SAND STORM

朝ぼらけ

2015年7月20日

日誌 – 平成二十七年七月

Filed under: 未分類 — Tags: — sajin @ 02:00

◇青色一号

青色一号(Brilliant Blue FCF)で神経炎症が緩和されるというので飲んでみた。

92%がデキストリン(炭水化物。難消化性デキストリンでないので糖になる)で染料は8%だが、水に溶かすとダマになってしまい、思ったように摂取できない。また、当たり前といえば当たり前だが、歯垢染色液並に歯と口の中が染まる。歯の方は歯磨きすれば落ちるが、舌にかなり残った。

BB FCF and derivatives of this “safe” food dye should be given serious consideration for pharmacological intervention of conditions such as acute Crohn’s disease, stroke, and injuries to the central nervous system.

The food dye FD&C Blue No. 1 is a selective inhibitor of the ATP release channel Panx1. – PubMed – NCBI

上が根拠となる論文で、炎症に関わるATP(アデノシン三リン酸)放出channelを選択的に阻害する。Crohn’s disese(クローン病)、脳卒中、中枢神経傷害などに対する薬学において真剣に考慮されるべきとある。

副作用は実質ないと謂われているが、摂取量の最大値は年々下げられている

◇ネットプリント

7-Eleven(セブンイレブン)に行ってネットプリントというものを試してきた。network越しに登録したdataをconvenience storeで印刷できるというもの(運営は富士ゼロックス)。

一方、Circle K Sunks/FamilyMart/LAWSONが似たようなネットワークプリントというのをやっており紛らわしい(こちらはSHARP)。近くに7-11はないので車で出かけることにした。

番号を入力して、60円を投入すると出てきたが、laser printerなので仕上がりは良い。雨がぱらついていたので濡れて滲むかと思ったが、そんなこともなかった。部屋に貼ってみると、こういう実物は何枚も刷って貼り付けまくるのが気分を盛り上げて面白いことに気づく。digital dataがあるので一枚で十分かと思ったが、いっぱい刷っておけばよかった。

◇大発生

でかい蝉にでかい蚋(ブヨ・ブト)にでかいチャバネゴキブリまでが家の窓に取り付くというのはあまりないことである
この内、蚋に関しては今までこの土地で見たことはない。
あまりにも堂々としたチャバネゴキブリが網戸に取り付いていたので写真を撮ったが、見目よいものではないので上げるのは控えておく。
しかし、虫というのはあれほど動きまわって生きようとしているものもない。
姿、鳴き声、動き、何であれ人に動くことを強いてくるので、古脳への響きがある。

◇底なし沼

前々から不思議、というより生まれた時から不思議なのだが
どうもここは底なし沼のようなものらしい
通常なら踏み固めた足場となって次へ次へと登る道になるものがすべてズブズブと沈んでいく沼になってゆく
嘗てある程度動けていた時との比較や、環境を変えて動いた状態と比較すると、異常性はいよいよ露わになるばかりである
解明作業やら努力やらというものは幾ら進めたとしても、洪水の川に独りで土を投げ込んでどうにかしようとしているようなものだろう
根本的な所の阻害、不機能性というものは、幾ら枠組みをつくって試みた所でどうにかなるものではない

つまる所、あの神の通告はあたっているのであり、何がしかこの巨大な沼を躱し得るものがあるなら、それは別の神、神に等しい者の力に依る他ない
死人を呼び返し、不具を動かしめるのは神の仕業でなく、生者の行いであり、偽物でなく、本当に生きている者にしかそれは成し得ない


◇芥川賞

五年ぐらい経って手にとった時、「この作品いいな」と感じるようなら、それは素晴らしい作品だろう。
興行でしかなかったなら、意識の端にも登らないだろう。

◇興行

興行(show)というのは結局、周囲の騒ぎ立てであって、それは人間という生物種の意識より深い所に影響を与え動かしてしまう。一過性の祭りは興行として楽しめばいいし、そうでないものを興行で決めれば禍根を残す。

前近代から近代化の過程で、人々は年に一度の祭り程度しか興行がない環境から、TVに代表される興行情報に支配される環境に放り込まれた。国という唯一無二の擬似共同体がすべてを代行する中で、興行情報が無い中で培ってきた自立的・共同体的判断と意思決定は打ち捨てられ、自己決定は興行情報に集中していく。これが一億総白痴化の正体で、人は愚かになる他なかった。

近代化によって人力など限界に満ちた動力以上のものを手にすると、人の欲求に応える物の発明・生産がさらなる欲求の拡大へとつながる動輪に歯止めが効かなくなり、前近代の抵抗が失せた後は、どんな愚物が政治をしようが放っておいても経済は成長してしまう。戦後の日本や最近の中共・印度は、近代化の最終過程の恩恵を受けたに過ぎない。

その様な近代化の次に来るのが双方向的な情報化社会で、この情報環境の質と自由が未来を左右していく。今は総白痴化した大衆への興行と新しい流れがせめぎ合っている状態である。

◇台風

台風が来て、蜘蛛が部屋の中にまで巣を張ろうと糸を垂らす。

湿気と気圧の変化は気温の変化と同じぐらい自律神経に影響をもたらすことが台風が来るとはっきりとわかる。

◇循環

結局健康というのは体液の循環如何に因っており、滞りがあればそれが即ち重さとなって現れる。珈琲を飲んだり、アセチルサリチル酸を飲んだりするのもいいが、結局、歩きと腹を中心とした練りをいかにやるかにかかっている。痛めつけるような負荷でなく、練りなのだ。体の内側に届くように練っていくことで、滞り、蓄えられていたものが変容して流れだす。

◇警察

警察が夜中まで交通量の調査をしていたから話してきた。交通量調査と言っても事件に関するものだけどね。警察というのは外から想像する姿とはかなり違った生き物だから、機会があれば関わってその性質を知るようにしておいた方がいい。

◇第二の生

地獄は第二の死、桃井は第二の生。

◇泳ぐ

今月は海に泳ぎに行く。二十年ぶりぐらいだ。
得るものがあるだろう。

◇養老渓谷駅にて

不審者を見る目。


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2 Comments »

  1. 初めて競馬をしてみた。競馬新聞を見ながら、賭けの練習をした後、小口単勝で賭けてみる。
    福島、中京など全国は下馬評通りが多く、数回やって、当たり外れ半々。下馬評どうりが多く、好みで選んだ穴狙いが外れることが多かった。反省して有力馬中心に賭け直す。
    夕方から目の前の川崎で実走だが、これも序盤は評どうりで、覚えた馬単で流すと、3850*200の当たりなどが入りかなり勝ち越した。これでタガが外れて、有力馬を軸に、気に入った穴を単勝馬単で賭けまくる。所が、ここから下馬評がことごとく外れる展開となり、特に最終の8は、単勝が6,060、三連単1,230,790というとんでもないことになる。当然ほとんど外してしまった。負けを戻そうとして大きく賭けて更に失うという博打の典型。
    思うにこの蒸せまくった暑さの中、夜まで待ったせいで馬がバテてしまい、こういう環境でも走れる馬が勝ったのだろう。一頭はやたらと体重が増え、もう一頭はpaddockで見た時、良く見えた馬だった。

    Comment by sajin — 2015年7月26日 @ 09:06

  2. 河鍋暁斎とConder展に行ってみたが、人混みにまみれてまで見るに値するかは微妙。
    1500円で入りやすいこともあり、とにかく人が多い。人が多いことがあまり問題ににならない展示もあるが、これは寝かしの多さや絵の小ささなどから問題多発。
    また作品自体に素晴らしい物はあるが広告は特定の絵を煽りすぎ。
    暁斎の絵は人間社会の道理を無視した動物に抜群の力がある。支那の仙人や行者も多いが同じこと。

    Comment by sajin — 2015年8月3日 @ 02:26

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