おぞましい謎を解くために幾歳が捨てられてきたが

謎は最後には謎でなくなるのかもしれない

業が捨てられようと 身が捨てられようと

大して変わらぬことではあるのだろうが

◇夜歩く

夜動くのは心地よく 頭に冷気を通すのは猶心地よい

光はあしざまに吾を呪えど 夜の星々は遠く仰ぐを許す

大いなる流れに 何の棹を差し挟むことあらんや

ただ塵の如く舞い流るるのみ

◇災いの詩

・断絶

お前に聞かせてやりたいよ
肉と神経が音もなく引きちぎれ
使い物にならなくなるあの音を

・疑い

俺を疑うお前に 十秒でいいからこの身体を貸し与えてやりたい
最初の二秒で目を見開き手をこわばらせ
己の身体に起こったことを理解もできぬまま
五秒後にはブルブルと上半身を振るわせてこちらを見
憐れみと謝罪に満ちたまなざしを向けた後
十秒経たぬ間に 近くの柱か混凝土に頭から走り込んで
血と脳漿を撒き散らし苦痛を終わりにするだろう

◇身体

身体というのは幾ら集中して見、世話してやっても足りないほど奥が深い。特に中の流れ、神(脳神経系)のありよう、壊しと回復、すべて見つづけて初めてわかる。無限にも思えるが、ちゃんと見、常に験す中で適切に為していけば、すべてが見返りとなって還ってくる。

◇部屋を半分に割る

冬支度というやつをしてみた。oil heaterを前提に部屋の中央に幕をかけて空気が交ざらないようにした。

写真というのは上手くとるのが難しいものだ。部屋の照明程度ではまったく足りないし、flashを焚けばそれはそれで変になる。

最近は集中した対象に関することしかやっていない。色々気を散らすのは馬鹿らしいことだ。

教養ある女性が、女性化した男たちに加わって社交界の楽しみや会話に耽るかわりに、女らしいやさしさを失わないまま、思想を持っているなら、彼女は確かにその世紀のもっともすぐれた男たちから、熱狂に近い尊敬を得ることができよう。

DE L’AMOUR(恋愛論) Stendhal (スタンダール) 新潮社版 252頁


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