SAND STORM

朝ぼらけ

2015年9月3日

[旅行記] 造海 参(竹岡) – 平成二十七年七月

Filed under: 未分類 — Tags: — sajin @ 05:00

◇海の家~十二天神社

朝起きて、海の家で朝食の準備が整うまで暇なので、海岸沿いを散歩することにした。

昔は岩に木の橋をかけて行き来できるようにしていたそうだが、現在では、岸壁沿いの狭い場所を行ったり、砂浜を歩いたり、岩から綱で下ったりと一筋縄ではいかない道になっている。岸壁の上は造海城という戦国時代からある山城である。

海岸に沿って洞穴が五つも六つも開いており、中に入ると岩壁には人の手で削った跡がしっかり残っている。

これらは第二次大戦の最終局面で、米軍の上陸作戦(Operation Downfall)に備えて特攻兵器か何かを隠すために掘られたもの。

洞穴の前には発進基地のように岩が削れているが、やはり当時の跡なのだろう。

苦労して竹岡の港に近い方まで来ると船が出て漁をしていた。

港とは狐川で隔てられているのだが、立派な橋がかかっている。

どこか登れないかと探すと、岩を削って作った急な階段があった。登ると中途半端な角度で段をつけてあるので滑って危ない。

上には十二天神社が鎮座していて、ここはGoogle Mapなどにも出ているが、社自体は小さなものだ。ここらの主な神社は近くの三柱神社で、小さな方は後で(と言っても五百年以上前だろうが)持ち込まれたものなのだろう。

神社脇の広場は岩を垂直に削って岩の壁を作り上げていた。いつの時代に削ったものか知らないが、この一帯は城を中心に古い時代からの高度な岩盤掘削技術が至る所に表れている。

落書きが多く書かれた橋を渡って竹岡の集落へ向かう。竹岡は普通の港町だが、戸数はかなり多い。宿や店も幾つかあり、なぜここに駅がないのか謎だ。

燈籠大師があることでもわかる通り、仏教信仰が至る所に見られる。

集落を北の峠へ向かって登って行くと、自動車道の脇に10m近い高さの切り通しがあるのだが、岩が崩れたまま立入禁止にしてしまっていて通れない。

回りこんで峠から海へ下りると、竹岡漁港越しに造海城が見えた。その姿は正に海の城塞に相応しい。

しかし、海辺の住民というのは海岸のゴミを片付けない。簡単に燃やして処理できなくなったのも一因だろうが、観光地でも汚れてしまっている所が多くある。

岩には様々な海鳥が止まっていて、カモメや海猫、鵜などもいた。海猫の鳴き声は盛りのついた猫が低い声で鳴きまくってるような凄い声だ。

網の手入れをしている漁師などを見つつ、城の方に戻っていく。竹岡漁港はそこそこの規模で、駅のある荻生のそれと変わりない。集荷設備の中にはがいっぱい並んでいた。

津浜に帰るには峠を上がって行く道もあるのだが、また海岸沿いを帰ることにする。波に削られてねじりん棒のようなものができていて、上るのも危ないので海に入ったりしながら戻っていく。ここらの砂は砂鉄が多くて黒ずんでおり、また貝が多いせいか素足では歩けたものではない。

海の家に帰りようやく朝食を食べる。三十分ほどで戻るつもりが一時間以上かかって心配をかけてしまった。あまり貝類は好きではなかったのだが、食べて身体を動かしているとその良さがわかってきた。こういう海の幸を中心に山の幸を組み合わせた料理はいいものだ。


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