SAND STORM

朝ぼらけ

2015年9月8日

[旅行記] 造海 伍(造海城) – 平成二十七年七月

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燈籠大師の裏が造海(つくろみ)城の大手口で、ここからが一番無理なく城跡に行くことができる。

※登城注意

山中に入り馬の背状の尾根を進んでいくと、途中で竹岡漁港が望める。灰色の肌面は城山隧道という二車線道路だが、脇に歩行者専用の隧道まで掘っている珍しい隧道だ。

城山に辿り着くまでにも曲輪が幾つもあり、普通は土を外周に盛って土塁にするのに、岩を削りだして岩塁にしている。こんなものは初めて見た。

城山に入ると岩を穿った切り通しのような場所が幾つもあって、その間を通って登って行くことになる。

主郭部分まで登ると、恐らく正門があったと思われる虎口の石垣には木がびっしりと根を張って、まるでラピュタか何かのようだ。

そこから本丸を見ると、昔は石垣であったであろう岩がゴロゴロと転がっている。

頂上部の曲輪群は、登ってすぐの本丸こそ笹に覆われているものの、大半の場所は上が木で覆われているため、下は草木のない状態でかなり歩きやすい。夏の山としてはありえないほどの好条件だ。

城は南北に連なる山上に形成されていて、竹岡港側に行くには綱を用いて石の斜面を降りねばならない。下は岩盤を繰り抜いた空堀で、ここはハッキリ言って危険である。

竹岡港側の山上に残る厨子。昔は仏像が何かが収まっていたのだろう。山城にはよく数十年前までは祀られていたのであろう小社や祠があり、年代物の空き缶や瓶が転がっていることが多い。

しかし、この山は蝮(マムシ)が多い。今まで数百は山城を訪ねてきたが、警告は受けても実際に会うことはなかったのに、ここでは目立つ形で二度見かけた。一匹はとぐろを巻いていたので棒でつついたら飛びかかってきた。危ない。

主郭群から海側へ派生する方へ降りて行くと、山上には珍しい池階段遺構があり、その脇は岩が垂直に切り立てられていて、石切り場となっている。

そこの先には巨石が残り、基台部分は正方形に石が並べられている。昔は寺だったというが不可思議な構築だ。端まで行くと下には海が見えた。

帯郭を虎口方面に戻ると、この城で一番目立つ遺構である、本丸直下の絶壁と岩盤を掘削して彫り込んだ空堀と出会う。

先ほどの階段遺構もそうだが、この城は普通の城跡であるとか日本の遺跡であるといったことを超越している。まるでMachu Picchu(マチュ・ピチュ)かAngkor Wat(アンコールワット)かと思わされる場だ。

ここは戦国時代に城であっただけでなく、幕末にも外国戦艦に備える砲台として利用された。階段遺構などは近世幕末のものになる。その砲台跡に行くために、土橋状に残された両側断崖の道を渡っていく。

砲台方面の曲輪もかなり加工の効いたもので、先まで行くとある土盛が砲台を設置した跡らしい。この砲台のある山は津浜に近く、帰りはそのまま下の造海荘まで下りることにした。途中に石垣で整形した場所もあり、砲台は山上から山腹、海岸沿いと様々な場所、高さで設置されていたようだ。

麓近くまで降りたものの、造海荘側に行くには柵で隔てられており、抜けるのに苦労する(猪が出るらしい)。


※登城注意

山城には数百登ってきたが、この城は明らかに危険である。相当に山慣れをしている人以外気軽に入らない方がいい。

・岩盤を絶壁状に加工し、その下も岩盤を繰り抜いた堀であるといった危険な場所が幾つもある。
・主郭から港方面の山に抜ける急な斜面に道はなく綱を伝って下りることになる。下は岩を繰り抜いた空堀。
・両側絶壁の土橋
・蝮(マムシ)多数

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造海城(百首城)遺跡古写真集


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