SAND STORM

朝ぼらけ

2015年8月21日

[旅行記] 佐貫 弐(佐貫城)– 平成二十七年七月

Filed under: 未分類 — Tags: — sajin @ 15:22

◇佐貫城

佐貫城に入ると、すぐ脇の草に埋もれた石垣が実に美しい。この城は戦国時代に里見氏が使った後、江戸時代になって色んな藩主が入り、何度か使われなくなったりしたのだが、最終的に阿部氏が入って整備し直し明治維新を迎えた為、その子孫が今でも近くに住んでいる。

登るとすぐ、広い二の丸、三の丸があり、そこからは山の中に入っていく。

奥の方まで行くと水堀に挟まれた土橋があり、そこを抜けると本丸だ。そこからさらに二つの物見台へ道は分かれている。

その両方で、遠くの山に東京湾観音が望める。後で造海の婆さんに聞いたが、東京湾観音は戦後造られだした立位の観音・大仏ではかなり早く昭和三十六年(1961AD)に建立されている。この間行った牛久大仏などは1992AD完成で、建設の難しい立位観音は大体高度経済成長後のが熟した時期が多いのに、かなり先見性のある仏像だ。

城の内部はそれほどうろつく所はなく、二箇所の物見台を回って下山した。下りるとまだ余裕があったので、さっきの農機具小屋と店の間の道を抜けて山麓を東に巡ってみることにする。城の入り口にも水路が流れていたが、pumpで水をあげているので手を洗うのにちょうどいい。

城のすぐ東には館山自動車道が通っており、北の方に抜けて城山の北側を帰ってもいいのだが、ここらの方が面白そうなのでぶらつきながら同じ方に帰ることにする。

何か謂れがありそうな鬼泪山最終土場。

かつて城の外堀として機能したであろう染川の脇には木造のpump小屋が残っている。

cleaning屋の軒に吊るしてあるカモメを見ていると店主が外で休憩していたので、城のことなどを聞いた。城跡は地元有志の手により月一回程度整備清掃しているといい、これはこういった山城の整備としては珍しい。通常、良くて年に数回程度で、大概は数十年前に一度整備したまま放置されている。実際、佐貫城の雰囲気はその中まで人を迎えるような趣味の良い場になっている。

町並みが残る方に戻り、東日本大震災かと思ったら百年ほど前の関東大震災を供養している、ボケ老人相手に「死ね!もう死ね!」とキレながら連呼するおばさん、雑草と廃屋に蔓延る共産党などを見つつ駅へ向かって帰る。城の奥からだと2kmはあるが、荷物を背負ったままだったので遠い。

城の近くにあった食堂が休憩中に入っていたので、駅近くの一平で遅い昼飯を食べた。店構えが新しいので土地の話は聞けないかと思ったが、店主は地元の人で、色々聞かせてくれた。佐貫は昔は館山などへ抜ける中継地として栄え、何軒も旅館があり、酒場や映画館まであったという。しかし、鉄道から道路まで整備されると中継地としては無意味化し、今では駅前のsuprtmarketなども閉店して鄙びた場所になってしまっている。

確かに言われてみると、駅前の荷物を預かってくれる食堂だけでなく、Art deco(アールデコ)っぽい雑貨屋やら喫茶店だかなんだかよくわからない店やら人通りがない割には店は多い。

駅舎には大正時代の栄えていた頃の写真や、まだKioskがあった平成元年の写真が飾ってあった。

◇上総湊

佐貫で乗った電車をbusで目的地に向かうために上総湊で降りる。bus terminalはおしゃれなArt Nouveau(アール・ヌーボー)風。

上総湊は付近を走るbusの発着点なので、年季物の車庫があったり、野晒しで何台か置いてある。車庫の前には富津-横須賀間架橋を要望する看板があって、これはAqua-Lineとは別で東京湾口大橋というものらしい。

横須賀の観音崎と房総半島の富津岬17kmを結ぶ、「東京湾口道路」が計画されています。この間がトンネルになるか、橋になるかはまだ決まっていません。もし橋を架けるとすると、日本で最大の長大橋になります。 この湾口道路によって東京湾岸道路は環状線となって完結します。

橋の歴史物語 | 橋 | 建設博物誌 | 鹿島建設株式会社

調べると、東京湾口道路という派手な土木計画だった。関東も中央環状線に続いて、外環道(東京外郭環状道路)、さらには圏央道(首都圏中央連絡自動車道)が進みつつあるが、ここまできたら小田原-秩父ー高崎-宇都宮ー水戸-銚子-勝浦-東京湾港大橋-横須賀-鎌倉といった圏外道(首都圏外連絡自動車道)ぐらい構想したらどうだ?

それは冗談として、税金をつぎ込んで何処もかしこも車を走らせようとするなら鉄道とその周辺に税金を入れたって何の問題もないだろう。やたらと車が走る社会からさっさと卒業させたいものだ。

少し時間があったので付近をふらつくと富士という喫茶店が渋過ぎる。時間があれば寄りたかったが、この時はbusの発車時間が迫っていたので、去らざるを得なかった。なにせ、一便逃せば二~三時間待たねば次がないのだ。


[Link]

首都高 中央環状線 全線開通スペシャルサイト | 東京SMOOTH(首都高速道路株式会社) – 「どれだけ嬉しいんだこいつら」と呆れるぐらい出来のいい中央環状線開通特設page。


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