SAND STORM

朝ぼらけ

2015年7月16日

[旅行記] 真里谷 参(里見) – 平成二十七年六月

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◇下山

国土地地理院 電子国土Web 真里谷

この真里谷城のある山は西に降りればほぼ等距離で久留里線にでるし、東に降りるにしても、元来た東北の高滝駅と真東の里見駅、道なりに行けば最短距離となる南東の飯給(いたぶ)駅と三つの選択肢がある。整備された道を行くなら高滝か飯給だが、あまりにも疲れてとにかく最短で降りたくなった。よって、公園化された城跡の南端から山に突入する。

搦手道への入口は堀切の底にあり、道があるようには見えないが、笹が密集している中に突っ込んで(藪漕ぎをする際一番厄介な植生の一つ。竹であれば隙間があるが、笹にはないので通る空間をつくらねばならない)、苦労しつつ城跡構造とともに下っていくと、山上の尾根を繋ぐ細道に出る。ここは城を裏で繋ぐ連絡路だろう。

途中で見かけた謎の植物

方角を間違えないようにしながら尾根から尾根へと歩き続けると舗装された道に出た。しかし、城から大して下った訳でもないのに、ここから延々上り道になってしまう。真里谷城はわざわざ内陸の不便な山奥に設けた割には周囲の山に比べて大して高くない、というよりむしろ低い謎の位置取りだ。

◇処分場

想定していなかった登りに苦しめながら山頂まで行くと、妙な工業施設があった。どうも産業廃棄物か何かの処理場のようで、近くには最終処分場もある。衛星写真で見ると、房総半島北部はgolf course(ゴルフ場)塗れだが、それか産廃の処分場にでもするしか、山の経済的な活用方法は見出されなかったらしい。

「近くの社も泣いとるわい」と思ったが、処分場としては真っ当なことをやっているようなので受け入れるほかないだろう。

突き当りのT字路まで行くと右手に万田野の集落と給油所が見えた。そこで飲み物などを補給し、東の最短路で下りて飯給(いたぶ)駅に出るのが近いのだが、diesel車の排気が嫌いなので、少し手前の車が来そうにない市道に入って東北の里見駅方面に下った。こちらは道がうねうね曲がっていたりして、道のりは長くなる。

お約束だが途中には粗大ゴミの不法投棄がある。前から山をうろついていて思うのは、無駄な公共工事をやるぐらいなら、全国至る所に捨てられたゴミを掃除しろということ。

下の方まで下りると竹の回廊と平行して右側に土塁が連なっていたが、さすがに城跡とは関係ないだろう。

◇砕石場

開けた場所に出て、しばらく進むと次々と砕石場が現れ、それに沿って歩くことになる。

特に真近を通るここは迫力のある構えで、産業美とでもいうべき美しさを感じさせる。

5kmぐらいはある長~い道のりを経て集落に出ると、ようやく線路にたどり着いた。

◇里見駅

踏切を渡って里見駅まで着き、ようやく水分補給だ。

この駅は木彫の動物を数多く配置した駅で、周囲を見回しても店の一軒も見当たらない。とにかく栄養補給をしたいので地図で探すと近くに石渡商店というのが一軒あるので訪ねた。昔ながらの食料品店で、そこに入ってみる。

店に立っているのはかくしゃくとしたお婆さんで、高滝から歩いてここまで来たと言うと、話が弾んだ。

ここ里見は今でこそ何もない田舎だが、戦後しばらくは砕石を採る鉱山があり、鉱山専用の貨物引込線もあって相当賑わっていたという。当時は坑道に入って手掘りで採掘する人足が大勢いたので、それを当て込んで一時は次から次へ店が出来て、文房具屋、魚屋など何軒も店が立ち並ぶという状況だった。しかし、急速に時代が変わってその様な旧式の採掘は廃れ、店舗は軒並み撤退して一軒だけ残ったのが大正時代からやっていたこの店だという。しかし、その店もお婆さんの代で終わりで、子供らは他に働きに出てしまった。他にも戦時中に工場に徴用され一日コッペパン一つと味噌汁だけで働かされたことやら、一軒辺鄙な土地にも見えて、横浜・東京ともに車で一時間で通うことができるので子供はここから車で大学に通ったことなど色々聞いた。

「里見砂利山線(万田野線)」廃線跡をゆく! – 小湊鐵道公式の砕石線路時代の記事



◇小湊鐵道

後日、列車側から撮った里見駅。こちらにも木彫の人形が置いてある。一旦無人駅になったのが、学校の統合により奇跡的に有人駅に復帰したので駅員がいる。

今回小湊鉄道にはbusも含めて大分乗ったが、内陸の中野駅で終点になるのは、本来半島南端の安房小湊まで開通する予定だったのが昭和恐慌で途中止めになってしまったかららしい。当初の計画が貫徹されないまま来たのは惜しいが、こうして残っているだけで有り難いものだ。小湊鐵道の下手に飾り立てないのに魅力的なあり方は開設当初からの気風が残っているからなのだろう。

鹿島の軌跡|第37回 幻の小湊鉄道小湊駅 ―大正時代から続く鹿島とのつながり― – 鉄路開通工事を行った鹿島建設が小湊鐵道より詳しく説明している。


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