SAND STORM

朝ぼらけ

2014年11月23日

[旅行記] 桐生 弐(落書き) – 平成二十六年十一月

Filed under: 未分類 — Tags: , , — sajin @ 21:54

◇ドロっとした側面

惡の華に描かれたようなドロっとした駅前商店街を抜けていく。

さくらや三陽住建グィラフランケンシュタイン?、これらの建物の建築年代ははっきりしないが、昭和四十~五十年代ぐらいではないかと思う。この頃になにがしかの要因で景気が良かったのだろう。

実際には、こういう古味がある良い感じの建物も多い。おまけで、駅南方だがきんぐ食品もいい味を出している。

◇落書き

桐生の街を少し歩けば、嫌でも落書き(graffiti)が目につく(1,2,3,4)。渋谷も多かったが、表通りから裏通りまで到る所にあるということでは桐生の方が上かもしれない。

宿の女中に聞いたが、散歩途中に見た群馬工科大・工業高校があるせいではなく、川の南に暴走族紛いの集団がいて、その連中が犯人らしい。後日、一度自転車でその辺りをうろついたが、川の南方は戦後まず工業地として開発され、それに付随して住宅地化した領域で、品はよろしくないだろうなという印象ではあった。桐生駅に近い百貨店の長崎屋が撤退してドン・キホーテが入ってから、その手合いを駅周辺に呼び寄せてしまって今のようになってしまっているらしい。

日本はこの手の落書きに対する対処が甘いので、落書きの段階で厳しく取り締まって、落書き犯自身に恥さらしも兼ねて消去の懲役をさせるとかしないと、割れ窓理論そのものの事態が進行している状態では、このまま行くと放火や破壊行為が発生するのも時間の問題だろう。

◇退嬰と深み

当日曇天ということもあって、まず退廃的な側面を取り上げたが、桐生の様な歴史の蓄積の多い場所では、それは入り口に過ぎない。

その様な退嬰と絡む惡の華の舞台に使われたこと自体は、作品の性質もあって黒歴史扱いされているのか、まったく紹介を見かけることはなかった。かつては織物の街として栄えた気位や良い印象を求める心がああいったものは許さないのだろう。文学というのは往々にして退嬰的なものなのだが。

偏ったわかり易さで客に来てもらって、実際にその場をうろつくと意外な発見が多くあり、また来たくなるという仕組みの方が良い気がする。桐生はそれに応える街なのだから。


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