SAND STORM

朝ぼらけ

2016年7月22日

日誌 – 平成二十八年七月

Filed under: 未分類 — Tags: — sajin @ 09:50

◇佐渡へ

ルキノは現代の傑出した女の一人であろう。人は見た目によらないというが、直感というのは当たるものだ。

◇坂道を転げ落ちるように

歴史が動き、回りだした、もう止まることはない。

◇憲法

俺が憲法を書くなら、前文に「わたしたちは~反省して」だの「世界平和」だの意味不明な理念は一切合切排除して、「この憲法はあなたたちが選挙で選んだ政府や政治家が、あなたたちとの契約を無視して勝手なことをさせないためにある制限です。政府に勝手なことをさせないために、常に憲法は適切に変更してください。」と書いとくよ。

憲法の本義とは、選挙の時に出鱈目な公約をした連中に、制限を超えて好き勝手なことをさせないことにこそある。
当然、それは情勢に合わせて常に変わるものでなくてはならず、必然、過半数の意志で容易く変更されるものでなくてはならない。制限される側は政府と代議士であり、直結の国民投票のみがその変更要件だ。そこに意味不明な理念など不要で、そんな御託はむしろ有害でしかない。

憲法は「タダの道具」になるように正しく貶める必要がある。自民党はそこに随分近づけてくれるそうだ。
だから全国区は山田太郎に、比例区はアホっぽい自民の女代議士に入れといたよ。

◇選挙

今まで選挙は極右に入れてきたけど、今回は山田太郎以外の選択肢はない。これまでUSAのLibertarian(真正自由主義)や欧州の海賊党のような、本当の自由主義勢力が日本にはまったく存在しなかった。山田太郎もガチガチの自由主義からすればまだまだだが、”児童ポルノ”禁止法反対、”ヘイトスピーチ”規制法反対、表現の自由最優先、安楽死賛成、産業への知見諸々、他の有象無象の政治屋とはかけ離れている。

日本の右である”保守”は、第二次大戦後につくられた構造を保守し、腐った利権にむしゃぶりつくだけの存在でしかないし、日本の”左翼”は、歴史的にも実態としてもタダの反日勢力の集会場で、社会主義思想としても周縁に位置する「操られる側」であるために、一部の教条が原理化した病理的な反日宗教でしかなかった。その様な連中が独裁弾圧洗脳統制民族粛清虐殺侵略誘拐国家にヘコヘコ伺候して言うこと聞きながら、自分は「リベラル」でございと、表現の自由を弄んできた訳だ。

実際、これから財政破綻する日本でまともに機能するのは、社会維持のことも考えた、しかし社会主義的保護は限界まで減らす改良自由主義しかないだろう。いわゆる新自由主義は、実態として国際資本・国際企業にいいように使われるものでしかなく、国家・社会の維持はまるで無視していた。

◇梅雨

底抜けの雨が断続的に降って、梅雨が頂点を迎え、ようやくの晴れに洗濯物を干すのが捗る。三十五度を越える室温と湿気・・・俺は島に行かねばならぬ。


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