SAND STORM

朝ぼらけ

2014年1月7日

Comic Market(コミックマーケット)85 – 戦利品と感想

Filed under: 未分類 — Tags: — sajin @ 15:11

Comic Marketなるものに行くのは初めてで、いきなりいくと死亡しそうだったので、まず29日の十四時頃に下見に行った。一応混雑する時間帯は躱したつもりだったが、大量の客が残っていてとても容易にうろつける空間ではなかった。また東館・西館・屋上・出口が長い通路で結ばれる特殊な構造は、馴れないと難しい。

全体に戯画的な”オタク”というのは少なく、どちらかというと容装はむしろ街の一般人よりおしゃれであったり、良い物を着ているように見えた(別にcostume playをしていなくとも)。特に色合いに対する感性が一般人より高いようでvividなものが多い。時代性もあるのか、そもそもオタクは審美眼が高いのでそれを自身と容装に向ければ、当たり前とも言えるが、すべてを忘れて対象に没頭すべき、と考える古風なオタクには許し難い?ことだろう。

参ったのが帰りで、ゆりかもめという荷物を載せる網棚もない車輌にcomikeの客、お台場などの観光客、支那人やら白人やらが後から後から乗り込んできて立っているのも難しくなった。

物を入手しに行ったのは31日のみで、西館だけ見て回った。

・『春秋学綱要-春秋学に関する五つの論考-』 呂大圭 (改訂版)発行:サークルGinNan (文はすべて江藤清通)

“呂大圭が本書を執筆した理由は簡単明瞭である。呂大圭の目的は、如上(うえのごとく)の公穀伝的な義例的解釈と左氏伝的な研究の両方を否定し、新たな春秋学体系を作ることにあった”

この手の春秋の公羊伝・穀梁伝・左氏伝の学派争いは、前二者が儒教ideologyに過ぎず史官が春秋に載せきれなかったことを補遺したとおぼしき左氏伝だけを見ておけばいいという考えだった。公羊伝・穀梁伝そのものは相変わらずどうでもいいが、呂大圭は左伝もきっちりと批判し、明快な論理で独自の道徳観まで打ち立てている。

解題において江藤はこれら三伝の違いと経文の読み方、伝による解釈の差まで提示してくれており、いたれりつくせりの内容だ。

所で、この綱要は呂大圭がまったく独自に作り出した物ではなく、劉敝の『春秋権衡』他の手法や例を用いたもので、さらに蔡沆の『春秋五輪』という書物が下敷きになっているという。ただし、呂大圭は蔡沆が捨てきれなかった一字褒貶を捨て去って完全なものとしており、読む者に疑問を抱かせないすっきりとしたものとなった。この書には元となった蔡沆の春秋五輪の序文が収められている。

“これらを考慮するならば、呂大圭の学説は新学説を提起して春秋学に新機軸を打ち出したというよりは、むしろ宋代に漸次形成されていった春秋学説を総括し、それを巧みに織り交ぜたものであるといえるだろう。あるいは逆に、数百年の久しきにわたり歴史学者の叡智によって錬磨された学説を基礎とするが故に、春秋学史上の主要問題に対する本書の解答もまた一段と精彩を放つものになった”

まこと然りで、春秋、そして左伝に興味を持った際、外すことのできない名著のひとつだ。

・『左伝学派への批判 『春秋権衡』 巻一・二』 劉敝 撰 発行:サークルGinNan (文はすべて江藤清通)

ざっと見た程度だが、呂大圭のそれと違って、微に入り細を穿ったもののようだ。綱要に使われた手法の一つだけで通した書物といった所。

・『宋代名賢伝2 ~小物たちの時代~』 発行:サークルGinNan (文はすべて江藤清通)

宋が女真族の金に追われて南に遷都するまでの北宋末期の士大夫たちを主に『東都事略』から取って描いた人物伝。かの王安石で有名な新法の改革は司馬光ら旧法派によって頓挫したが、新法派対旧法派の派閥争いは依然続いていた。そこで小物とも大物とも言えぬ半分どうでもいい連中が文人皇帝徽宗の下で繰り広げる権力闘争は、あまり触れられることのない時代を活写している。

・『宋代名賢伝3 ~賢人君子の時代~』 発行:サークルGinNan (文はすべて江藤清通)

左伝絡みが専門家的仕事なら、こちらは江藤が同人らしく自身の解釈で筆誅を加えまくっていて面白い。

“死者に鞭打つことや、衰弱したところに批判することを厭う人間がいるが、私はそうは思わない。物には限度があるから、なにをしてもいいとは思わないが、もし死んだだけで許されるなら、あるいは衰えたものは誰でも憐憫の情を与えられるべきだというなら、暴者のやりたい放題の世の中になってしまう。己の死んだ後、己の衰えたときにこそ、真の評価が下ることを戒めとすべきではないか。まして奸邪が謗(そし)られぬとあっては、正しきを貫いて散っていった多くの人間が浮かばれまい。罪人や小人は未来永劫にわたって処罰され続けるべきなのだ。”

・『必通 陸軍少年通信兵読本』 vol.1・2・3合併号、4・5・6合併号 発行:少通校資料刊行会

旧陸軍の陸軍少年通信兵の本格的な説明・教科・組織図他。写真が豊富で、4・5・6合併号は当時の訓練記がそのまま載っていて面白い。

・『維新史八講』 吉田東伍著 発行:日本史探偵団

戦前の中学の教材に使われたという明治維新激動期の概説本。正字正かな表記で読みやすく、戦後日本語より伝わってくるものが遙に多い。

・『おたくと田中角栄』 吉本たいまつ著

これは、本格的だ。間違ってもおたくと田中角栄を無理にかこつけた浅い本ではない。

角栄が戦後日本の変造において決定的役割を果たした、特に交通基盤、すなわち物と人の流通において凄まじい変容をもたらしたことが豊富なdataを元に詳述される。そして、その様な基盤の変容こそが後の日本総オタク化社会をもたらす前提となったのだ。かといって、角栄を礼賛する本ではなく、中立的にその功罪を描いている。

他にも特定郵便局利権との関わりは、それを破壊した小泉改革が何だったのか、なぜあれほど反発が多いのかを理解できるし、華やかな東京の中心が描かれるばかりで、おたく文化の伝播おいて通常描かれない中核以外の半辺境、辺境といった地方との関わりが著者である吉本の成り立ちと関わってきっちり描写される。

・『女装と思想』 vol.1,2 発行: テクノコスプレ研究会

主として、女装家?のあしやまひろこで、その思考回路は論理的で完全に男。女はこういう考え方をしない。逆を言えば、男には読みやすい。

『「女装時」と「非女装時」の身体への接触における脳波の変化』は、女装時の偽乳への接触を親しい女性からと見知らぬ男性からの両方で科学的に差を調べたもので、大して意味はないが同人、というより地下発行物らしい試みで目を引いた。

・『おかまノート-増補版』 おかま研究会(仮)

“ジェンダー”、”性的マイノリティ”などという言葉をがなり立てる連中にいい印象はまったくないが(女性解放運動の昔から社会主義・共産主義系でその手が多い)、ざっと見てそういうものとは異なって、中立的な立場からさまざまなことを語っており、調和をもたらすようなものに見えたので買ってみた。実際、”マジョリティよりマイノリティほうがコワい”で、政治的正当性の確立と既存社会の破壊と排撃に走る連中に対する恐怖感を述べていて、むしろ一般人の方に感性は限りなく近い。

・『桃井はるこの分析書【総集編 楽曲集】』 発行:M&B

ヴァーチャリアンコ時代からの楽曲部分のみを調性(ト長調など)と歌声(地声、萌え声)などを付けて説明している。歌詞の解釈・感想などは排してある。

・『桃井はるこの分析書 【総集編 桃井学!?】』 発行: M&B

かなり薄い本、かつ中身があるのは二頁のみ。

・『Siesta』 vol.1,2 増刊 発行: momoi-ktkr

さすがの桃井も人の子、ガタイの良い野球選手にハマるのも自然の道理、むべなるかな、と思えば、野球オタクとしての一面すら、radioが元だったとは、さもありなんと言えばさもありなんだが、桃井はるこを誤解すること無く理解するのは至難の技だろう。

戦の果てに漢あり


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