SAND STORM

朝ぼらけ

2015年4月5日

[旅行記] 牛久 肆(牛久大仏) – 平成二十七年四月

Filed under: 未分類 — Tags: — sajin @ 06:00

◇牛久大仏

かなりの距離を漕いできたので、まだかまだかと思ったが、ある程度近づけば高圧鉄塔より高い姿は「あれが牛久大仏か」と、遠くからでもわかる。

しかし、表に回ってよく見ると、この仏像は頬のよく肥えた、なんとも不敵な面構えをしている。この面構であの印相を取られると、「銭をよこせ」という感じが最も伝わってくる。

仏像の周りは牛久浄苑といって、一面墓畑だ。

運営しているのは浄土真宗東本願寺派で、アケイディアという思想に基づいて、色々やっているらしい。本来の仏教は妻帯など論外、”出家”という言葉でわかる通り家族など捨てて因果の根を断つのが前提だが、浄土真宗では在家が基本となる。

浄土真宗東本願寺派は、原始仏教が分裂した上座部・大衆部を否定して派生した大乗仏教が変容した密教を取り込んだ天台宗を否定して派生した浄土宗から派生した浄土真宗が分裂した真宗大谷派から独立した一派。何が何やらわからないが、それぐらい変容している(浄土真宗というのは乱暴に言えばIslamと同じで、他力本願を唱え、肉食妻帯を敢行した親鸞以来教祖一族が宗教で信者をまとめて世俗も直接統治しようという一派。信長に一向一揆を潰された後も、日蓮宗ほどではないものの、何かと政治介入をしたがる)。

各施設案内 ーその他関連施設ー|浄土真宗東本願寺派 本山 東本願寺

中に入りたかったが、山城を巡りすぎたせいで辿り着いた時にはすでに閉園中であった。

仕方ないので、なんとか柵越しに写真だけ撮ってみた。中も混沌としている。

この大仏、中に入って観覧できるようにしているためか、外側に妙なものがポツポツ付いている。どうせなら足元にrocket噴射でもつけて空に飛んで行くようにしたり、ドシドシそこら中を歩いたり、額や手から破壊光線でも発してほしいものだ。巨神兵ならぬ巨仏兵というのも、神仏混合しながら大乗末派のcultとsectが入り乱れる日本仏教ではありえない話ではない。

そもそも日本仏教というのは、基本的に原始仏教とかけ離れており、そこにあるのは日本的需要と日本人の感覚で伝播してきたものを取捨選択しながら変化させていった頗る日本的なものである。だから、基本的に”文化”として受け取るのが筋で、宗教として取り扱ってもあまり意味が無い。萌え寺の了法寺の様なものは「日本仏教という文化」から見れば完全にアリで、これを否定するなら、日本仏教のほとんどは異端として破壊・抹殺されるべきだろう。

日本の宗教法がおかしいのは、そもそも宗教というだけで非課税など様々な特権を与えている所にあり、それが脱税などの温床になってしまっている。これは宗教と文化と社会福祉を切り離して、文化は文化を保持している場合だけ保護し、社会福祉はNPO扱いで保護すればいいことだ。政教分離とよく言われて本来の日本文化や土地の文化である宗教まで補助を否定されているが、特定の宗教団体とつるむ行為を許さずに、伝統的な寺社の保存や「伝統文化」としてのお祓いなどは許して行政が補助すればいい。全部一緒にしているから悪いことになっている。

警備員が早く出ろと急かすので、ice creamだけ食べて外に出ることにする。大仏は牛久駅の遥か東方、佐貫駅からは10kmぐらいあるような場所なので、日が暮れる中、Google Mapの雑なGPSと道の記載を頼りに、見知らぬ土地を近道を縫って辿り着くのは苦労した。

帰る時に気づいたが、関東鉄道竜ケ崎線(公式)は、ここ佐貫と龍ケ崎まで僅か二駅をつなぐだけという残っているのが不思議な路線だ。


[Link]

野田俊作「仏教の因果論」 | 日本アドラー心理学会


関連記事

No Comments »

No comments yet.

RSS feed for comments on this post. TrackBack URL

Leave a comment


sand-storm.net