SAND STORM

朝ぼらけ

2016年9月30日

日誌 – 平成二十八年九月

Filed under: 未分類 — Tags: — sajin @ 02:13

◇Orthokeratology(オルソケラトロジー)

前に高橋名人の番組で、名人がLASIK(レーシック)よりlensで近視や乱視を矯正するのをやりたいと言っていたので気になっていたのだが、これはOrthokeratology(オルソケラトロジー)というもので、これが最近広がりだしてきている。

最大の特徴は、夜中にlensをはめて寝ることで、昼間はlensなしの裸眼で過ごせるようになるというもので、手術なしで裸眼視力が回復する、しかも長期間かかるのでなく、結構短期間で効果が出るというのだ。USA発で日本にも十年以上前から上陸していたのだが、当時はまだlensの信頼性が低かったり、医療機関その他諸々が整っておらず、学会から警告がでるほどだった。そういったことは年々改善して、以前は近視にしか効果がなかったのが乱視にも効くようになってきているらしい。今は、先取りの医療機関が各地でポツポツやっている程度だが、先月メニコンがこのOrthokeratologyの会社を買収して子会社化したので、自社販売網や会員制などを通じて広めていく気だろう。当然、今は18万円程度かかる初期費用も安くなると思われる。自分も乱視を直したいと常々思っているので、機会さえあれば挑戦したい。

角膜を物理的に矯正しようという試みは、Chinaの科挙制度(官僚登用試験。鬼みたいな受験勉強が必要)で試験直前に視力を回復しようとした頃から行われていた。

オルソケラトロジーは, コンタクトレンズ( 以下CL)を用いて角膜形状を変化させることにより屈折矯正する手法である。とくに米国で1960年代から試行されており,約50年に及ぶ歴史がある。本稿では,オルソケラトロジーの歴史と我が国における研究について述べる。また, オルソケラトロジーは円錐角膜にも応用されるため, 円錐角膜とそのCL処方, および近視進行抑制に関する研究についても言及したい。1.オルソケラトロジーの歴史歴史上の最初のオルソケラトロジーは,中国での科挙制度の官僚登用試験で前夜に砂袋を眼の上に乗せて視力不良を矯正したと伝えられている1)。国内では1951年にハードCL( 以下HCL)が登場し,1958年から本格的に販売された。 このころからHCLを処方する眼科医のなかには, 国内および海外を問わず,HCLを装用した患者の角膜形状が幾分フラットに変化することを少なからず経験していた2, 3)。このフラット化の現象を最初に意図的に応用したのがJessen4)であり,彼は1962年にHCLによる角膜形状のフラット化をオルソフォーカス(orthofocus)と名付けた。これがオルソケラトロジーのはじまりであり, このころから約20年 間にわたるオルソケラトロジーの発展の歴史は,1982年にCoon5)により詳述されている。 それによると,1964年にNeilsonら6)はCL装用による正視化を目的とするオルソケラトロジーのプロトコールを報告した。

コンタクトレンズ博物誌 その15

そもそも、Contact lensを装着すること自体が良かれ悪しかれ角膜矯正になることは1950sから報告されており、1960sには実験的な医療化が始められた。それから五十年かけて、酸素を透過しないために副作用を生じたり、加工技術がまだ低いために思うような成果を出すことは難しいといったことを着実に改善してきた。

オルソケラトロジーに対する警告(日本コンタクトレンズ学会 理事長 金井 淳)2003年 2月

日本上陸初期の2002ADは海の物とも山の物ともつかない感じで学会から警告が出されたほどだったが、2009ADにオルソ-K(アルファコーポレーション社。メニコンが子会社化)が国内で初めてのオルソケラトロジーレンズとして厚生労働省に承認された。これに合わせて同年6月,日本コンタクトレンズ学会より「オルソケラトロジー・ ガイドライン」)が出版される。

視力矯正【オルソケラトロジー】不適格者でした。失敗ではない。体験記。あと南青山アイクリニック良い|竜太のカポエイラブログ
【体験】手術せずに視力回復『オルソケラトロジー』すげぇ! たった1日で視力回復して笑った | ロケットニュース24

それにより体制が整い始め、これらは2011(五年前)の体験談だが、すでに近視用としては実用次元で、医療機関側も整っていることが窺える。さらに進化して乱視にも実用できるようになり、一般化していくか、という所。

眼鏡レンズとの比較で、オルソケラトロジー(OK)レンズであるメニコンZナイトコンタクトレンズ装用が小児の近視進行を1年目の装用で41%、および2年目の装用で32%抑制したことを見出しました。
オルソケラトロジー屈折矯正による近視進行抑制を妨げる要因

特に成長期にこのOrthokeratologyをすることで近視の進行が抑制されるので、子供向けに一般化するのではないかと思う。将来は健康保険の適用もあるかも知れない。

◇鉄道は国有化して、運営だけを民間化すべき

イギリスでは、1994年に旧国鉄が民営化され、鉄道のレールや駅などのインフラは公営企業が管理・運営する一方、鉄道の運行については地域や路線網ごとに民間の鉄道会社が行う制度を導入しました。

「フランチャイズ制度」と呼ばれるこの制度では、政府が路線網ごとに運行を行う鉄道会社を入札で選定し、鉄道会社には一定期間、その路線を運営する営業権が与えられます。この制度のもと、現在は16に分かれた路線網の運行に8社が参加していて、イギリスのヴァージングループをはじめ、ドイツやフランスなどの企業も参入しています。

JR東日本 英の鉄道入札で最終候補に | NHKニュース

UKでは駅や線路自体は自治体が維持運営し、鉄道運行だけを民間企業に入札してやらせている。結局、鉄道の様な公共性の高いものはこの形が一番いい。
本当に路線を廃止するなら、それはその沿線に住んでいる住民が経費と利便性を勘案して決めることだ。鉄道の運営自体も、民間企業が勝手に、自社の利益だけを考えてやるのでなく、その地域の在り方全体を踏まえた上で鉄道をどう位置づけるか、自転車や他の輸送機関との連携も考えてやるべきことだ。

なぜ今? 相次ぐローカル線廃止|NHK NEWS WEB


◇三江線の廃止

鉄道ニュース週報 (35) JR西日本、三江線廃止を表明 – 「地域に必要」だけでは生き残れない | マイナビニュース

JRの地方路線廃止が進んでおり、江津駅(島根県江津市)と三次駅(広島県三次市)を結ぶ三江線も2018に廃線になることが決まった。地方の乗客もほとんどいない赤字路線の廃止は「時代の流れ」「当然」と思う人も多いだろうが、自分はまったくの誤りだと考えている。

その理由は、
・自転車との連携をまるでやっていない。駅まで自転車で行って、そのまま列車に乗り込み、出先でも自転車で行動して、帰りも列車と自転車という行動ができないため、鉄道を使うために、どこかで自動車を使わざるを得ない。それなら最初から自動車で行くに決まっている。
・今の地方の末端集落の多くは十年から二十年で維持が不可能になることが目に見えており、むしろ鉄道の様な基幹交通を残して開発はその周囲に集中すべき。散漫な維持・開発をしてもすべてが共倒れになるだけである。
・国鉄の廃止以来、JRは民間企業ということになっているが、地方路線の実情は沿線自治体が補助金を入れて成り立たせているもので、実質半公営になっている。それなら、消極的に金を出すのではなく、上の施策と絡めて地方の生き残り懸けて大設計をし直し、積極的に鉄道を活用すべき。
以上の点にある。

赤字路線に税金を注ぎ込むなんて馬鹿馬鹿しいと一般には考えられているが、政治的経緯から鉄道がまったく切り捨てられる一方で、自動車産業と直結する道路には税金が湯水の様に注ぎ込まれ続けている。鉄道と同じに考えるなら、自動車道の建設・整備費用は利用者がその使用回数に応じて負担すべきなのにだ。加えて、同じ鉄道でも集票のネタになるなら、整備新幹線はたっぷり税金をかけて、採算度外視で拡大しているのにだ。

道路:全国ミッシングリンクの整備 – 国土交通省
新幹線鉄道の整備 – 国土交通省

しかし、三江線はもう残らないことが決定してしまった。

最近は関東方面の旅はしていても、特別な理由のないそれ以外の地方への旅行は心が向かないのでまったく行っていないが、三江線だけは行っておかねばならないと思うようになっている。当然、その沿線に存在する山城の攻略が主目標となり、因幡(鳥取)・出雲・石見東部(島根)・備後(広島東部)北部を攻略することになる。一度ですべてを訪れるのは難しいし、中国地方の山間部はそれこそ他にも廃線になりそうな鉄路が幾つも通っているので、違う路線を通る旅にしようと考えている。

◇Allergy(アレルギー)/Atopy(アトピー)

国内最大の食品公害、カネミ油症の発症メカニズムが、厚生労働省の全国油症治療研究班(班長・古江増隆九州大教授)により、1968年の発生から半世紀近くたって、ようやく明らかになった。発症当初、多くの患者に吹き出物などの皮膚症状がみられたのはなぜか-。研究班によると、製造工程中に誤って米ぬか油に混入した原因物質のダイオキシン類が、皮膚を守るタンパク質の生成を邪魔したためで、世界で初めて突き止めたという。

研究班によると、油症の発症に最も重要なのが、細胞内に存在する「AhR」という分子。これが、ダイオキシン類のポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)などと結合すると、細胞や遺伝子を活性酸素が傷つける「酸化ストレス」が増え、体調不良を引き起こすと大まかに考えられてきた。ただ、こうした構図が詳細に分かってきたのはここ数年で、研究班はAhRの役割について多方面から検証に着手。マウス実験などを重ねた結果、AhRは一般の人だと別の物質と結合し、皮膚を守る角質層の形成に必要なタンパク質を生成する機能が新たに判明した。傷を早く治す役割にも関与していた。AhRは皮膚細胞に多く存在する。PCDFを含む米ぬか油を多食した当初、AhRがPCDFと結合してしまったために本来の役割を果たせず、吹き出物ができたり、黒ずんだりする異常な皮膚症状が特に目立ったとみられる。 患者のPCDFは徐々に体外に排出されるものの、今でも一般より血中濃度は高く、酸化ストレスが健康被害を招いている。患者の3割には何らかの皮膚症状も残っている。

 研究班は現在、漢方を使った治療研究に力を入れている。漢方の成分がAhRとダイオキシン類の結合を抑制するなどの効果が分かってきたためで、班長の古江教授は「研究成果を治療法の開発につなげたい」としている。

吹き出物や皮膚の黒ずみ症状 カネミ油症 仕組み解明 ダイオキシン タンパク質生成阻害 – 西日本新聞

結局、allergy/atopyともに戦後になってばら撒かれた化学物質が主原因としか思えない。もちろん免疫の構造上、幼児期に雑多な免疫対象に触れなかっただとか、家畜の糞=Endotoxin(エンドトキシン)があるような環境に育たなかったとか、allergen(アレルゲン)が溜まりやすい構造の家屋になったとか色々あるだろうが、花粉の類は元より、いわゆるハウスダストの主体であるダニの死骸など前近代的な家屋の方がよほど多かっただろう。そんなもので現代のようなallergyになる人間は基本的にはいなかったのだ。高度成長が始まるまでは。

私が育った場所は、直線で150mほどで牛舎があり、endotoxinに触れない環境という訳ではなかった。幼少期にはむしろ積極的に野外で遊んだ方で、様々な免疫対象への接触が少なかったとはとても言えない。しかし、目の前に大型の貨物truckやdump carが頻繁に通る交通量の多い道路があり、それから絶え間なくdiesel排気の煤煙、asphalt道路とtireが削れて溜まったものなどが巻き上げられ、加えて部屋の隣で事業で出たゴミをしょっちゅう焼いており、それからのdioxin(ダイオキシン)含めた様々な化学物質、また昔は家庭ごみを自宅で焼却処分していたので、それの処理などもやらされた(ほとんど防備せずに)。他にも無規制時代の防蟻剤やFormaldehyde(ホルムアルデヒド)など接着剤などとかなり頻繁に接触する環境でもあった。

カネミ油症ではdioxinを一度に大量摂取して、それが僅かずつしか排出されないために問題を起こしているのだが、自分も様々な化学物質を空気から摂取してしまっている。


関連記事

No Comments »

No comments yet.

RSS feed for comments on this post. TrackBack URL

Leave a comment


sand-storm.net