SAND STORM

朝ぼらけ

2015年1月31日

[旅行記] 西尾 弐 豊橋(天野ゲーム博物館) – 平成二十六年十二月

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◇天野ゲーム博物館

西尾に来た最大の目的は、今や日本でも限られた場所でしかplayすることのできなくなったretro arcade gameを取り揃えた、天野ゲーム博物館だった(公式)。

看板には天野スポーツゲームコーナーとあり、以前は運動競技用品を売っていたのだろうが、今はすべてgame cornerとなっている。

店内に入ると、いきなりかなり濃い”ゲーセン”の空間が現れる。店表の書付が異様な感じを与えるが、説明書きは何も店主のこだわりを押し付けている訳ではなく、一人で運営しているので、説明の手間を省くという理由が大きい。

Shooterから、side scrollのaction、脱衣麻雀まで色々あるのだが、他にplayできる所がない貴重な名作・良作ばかりだ。

大型筐体などを置いた身分証必須の会員でないと入れない部屋があるが、自分の様な一見の客は、まず普通部屋で遊べばそれで十分ということで軽くあしらわれた。館長と話をしていると、何日も泊まりがけでgameしっぱなしに来るような濃い客が多いので、まずは遊びつくして常連になれ、という所だろう。

自分で基盤を持ったことがないので意識したことはなかったが、hardwareとしての基盤やCRTの寿命がどれも来てしまっているらしく、「もうウチに一枚完動品があるかどうか、後はミカドぐらい」「auctionで百数十万円」といった話をしてくれた。また、こういった基盤群の寿命からか、その修理の大変さからか、「続けられるのは後五年くらいかなぁ」とも言っていたので、いつまでもある場所という訳ではなさそうだ。

街をうろつきここに寄り、また街をうろつき鉄道の移動の時間までここで遊ぶ。どうせなら西尾で宿を取ればよかった。

◇豊橋

そもそも西尾ではretro gameをやる程度と思って、翌日の移動は新幹線の駅がある場所がいいだろうと豊橋に宿を取っていたので、夕方を前にして店を離れる。

豊橋に行くには、途中、名鉄西尾線→名鉄蒲郡線→JR東海道本線と何度も乗り換えねばならない。

沿線の風景は辺鄙な場所に「愛知こどもの国」があったり、途中の駅で写真を撮ったら、若い男に変な呪文を三十秒ぐらい唱えられ、「その写真があなたにとって重荷になるなら消したほうがいいですよ」と意味不明な理由で写真の消去を迫られたりしつつ豊橋へ向かう。

夜の豊橋は、至る所の街路樹に無数の鳥が止まって鳴き続けており、異様な雰囲気だ。宿が遠いこともあり、夕食を食べに行ったりして結局、数kmほど散策した。

宿は、駅から500mほど離れた最安のbusiness hotelで、おそらく昭和四十年辺り(1970AD)の高度成長期に最新の宿として建築されたのだろう。部屋も廊下も広々としていて、まるでウルトラセブンの世界に迷い込んだようだ。あの羽振りのいい時代は、さぞ心地よかっただろうなと思わせる。

しかし、そもそも値段が安いということだけで選んだのである程度覚悟していたが、限界まで人件費を切り詰め、改修も行わないことで維持しているため、設備は老朽化し、壁紙は剥がれと、良くも悪くも当時の風情をそのまま感じることができる戦士向けの宿だった。四十年を経た今では高度成長期の建物が既に歴史的建築物なのだ。


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