SAND STORM

朝ぼらけ

2016年6月30日

[旅行記] 白浜 参(里見氏菩提寺) – 平成二十七年七月

Filed under: 未分類 — Tags: — sajin @ 01:47

◇里見縁の寺

今日は白浜城に登るが、その前に里見氏関連寺院などを訪れることにした。

山裾の方まであるくと姿が見えてくる、里見氏菩提寺の三峰山杖珠院は小振りながら立派な構えである。

境内に入ると南国を思わせる変わった木があるのが白浜らしい。

庭には鬼瓦があったり。

本堂には位牌がズラッと並んでいる。

裏の方を上がると、史跡である里見氏の墓があり、左側面には延徳明応の頃(十五世紀末)に里見織部正義が白浜城主であったことやら、右側面には娘が鹿島大宮司に嫁いでいたことやらが刻んである。

老夫婦がいたので読んだことを説明したが、彼らは墓に触る距離に近づいて、転けでもしたら墓を倒しそうだった。やめて欲しい。

里見氏は源氏の流れだからか、隣に八幡神社がある。

それに付属する小さな社の狛犬は注連縄がかけてあってかわいい。

◇登山口へ

杖珠院は白浜城のある山塊の東の方にあるので、麓沿いに西に向かって歩いていった。

すると近くに杖珠院と同じ曹洞宗の寺が幾つもあるのに驚いた。別の宗派の寺が近くにあるというのはわかるが、同じ宗派の寺が幾つも残っているというのは里見氏の勢力がいかにこの地で大きかったかを物語る。今でも生きて信仰されている地蔵が多い。

途中の白浜小学校は南国らしい独特の構えだ。

小学校を過ぎるとある青根原神社には、里見氏二代目成義の墓が江戸時代に再建されている。里見氏は江戸時代に追放されてお取り潰しとなったが、一族や家臣でこの地に残った者も多く、早くから顕彰活動が起きたのだろう。

さらに行くと、弘法大師の芋井戸(説明板)があり、鯉が泳いでいる。

灯篭坂大師もそうだったが全国各地に大師(弘法大師空海)の探訪伝説が残っており、特に水に困る場所で行きずりの僧侶の渇きを癒すために貴重な水をあげたら、その僧は空海で水の出る場所を教えてくれたという湧水に関するものが多く、ここもその一つらしい。空海がそんなに全国を行脚した訳はなく、行基の事跡が空海にすり替わったであるとか、真言宗の僧侶(高野聖)や密教の流れを組む山伏の事績が空海に仮託されていると言われているが、数ある説の中で、柳田国男が神の長男「おおご」が漢字化されて「大子(だいし)」転じて大師となったと語っているのが興味深い。実際には、古来の民話・神話的存在と密教僧侶のそれが交じり合って大師に結合されたのだと思う。

河野忠研究室ホームページ 弘法水
柳田国男『日本の伝説』「大師講の由来」(青空文庫

それらすべてを経て、白浜城の登山口であり、賓頭盧(びんずる)尊者坐像が祀られる、打越山青木観音堂へ到達する。


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