SAND STORM

朝ぼらけ

2014年8月9日

日誌 – 平成二十六年八月

Filed under: 未分類 — Tags: — sajin @ 23:43

◇夏の終わり
雨が止んだと思ったら
夏の終わりに蝉が鳴いてヨ
暗くなったらもう秋ダナ

台所を修繕しているので、隣室の臨時のIH家電類を置いて、適当にやっているが変な生活だ。

◇長雨
これだけ雨が振り続けることって、江戸時代ぐらいまで記録を遡らないと見当たらないんじゃないかな。梅雨でも、もう少し断続的に降るよ。
この時期にこれだけ長雨が続くと、昔なら間違いなく大不作で飢饉が起きてる。

◇ISIS

Islamの人の方が、CGやSNSを使いこなしてるよなぁ。

捕虜並べてheadshotとかしまくってるんで、どうかなぁと思ったら、やっぱり消された。على منهاج النبوة(On a platform of prophecy)という名前でLiveleak探してもないし、すぐ消されるような場所は避けて欲しい。

後、Google側が対応するせいかJDownloaderが役に立たなくなってるから、Firefoxのplug-inとかじゃないと落とせないな。

◇蝉
蝉がいないな、今年は。

◇同じ世界の夢
昔から何度も見る、というより正確には何度も行く夢の世界があるのだが、最近その世界が以前より実在のもののように感じられる。
夢の世界といっても遊園地やSci-Fiではなく、1960-1980辺りの戦後日本の地方の山間なのだが、そこに行く度に、その世界の時間は進んでいる。
最初は、学校の帰りに友人と活気がない家の脇を通った時、その家ではまだ人が生きて居ることは確実だったのに、同じところを次に通ると、明らかにそこで暮らしていた老人は死んで人気が失せ、真っ白な色の抜けたフナムシの様なものがそこら中を飛び回っていた。その世界の私は、それがシデムシ(死出蟲)という名前の虫であることをなぜか知っているのだった。

どうも、その世界は自分が子供の頃から経験してきた地形や建物、文化が、様々に混ぜあわさり、独自の世界として成り立っているようだ。夢の内容というのは通常すぐ忘れてしまうが、何度も行く、繋がっている世界なので、むしろその世界に対する知識は広がりしっかりしたものになる。

◇詰めた思考の有害性

行動によって解決、とまでいかなくとも、少なくとも反応を得られることに対して考えを詰めていくのはいいが
行動によって解決も何もできないことに対して考えを詰めていけば
その先は自己の破壊か、問題を取り巻く他の破壊しかなくなる

こういう事態においては、考えは有害であり、幻想による停止(ちょうじ)が必要になる
五ヶ月ほど解決を求め、ここ一週間ほど徹底的に詰めてみて得た悟りは
人間存在として現実に対処する上での幻想の積極的使用、ということである


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