SAND STORM

朝ぼらけ

2015年1月2日

[旅行記] 香取(初詣) – 平成二十七年一月

Filed under: 未分類 — Tags: — sajin @ 11:22

◇香取

大晦日はコツ通りで年越しそばを食べ、翌日は元旦なので山城に行こうと思ったら、目ぼしい所は駅から遠い場所ばかりでtransit bus(路線バス)まで含めた準備をしないと行けたものではないので、初詣に切り替えた。

どこにするかと思ったが東京の名所は人が凝集していることが容易に想像されるので、関東周縁でかつ遠すぎない香取神宮に決めた。香取へは常磐線→我孫子→成田→香取と途中二度乗り換えて二時間以上かかる道のりになる。意外だったのが、我孫子に入ったあたりから都市近郊の開発が消え、田畑が広がり平然と牛が飼われているような風景が広がっていることで、東京からそれほど遠いわけでもないのに、こちらはこんな辺鄙な元の関東の姿を残しているのかと思った。三浦半島があれほど開発されているのとは対照的だ。

香取に着くと、駅舎は神宮を意識した特別なものになっている。一応Pasmo/Suicaなどのcardが使える機器はあるが本来は無人駅なのだろうか?駅員が二人、折りたたみの長机にpipe椅子で対応しており、常設の居場所があるようには見えない。

神宮へはshuttle busも出ているが、2kmほど歩いて行く(地図)

鄙びた風景で、道中には古い立派な屋敷が目につく。中には他の地域であれば古民家として特別に保存してない限り残らないような家も普通にあった。

境内にたどり着くと想像をはるかに上回るすごい人数だ。両脇にはいかにもな屋台が軒を連ね、気分を盛り上げている。

日本の剣術発祥の地だけあって、木刀などが売られていて、なんとなく欲しくなったが邪魔になるのでさすがにやめた。奥宮のある脇道に抜けて駅方面から入るとある酒屋で牛乳を温めているので買って大判焼きを食べてゆるりとすごす。。

昨今の祭りでは暴力団排除条例などでテキ屋の排除が進んでいるが、暴力団を絡ませるかどうかはともかく、日本の祭事における伝統的な屋台を変容させてしまうのは、とんでもない破壊行為だ。祭りというのは日常と異なる異空間なのであり、そういった場には、それを専門とする異界の者が必要なのである。素人が日常を持ち込んでその場しのぎの事をやれば祭り自体を台無しにしてしまう。

さて、参拝するかどうかだが、Comic Marketも負けるのではないかというぐらい長蛇の行列が、参拝のために遥か下の鳥居辺りまで並んでいる。

自分は通常いかなる行列であろうと並ばない性質で、行列に並んで食事をするようなことは、並ぶ時点で味も値段もすべて台無しになるのでやらないのだが、ひと通り上から下まで行列を観察し、出店で色々買って食べたりした後、一つは人間観察のため、もうひとつはこれからも行列に並ばざるを得ない機会が訪れるであろうことを予期して、鍛錬するために並んで参拝してみることにした。

境内に入るまでで軽く三十分並んだ。賭博・押し売り・物貰いは禁止されている境内に入ると、中にも屋台があり、行列は拝殿で参拝するまで続いており、合計して軽く一時間以上は並ぶことになる。店で聞いた話によれば、これでも今年は少ない方らしい。

並んでいる最中暇なので観察していたが、茨城名産の、いや茨城の伝統文化の継承者かつ伝統衣装を個性豊かに身につけた1970-1980’s辺りの懐かしい感じのする人々がかなりの割合で目につく。本殿の前に並ぶと幸いなことに目の前にそれを体現した若者が二人でノリの良い会話を繰り広げてくれたので、随分とこの土地の風俗を知る助けとなった。

彼らは別に地域の鼻つまみものであるとか、浮いているといった訳ではなく、同級生や知り合いのおばさん等と気軽に挨拶を交わし、休憩所では親戚の子供をあやして伝統の継承に余念がない。甘酒を飲みながら横でそれを見ていたが、おそらく地元愛も強いのであろう。

帰るときに見たが、人数が多いのは横浜やら埼玉やらからbusで集団を運送してきているからのようだ。帰りの歩きでは少し疲れを感じたが、どうも人にまみれたせいで風邪か何かを伝染されたらしい。

ときくれば枯れ木とみえしやまかげのさくらも花のさきにおいつゝ

帰りの駅で開き忘れていた御神籤を開けてみた。お神籤の和歌は含蓄が深い。


関連記事

No Comments »

No comments yet.

RSS feed for comments on this post. TrackBack URL

Leave a comment


sand-storm.net