SAND STORM

朝ぼらけ

2017年2月9日

[旅行記] 兜町 弐 (近代化遺産) – 平成二十八年十二月

Filed under: 未分類 — Tags: , — sajin @ 12:33

◇近代化遺産

兜町は狭い範囲に近代化遺産が密集しており、東証の西向いには山二証券やフィリップ証券(元は成瀬証券)が軒を連ね

さらに道を挟んだ北には立派な日証館が建っていて、一帯を風格のある場にしている。

証券街にある光世証券の建物も近代化遺産っぽいが、これは平成十一年築と最近のもの。

日本の街並みは景観規制がなさすぎて、あまりにも品も風情もなくなってしまっている。こういった既存の街並みに合わせた建物は、補助を出すなり、せめて固定資産税や相続税の免除ぐらいするべきだと思う。

◇日本橋ダイヤビル

位置的には東証のすぐ北が日証館、その西隣が兜神社で、その西は高架下を抜けるようになっており、

くぐると変わった建物が建っている。

こんな鉄扉の窓は刑務所ぐらいにしかないんじゃないだろうか。

少し進むと日本橋ダイヤビルズンと建っていて、正面玄関は警備員もおり、関係者以外入ることはできないのかなと思ったら、横から屋内を見ると、何やら展示室のようなものがある。そこで、警備員に尋ねると見学させてくれた。

中に入ると扉だけ立っていて何だと思うが、これは前衛芸術などでなくて、当時の物を色々展示してある中のひとつ。

この建物は元々、江戸橋倉庫ビルという近代的な倉庫で、当時は木造が当たり前の倉庫群の中で、火災に強い最新式として建てられた。さきほど見た鉄窓も防火用だったのである。

最近多くなった「トランクルーム」もここが発祥で、今でこそ古びた問題まみれの企業集団という印象の三菱も戦前は最新のserviceをどんどん提供する先端企業だったのだ。

時代ごとの姿を再現した模型もあり、元々は五階建てだったのが、竹中工務店の施工で現代の高層buildingを継ぎ足したため、今の様な姿になった。「日本橋ダイヤビルディング」という名称も、この継ぎ足し後の建物を称しているらしい。

展示室から奥の方に抜けていくと、建物裏の貨物の積み下ろしをしていた運河の様な場所(日本橋川)を見物できる。今でも当時の風情を残す、中々素敵な場所だ。

もう一度展示室に戻って年表を見ると、昭和六年(1931)の河川運輸を中心とした地図がある。自動車化が進んだ現代と違って、戦前は鉄道と河川こそが運輸の中心だったのだ。

上野や東京に並んで「あきはばら驛」が大書してある所を見ると戦前も重要な役割を果たしていたらしい。その秋葉原駅とつながりの深い、自分がよく宿を取る南千住の駅の近くにも隅田川駅という貨物専用の駅があるが、昔はあの中まで運河を通してあった。


[Link]

日本橋兜町の史跡|日本橋兜町の歴史・史跡|平和不動産株式会社

「兜町ビルの歴史ー銀行発祥の地ー」兜町歴史地図 | 清和綜合建物株式会社


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