SAND STORM

朝ぼらけ

2016年10月27日

投資日記 2016/10

Filed under: 未分類 — Tags: — sajin @ 03:46

◇相場に関わるとは

何か武道を始めると思った方がよい。
それは規則に固められて競技化されたものではなく、ほとんど何でも有りの武道である。だから武術という方が近い。
武術の修行を始めたばかりの初心者がまともに闘えるわけもないし、正しいことを年々積み重ねた武術者だけが危険の中で成果を勝ち取り得る。
一時、名を馳せた武術者でも衰えてまともに闘えなくなるのもよくある話だ。
残るのは、絶えず学びつつすべての誤ちを削ぎ落として環境に適した形を維持し続けた者か、劣った者に武術を教えるなり、食い物にする者だけだろう。

◇亡者

大体相場に関わっている者など世間は亡者とみなしているが、それも当然の話で、そこに直接的な意味での社会や人のためになる何かを生み出すものは何もなく、賭博と何ら変わりないというのが実感であり、直感であり、また実質でもあろう。さらに言えば、証券会社の人間ほどその亡者視は強い。彼らは顧客を、死んで当然、奪われて当然の亡者とみなしている(例外は大口の上客だけだ)。

こういったことに反駁する「相場に関わることの正当性」(言い訳といってもよい)をほとんど見たことがない。矢口新が「実需で取引している者への流動性(売買の機会)を供給する」と言っていたが、それは結局大多数の敗者が養分となっているだけのことだろう。一般に投資家というのがまるでさも自分は真っ当なことをやっているという見せかけを構築するのに成功しているが、それは実態はともかく、安定した流動性を供給するからである。投機家が忌み嫌われるのは、不安定な流動性を過剰に供給するからだ。実際は両者に境目などないのだが。

相場師になる(誰もが実際に金を入れて始めれば即相場師だ)ことの利点、自己一身だけでなく、周囲や社会にももたらされる利点は間接的な所からしか生じない。相場を通じて、人間を知る、企業を知る、経済を知る、社会の実態を知る、己を知る、そして自己を改め律していく、そういったことを通じてしか起き得ない。相場というものがそういうものである以上、過ちや愚かさはただ失うことにあり、正しさや賢明さは得たものであれ、既に持っているものであれ失わないことにしかない。

◇背信

結局、国が相場、特に株式市場への参入を制度的に煽り立てている訳だが、一方でriskへの教育、資産を過剰に危険に晒さない最低限の技術すら教えないやり口は、満蒙開拓やDominicaなどへの棄民とまるで一緒である。国も、証券会社も、個人投資家が愚かな過剰投機に走るのを止めた方が得になる(一方は手数料、一方は税金)にも関わらず煽り立てるだけで長期的に安全に相場に関わる最低限の手法すら教えない。

◇聖杯はあった

最初、Livermoreの場帳を見た時、こんなものは当人以外何の役にも立つはずがないと思った。「なぜchartですべてが自動的に表される今の時代にこんな日々の終値をチマチマ付けねばならないのだ?時代遅れにも程があるし、こんなものを見て判断できるのはLivermoreのような特殊な人間だけだろう」、と。

一方で、自分用につけている日々の投資日記が発展して、自分なりに監視銘柄の日々の記録(場帳)や保有銘柄の玉帖をつけるようになっていたのだが、林輝太郎の諸本を読む内に、場帳・玉帖が相場師の基盤を成すものだと今更ながらに分かった。そして、なぜLivermoreが場帳をつけている内に、値動きが見える様になったのかも。つまりは、日々の記録を行いながら銘柄と付き合うことで、その動きを深層心理次元で仕込んでいき、仕掛けるべき形や動きが表れた時に慌てずとも行動できるようにしていくということである。

そうして深層を整えている場合にだけ、初めて速やかに、自由に、適切に進退できるのだ。これは情報や目先の動きに釣られた思惑とはまったく次元が異なる。

◇林輝太郎の否定

林は週足のchartを見ることを禁止し、日々の終値のみで構成される最も単純なLine chart(折れ線グラフ)か、酒田罫線法に基づく日足でのローソク足の動きのみを重視、computerを使うな、大きな動きは月足を手書きでひたすら書いて掴めという。これらは今では噴飯ものの主張だが、その心は、手間をかけて関わることで、深層心理にtrendや値動きを仕込んでいけという点にある。

林はまた、移動平均線の様なごく基本的で明らかに有用なtechnicalすら使うなと言っているが、これはその存在や長所を否定しているのではなく、肝心要の実際に取引された価格と量(tick)、またその全てが合意されて成り立った終値(と出来高)を、technicalな指標で歪めて見るなということである。実際の値動きよりtechnicalを重視した時点で勝手な思惑でしかなくなるからだ。思惑を優先して、そこに願望や期待、「なって当然」といったものを入れていけば必然的に敗北するということである。

◇情報を調べること

情報は自身の偏った見方(bias)を取り除くために調べるものだ。

「これはおいしい儲け話だ、今すぐ入らねば乗り遅れてしまう!」と思った時が調べ初めの時である。決して大金を入れて仕掛ける時ではない。

そうして調べ始めても、複雑に構成された動的対象のある時点での一部や一面がだんだん分かってくるだけで、すべてが明らかになることなどない。それでも知ると知らないとでは天と地の差で、無知な時に抱く思い込みや偏りを改めるために調べるのである。

情報で一番怖いのは、他人が流したうまい話や、自分が見た、調べたごく一部を過度に拡大して見て踊ってしまうことだ。

それを避けようとして調べ尽くそうとしても、情報は際限がないので、一時の過激な情報や長年にわたる量に圧倒されて頭も身体も疲れ果て、正常に判断できなくなることが多々ある。そういう時は、目の前の情報から離れて大きな可能性だけを考え値動きだけに集中し、それに従えばいい。外れたら外れたで、すぐに撤退する準備をしておけばいいのである。所詮、正確なことなどわかるわけがなく、相場はいつでも反対に振れ得るのだから。

自分が全体像など決して正確に把握し得ないことを覚った上で、専門機関の調査力や内部関係者の情報などに敵うはずもないとわかった上で、それでも無知ゆえの偏りを取り除くために調べられることは調べるのである。調べたことを過度に重視せず、一面を構成していると偏りなく置くことができれば、調べることは間違いなく優位に繋がる。

◇なぜ米国で株式が一般個人にまで広がったか


S&P 500 – 90 Year Historical Chart | MacroTrends

簡単な話で、第二次大戦後のUSAの株式相場は時折暴落はあるものの、必ず回復してそれを遥かに上回る右肩上がりの上昇を続けたからである(上の1927-2016 S&P月足chartはinflation調整済なので単純比較してよい)。単純なBuy and Holdでも、仮に一番高い所で掴んだ所で20年もすれば価格は元に戻ったし、その間の配当を加えれば損はほとんど発生しない。もちろん個別株による損は起きる訳だが、平均指数への投資であれば20-30年という期間で保有するだけで誰でも儲かったのである。

日経平均 (日経平均) 【0000】 | 株価 チャート 日中足 日足 週足 月足 年足 | 株探

一方で日経225のchartを見ると、高度成長から土地泡沫(バブル)が崩壊した1990までは米国以上の楽勝相場だが、それ以後は20000-8000のrangeを上下する相場であり、よほど上手く立ち回れる人でないと利益を確保できないことが見て取れる。底でつかめば儲かりそうだが、.com bubbleやLehman shock後の暴落~低迷期に始めようなんて気が起きるはずもなく、だいたい素人が煽られて相場に入るのは天井近くまで相場が上がった後だから、一流~超一流相場師や証券会社・商材屋の養分となるのがオチである。

米国流の投資法・相場術は、この歴史的な一貫した上げ相場を前提としているため、日本株式市場にそのまま適用すると通用しないものが多い。自分が読んだ所では、Wyckoff(ワイコフ)・Levermore(リバモア)といった十九世紀後半の鉄道の全盛期から没落、第一次大戦から大恐慌に至る乱高下相場でのした人物の言うことは当てになるが、それ以後の長期間にわたる底上げ相場の中で生まれた手法や著作は本当の試練を経ておらず到底そのまま真似はできない。日本のそれでも江戸時代からの商品先物や明治時代から日清・日露戦争での相場といった乱高下を前提としたものでないと得る所は薄い。

◇一流・二流・大衆

相場に参加する者で利益を上げているのは5%以下というが、長年にわたって利益を得た側に属しているだけでも一流の投資家・相場師であって、世間の話題となるような「大儲けをした」超一流の相場師というのは0.01%にも満たず、その超一流が利益の大半を取っていると思って良い。つまり、一流であっても、平均するとそんなに大きく儲けたりはしない。

人並み以上の頭はあって必死に努力もしているが、得をする時もあるものの損も多くトントンという二流がせいぜい一割ほどで、この手合は失った時間と教材などの費用、精神的負担を考えれば総合的にはやらなかった方がマシだったという結果になると思う。つまり自覚がないだけで広義のカモである。

残りの八~九割ほどは、時間も才能も金も長期間にわたる人並み外れた努力をする気もないまま、やりたいことを優先して損か大損をし、遅かれ早かれ退場する明白なカモで、手っ取り早く儲けたいとか、thrilを味わいたいとか、大儲けの夢を見たいとか、努力はしたくないが相場ごっこをしてみたいとか、相場で稼いだ金で何か買いたい、つまり浪費したいとか、そういう己の都合や欲を優先させる輩である。こういう残り八割のカモでも、相場環境に恵まれれば救済されたり当たる機会が多いため、一定期間続いてしまう。

相場の特殊なところは、すべての次元に「当て屋」がいて、たまたま大当たりした、たまたま覚えた手法がその時の相場環境に適合していたという者(無論才能もあるが)が、上手くいった事だけを取り上げられたり、自分は一流ないし超一流であると勘違いして振る舞うため、世間や二流以下の相場をわかっていないカモに属する大衆がそれを真に受けてしまう所である。

当て屋を除くと、大体相場で成功した者というのは、恵まれた時期に適合した手法で大きく当ててさっさと逃げ出した者か、さもなければ、非常な刻苦研鑽をして精神的にも実生活でも修行者の様な生活を送るのが実態のようである。

◇hontoのReaderがKindleよりかなり劣る

Kindle読み放題でDarvasの本を読み進める内に、あまりに気に入ったのでpoint優遇のあったhonto側で電子書籍を買ったら、hontoのreaderであるMCBook Viewerは、Windows版では背景色が白か黒かしか選べないせいで目が疲れやすいし、Android版では単純なSepia色でなく、古本の汚しを下手な形で再現した背景画像にするので不快感がある。操作性も画面のどこを触っても頁めくりになるなどよろしくない。加えて、なぜか投資本に多いPan Rolling出版のものが、Kindleだと縦書きなのに、hontoだと横書きになっていて、伝記や文学のようなものは縦書きでないと違和感が強い。漫画を読む程度ならいいが、読みづらいのでは本末転倒だ。hontoはsampleで確認ができないし、返品もできないので、pointにつられて軽々に買うべきではないと思った。

Amazonの読み放題で、高額なものも含めて投資本が次々読めるようになっているが、以前は、reviewだの何だのを片端から読んで、それでもやっぱりやめておこうということの方が圧倒的に多かったのに、中身がきっちり確認できることでむしろどんどん買ってしまうようになった。結局のところ、著作物というのはそういうものだと思う。中身をすべて閲覧できるようにした上で、便利に使えるという利点を金のある客は買うのである。

◇俺達は雰囲気で株をやっている

【株の知識ゼロ】バカが考えた株の漫画

Nicolas Darvas(ニコラス・ダーバス)の『私は株で200万ドル儲けた』(この手の投資本の邦訳は題名の改竄が酷いが、これは”How I Made $2, 000, 000 in the Stock Market”とそのまま)がまさにこんな感じで、一般人の感覚、素人の感覚でDarvasが犯しまくった失敗が赤裸々に綴られていて面白い。

・ナイトクラブで働いてる関係で、金持ちに会う機会は多い。金持ちなら知っているはずだ。わたしは熱心に情報に耳を傾け、疑いもせず秘密情報に従った。買えと言われれば、どんな株でも買った。この方法が”絶対に”儲からないと気づくまでには、相当に時間がかかった。
・そのうち自分でも無意識のうちに「ペット」銘柄を飼い始めた。こういう銘柄には、家族と同じように自分と一体なのだという意識を持った。明けても暮れてもその長所を数え上げていた。子供のことを話すようにペット銘柄の話をした。この心理状態は、やがてペット銘柄の損が最も甚大だと気づくまで続いた。
・絶えず損をしていたが、たまにわずかでも儲けると希望が湧いてきた。
・ひらめきを感じた社名や、ウランを発掘したとか油井を掘り当てたという噂など、他人から聞いた話に基づいて行動した。
・「カルダー・ブスケット」という銘柄が目に入った。未だにどういう会社だったのか、何を作っていたのかは知らない。しかし、なかなかしゃれた名前ではないか。その名前の響きが気にったので、5000株を買った。
・以前のようにウェイターからとか、楽屋内で仕入れた情報に比べて、より知的な秘密情報に従って投資していることが誇らしかった。
・「店頭取引」というような謎めいた言葉に魅力を感じたりしたことを今でも覚えている。
・ウォール街へ行ったことがないので、そこがどんな場所か説明することはできないが、その名前を聞くだけで神秘的ともいえる魅力を感じていた。
・儲けているという感覚と、この街に対して抱いた畏敬の念が相まって、愚かにも幸福感に包まれた。
・わたしが触れたものはすべて金(Gold)に変わる。
・取引で成功するとわが身が誇らしく、失敗はブローカーのせいにした。

この本は、素人感覚で読んでも面白いし、経験を経た後ならさらに面白い。

Darvasは、巷では晩年Techno-FundamentalismというTechnicalとFundamentalを組み合わせたやりかたに凝って破産したとか言われているが、全然そんなことはなく、Fashion事業や不動産にまで手を広げて死ぬまで裕福に暮らした。Jesse Livermonre(ジェシー・リバモア)も投機での破産を繰り返しても、その度に復活し晩年は裕福なままで、悪女に捕まって精神的に自殺に追い込まれたのが死因だ。この二人はよくいる調子のいい時に当てたが、後は破産して名前も聞かなくなる一発屋とはまるで異なる、その遥か上に行った存在である。

◇P2P金融

P2Pは分かりやすく言えば、消費者金融のインターネット版。もともと、P2Pは2005年にロンドンで生まれ、借り手、貸し手の双方に利便性があり、世界各国に広がった。P2Pの規制がない中国では、10年ごろから増え始め、現在はネット上のプラットフォーム(業者)は2500を超えるとされる。金利は10~20%台と高く、銀行を介さない金融取引、シャドーバンキング(影の銀行)の一種とされる。ちなみに日本では近年の超低金利もあってP2Pの活躍する余地がなく、ほとんどその存在が聞かれない。

インターネット金融・P2P(ピアツーピア)が中国経済を揺さぶる新たな火薬庫になっている 不動産バブルを助長 – 産経ニュース

P2P金融というのは、WinnyとかのP2Pと概念的には同じで、internetを通じて仲介業者が貸し手と借り手を繋げる金融systemだ。中共体制化ではそもそも共産主義としての色を強く残す政府に対する信認が低いので、人々は、闇経済はもちろん、BitcoinやP2P金融といった政府の目の届かない所に金を逃がすようになっていく。それがあまりに膨らみすぎて、来年辺りから不動産投機や過剰投資と絡んでまたChina Shockを起こす引き金になるのではないかという所。

一方、インターネットで個人間のお金の貸し借りを仲介するサービス「ピア・ツー・ピア(P2P)」や、ネット上で一般から小口資金を募るクラウドファンディングについて「世界的にも非常に大きなボリュームになっているとはいえない。理由としては、先進国の中銀が大規模な金融緩和を行っている中、銀行などの融資が受けられなく困るといった例が、必ずしも多くないことが考えられる」と指摘した。

仮想通貨の信認、紙幣超えの予想少ない=山岡・日銀決済機構局長| ロイター

超低金利が続く現状では、銀行から超低金利で融資を受ければ済むので、P2P金融やcrowdfundingもそこまで大きな広がりにはなっていない。しかし、一旦中央銀行の信用が毀損されると、つまり通貨の価値が吹き飛ぶと、BitcoinやこういったP2P金融、crowdfundingが主要な資金獲得の手段として浮かび上がってくることは確実だ。

◇投機は安らぎを基とする

欲の反対が恐怖

欲が上手く行っていると思うのが奢り
欲で失敗したと思うのが恐怖
心には許容量がある。心の許容量を超えたら人は何一つ正しく取り扱えない
危険性(risk)を溢れさせると人は判断も行動もできなくなり、むしろ自らを毀損する間違った行いに走る
危険性を溢れさせた時点で既に負けているのである(だから命銭を張ったり、過剰な建玉をすればすぐ破滅に繋がる)
これは奢ってもそうだ。欲が心の許容量を超えれば、同じ様に自らを毀損する間違った行いに走る(この場合はriskを無視した過剰な投機を行い、それが巨大な恐怖となって跳ね返ってくる)

投機性のある取引や投資は安らぎを根本としない限り、上手く行くことはない
取引を行う者は欲からも恐怖からも解放されていなければならない
心の落ち着きこそが基となり、精神の安らぎこそが中核となる
それが得られる時点まで、positionを減らすか、研究を繰り返すか、あるいは取引自体を止めてしまうかしなければならない
投機は待つのが仕事なのだ


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