SAND STORM

朝ぼらけ

2016年4月8日

[旅行記] 群馬 肆(倉賀野) – 平成二十七年十二月

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◇倉賀野宿

倉賀野駅の南側はすぐ小学校があり、かつての中山道倉賀野宿の案内板が立っている。

店はその中山道(今の県道121号)に出るまで見当たらず、その中山道も寂れてから長く、店はほとんど残っていない。足の時代に栄えた場所は自動車と相性が悪いのでmotorizationが進むとどうしても廃れてしまう。

旧市街というには古すぎるかつての宿は、今も古い建物がちらほら残っている。

こういった宿は似たような建物が間を設けずに連結して軒を連ねていたので、隣が取り壊されると土壁が露出してしまう。トタンで覆っているのはその崩落を防ぐためである。

◇倉賀野神社

倉賀野城跡の方に向かって行く途中、倉賀野神社があったので参拝することにした。しっかりした神社で、社務所には巫女?が常駐している。

この神社は、かつて高崎の倍以上の旅籠が立ち並んでいた倉賀野宿の飯盛女の信仰を集めた場所で、常夜灯などはその飯盛女が寄進したものだ。当時の寄進主として女性の名が連なっているのは珍しい。

社殿は海老虹梁の彫り込みなど軒下の装飾がすごく、組手の下に狛犬がいっぱいいる。

◇倉賀野城

城を探して一度中学校の西に行ったら何もなかったので、東隣りの公園に行くと、そこが倉賀野城址(説明板)だった。公園は東西に長細くすぐ側まで住宅街が迫り、石碑が立つだけで城を窺わせるような跡はない。

ただ、南の川の彎曲を見ると、かつてはここが川と絶壁に守られ、港として利用されたであろうことが容易にわかる。

公園から東の方に行ってみると、城跡っぽい付近を見つけることができた。八幡宮が建っており、訪れたのは年末なのに桜が咲いている。

塀から顔を覗かせる犬に吠え立てられながら由緒を読む(当日、余った服を組み合わせて着たら不審者ぽかったので仕方ないか)。

御由緒 正保三丙戌年(一六四六) 田口長右衛門辰政ト云フ者アリ
或ル夜夢ニ霊鳩一番現レ其ノ告グル侭ニ 辰政行キテ見レバ
三月二十三日 倉賀野城三ノ郭跡ニ 一夜ニシテ井出現
冷水ノミナギリテ光放ツ中ニ 八幡大神降現シ給フ
神変ノ程言葉ニ尽クシ難シ 里人井戸八幡ト尊信ス
時ノ地頭高崎城主安藤右京進藤原重長ヘ訴ヘシカバ
信仰ノ余リ 古城二ノ郭ヲ転ジテ新タニ社地トシ社殿ヲ建立
辰政ヲ以テ奉仕神主トス 後ノ高崎城主松平右京亮
祈願アリテ連月代参為ラレ在リ 崇敬限リ無カリシト
又一書ニ云フ 倉賀野三河守 鶴岡八幡大神ヲ勧請

江戸時代初期に田口長右衛門という人が夢に現れた不思議な鳩の言う通りに嘗て倉賀野城の三の丸だった場所に行ってみると井戸が出現していた。それを時の藩主に報告すると、長右衛門を神主として八幡宮を建立することとなった、というのが建立の由来。

この八幡宮がなかったら住宅街に侵食され尽くして、かつての城を窺わせるものは残らなかっただろう。

◇倉賀野河岸

神社の鳥居の脇を抜け、さらに東へ向ってゆく。かつては倉庫が甍を連ねた河岸も今は何もない。

ただ烏川の風景が変わらず昔を偲ばせるだけである。


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