SAND STORM

朝ぼらけ

2014年11月13日

[旅行記] 古河 – 平成二十六年十一月

Filed under: 未分類 — Tags: , , — sajin @ 02:09

◇古河

そもそも今回関東に来た目的の一つである、北関東を見に行く。最初に向かったのは古河で、室町時代に古河公方という足利将軍家の分家が居を構えていた歴史的由緒のある街だ。

まくらがの 許我(こが)の渡(わたり)の 韓楫(からかぢ)の 音高しもな 寝なへ児ゆゑに

また万葉の昔から、水運の要所として栄えた場所でもある。歴史遺産が残る古河城も川に面し、水路や沼に囲まれた場所だったが、現在はほとんど埋め立てられている。

主な目的は古河歴史博物館だが、道中も歴史を感じさせる建物が多く残っていて、良い雰囲気だ。

博物館の常設展示は主に鷹見泉石という幕末の古河藩家老に関するもの。泉石は蘭学の導入に熱心で、渡辺崋山を筆頭に当時の名だたる文化人と片っ端から知己を持つという人物。藩主は土井家で、大塩平八郎の乱の鎮圧を指揮したのも泉石になる。

同時にやっている企画展は富士山で、特徴のない企画だなと思ったらさにあらず、冨士講という富士山信仰の資料をどっぷりと濃く集めて紹介したもので、世俗利益に流れがちな冨士講と原理主義へ回帰しようとする分派運動が繰り広げる日本独自の宗教世界に引き込まれた。

富士講|北口本宮冨士浅間神社

歴史博物館の隣にあるのが鷹見泉石記念館で、畳の上に上がることは出来ないが、玄関に腰掛けることはできて、そこにある囲炉裏が何ともいい雰囲気だ。

そこから可愛くて趣味のいい彼女がいたら連れてきたくなるような通りを歩くと、古河文学館があり、

中は趣味のいい大正期辺りの洋風lobby、小規模ながら戦前戦後の文学が意味を持っていた時代の展示は、風情と精神性がともにあった時代のことを思い返させてくれる。また、『コドモノクニ』という児童向け雑誌の展示が価値が高い。野口雨情や西條八十の詩を最初に、当時の品のある挿絵とともに世に送り出したのがこの雑誌なのだ。

隣接して小学校があるのだが、ここも煉瓦張りのちゃんとした明治風近代建築化を進めている最中で、領域として歴史的空間を守り、さらに新たに形成していこうとしている古河の取り組みは素晴らしいと思う。

この後も、永井路子旧宅でくつろいだりしているともう二時半ぐらいになっていた。永井の先祖が冨士講の原理主義的分派不二孝の活動に大きく関与していて、歴史博物館での展示はそういう関係もある。

◇宇都宮

第二目的地の宇都宮に着く。古河に長居し過ぎて三時を過ぎていた。大川隆法ってここの出身か何かなのか?

目当ての栃木県立博物館は駅から離れており、路線バスで2-30分近く行った後に更に10分ぐらい歩かないと到達できない。特別展『足利尊氏―その生涯とゆかりの名宝』に行ったつもりだったが、これは二年前に既に終わっており、やっているのは企画展『江戸とつながる川の道ー近世下野の水運ー』であった。

苦労してここまで来てハズレか、と思って実際に展示物を眺め始めると大当たりだった。確かに近世下野の水運を大きく取り扱ってはいるが、展示対象は江戸を中心とした関東の水系全体であり、現在の様に到る所が埋め立てられ、住宅地塗れでなにもわからなくなる前の”原関東”をきっちり理解することができる。地図では渋谷や原宿は村で、日比谷は湾の沿岸に位置しているなど、今とはまるで違う地形だ。

観覧を始めたのは十五時半を過ぎた頃だったが、すべて読み尽くし、眺め尽くし、古文書も読める所は読んだりとしていると、あっという間に時間が過ぎて、閉館の十七時が迫ってきて、五つに分けた展示の後ろ二つはじっくりたっぷりねぶり尽くす暇もなく、企画展以外の博物館展示も見る暇がないまま出て行かざるを得なかった。博物館・美術館の類は展示が興味の対象になると軽く半日ぐらいは過ごせるので、二時間足らずではあまりに少ない。

内海の風景 | さわらび通信

朝にマリーナでmorningを食べた後、まともに食事を摂っていなかったので、帰りに駅前の餃子館で餃子を食べた。餃子の他にレバニラを頼んだのだが、鉄板でジュウジュウ焼けた状態で出してきて、これが美味い。餃子も美味いが、このレバニラの美味さの方に驚いた。料理、食材、どの状態で出すかということ、そういったことを、よくよく研究していないと何軒もchain storeを出していながらこの味にはできないだろう。


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