SAND STORM

朝ぼらけ

2016年10月17日

相場師と著作一覧 – 日本の相場師

Filed under: 未分類 — Tags: — sajin @ 16:44

Back to Menu



日本の相場師

市場における投機という分野において、日本は歴史上特殊な地位を占めている。
それは、江戸時代に先進的な米先物市場が成立し、それが断絶することなく近代的な株式・先物市場へと移行したからだ。

18世紀後半 – 米先物(帳合米)取引

堂島米会所 前史 (1697-) 米 (1730-1869) 綿など商品全般 (1871-1939)

本間宗久 (1724-1803) – ローソク足・酒田五法の考案者であるとされる。

林輝太郎は本間宗久の著とされる諸本が宗久自身の著であることに否定的だが、この手の古い時代の書は後世の仮託や改竄、追記が加わっているので、安易に判定できない。怪しいものも多いと受けっておくぐらいがいいだろう。

牛田権三郎 (?~1755~?)- 世界初の先物市場である大阪米相場で活躍。

    三猿金泉秘録』(宝暦五,1755) は和歌で本髄を表現している。しかし、当時の米相場のannomalyを詠んだものが大半を占める。
    喜多村政一『三猿金泉秘録-和歌で相場道を極める-』 (1991) – 現代翻訳物では、これが唯一原著に忠実なようだ。
    清水洋介 『江戸の賢人に学ぶ相場の「極意」』(2006) [☓☓☓] – 本間の三昧伝と三猿を引用して極意を解説するという手法。余計な文章が多い。

三猿金泉秘録より 相場戦略研究所

猛虎軒 (?~1756-1798~?) – 実体不明

    八木虎の巻
    八木豹之巻
    八木竜之巻』 見機館主人著とも謂われる。他と違って、見込みや天底の見分け方などない徹底した技術論。

    一連の八木(はちぼく)本は具体的な手法を解説しており、松辰、林輝太郎などは高く評価している。

平瀬徹斎 (江戸時代中期) – 版元「赤松閣」の主人。金融業の平瀬家一族ともいうが定かではない。

大玄子 『商家秘録』(明和七,1771)
玉江漁隠 『相庭高下伝』(1801)

六甲伝 – 上の江戸時代相場本を抜粋した金言集・指南書。

小林和子 「商学士安達太郎編資料 (1941年,松山房)『徳川時代経済秘録全集』」証券経済研究 第83号(2013.9)
高槻泰郎 『近世日本の相場指南書 ―大坂米市場を素材として―』 (2013)

戦前 – 株のposition tradeと買い占め合戦。日本版金ぴか時代。

田中平八 (1834-1884) – 桜田門外の変などに繋がる水戸の天狗党の乱に参加した幕末の志士。糸取引で名を馳せた「天下の糸平」。東京株式取引所設立など取引所設立に多く関与。渋沢栄一もそうだが、幕末の水戸藩の内部抗争が尊王攘夷と絡んで幕府の動向に大きく影響しており、それと絡んだ人材が関東で大物となっていることが多々ある。

雨宮敬次郎 (1846-1911) 「大いなる脱線男」 若い頃に洋行。鉄道王。相場は買い占め合戦や会社を買い取って事業全体を立て直すといったもので事業家とみなすべき。

松村辰次郎 (-1931) [まつむら たつじろう] – 『松辰遺稿』を残した米相場師。日本のLivermoreとも言えるほど大きな玉を動かした。買い占めで有名だが、そういった実需の妨害は間違いだと語っている。最後に失敗したものの、その才能は「天下の糸平」を超えると評価され、言う所も深い。

    『松辰遺稿 相場の道』(1937) – 息子の忠次郎が遺稿をまとめ、注釈を加えたもので稀覯本だが、林輝太郎が『相場の道ー松辰遺稿 現代語訳注』を出している。ただし原文は収録されていないので品格は損なわれている。相場の苦痛と深みを何年も経験すれば、一見大昔の無意味な話しに見える松辰の言わんとする所が理解できる。

福沢桃介 (1868-1938) [ふくざわ ももすけ] – 福澤諭吉の娘婿。米国への遊学を条件に婿養子入りを承諾し、語学習得や鉄道での実務も体験。帰国し結婚したが、結核で療養中医療費を稼ぐ目的もあり相場へ。千円の元手を十万円にする。そうして得た株を元に王子製紙の取締役になるが退職し、丸三商会を立ち上げるも失敗して北海道炭鉱鉄道に復帰、逼塞している時に日露戦争の大相場が起きて北炭株で大金を稼ぎ、休みを入れて洋行(戦争後の暴落で買いに回った鈴久は破産)。いつまでも相場で勝ち続けられるものではないと事業家に転身した。名古屋電燈取締役就任から中部への関わりを深め、木曽川の電源開発から鉄道・電力・製鋼などの社長を歴任して中部財界の大物となった。後の日清紡績、東亞合成、関西電力、中部電力、東邦ガス、大同特殊鋼、名古屋鉄道、帝国劇場などの出願・設立・合併・統廃合をし多数の会社に関わっている。川上貞奴などを妾にし生涯をともにした。

    『富の成功』 (1911)
    『桃介式』(1911) – 『福澤桃介式 – 比類なき大実業家のメッセージ』 [★★★☆] – 細かな相場書としては役に立つ所は少ない。当時の時代背景や著名人、大きな時代の変動の中でどう立ち回るか。
    『桃介は斯くの如し』 (1913)
    『無遠慮に申上候』 (1912)
    『欧米株式活歴史』 (1912)
    『貯蓄と投資』 (1915)
    『予の致富術』 (1916)
    『金持になる工夫』 (1917)
    『狸の腹つゞみ』 (1917)
    『貧富一新』 (1919)
    『槍ケ岳を中心にして』 (1924)
    桃介夜話』 (1931)
    財界人物我觀』 (1931)
    『西洋文明の没落 : 東洋文明の勃興』 (1932)
    『福沢桃介の人間学』 (1984)
    『福沢桃介の経営学』 (1984) – 『無遠慮に申上候』『財界人物我観』を所収。

    大西理平編『福澤桃介翁傳』福沢桃介翁伝記編纂所(1939)

中部のエネルギーを築いた人々 日本の電力王・福沢桃介

鈴木久五郎 (1877-1943) – 日露戦争景気でボロ儲けしたが、大隈重信の忠告を無視し、その後の暴落で破産。孫文を援助。衆議院議員。

株で兆った男――現代語訳・鈴木久五郎の告白記三編

野村徳七 (1878-1945) – 日露戦争後の暴騰を「相場は、狂せり。」と断言、売り方に回る。野村證券を設立。
岩本栄之助 (1877-1916) – 児玉源太郎副官。中之島公会堂の寄贈者。第一次大戦後の暴落を予見して売りに回ったが、時期が早すぎて破滅した。
太田収 (1890-1938) – 東大出。犬養毅が秘書に求めたが山一證券に入社、「兜町の飛将軍」と呼ばれるようになる。社長にまで上り詰め、鐘紡のinsider情報で勝負をかけるが、政府命令で抑え込まれて破滅し自殺。

戦中 – 戦前と戦後を跨いで活動した相場師たち

鈴木隆 (1882-1978) – 小学校教師でありながら相場で莫大な金を稼ぎ、衆議院議員となって犬養内閣の会計監査官にまでなった。その相場法は甚だ投機的で浮き沈みが激しい。戦前の相場師で著作を表したのは松辰と鈴木だけと謂われる。概要

    『欧米漫遊百話意外の意外』 (1922)
    『株式成功大觀』 (1948) – これを改題した『株式成功大学』が、中村佐熊『株式商品 成功相場大学』に収録されている。
    『政界うらおもて』 (1952)
    『株式成功哲学』 (1954)
    『株で儲ける法』 (1954)
    『相場で機会を掴む法』 (1955)
    『学園と観光の鎌倉』 (1955)
    『株式富豪への道』 (1957)
    『鎌倉と各郷土の縁故』 (1957)
    『お金のため方ふやし方』 (1959)
    『成金とは』 (1960)
    『房総と鎌倉との縁故』 (1962)
    『鎌倉と信濃』 (1961)
    『鎌倉の富源開発』 (1962)
    『政界思い出百話』 (1966)
    『出よ英雄私の英雄論 日本編』 (1971)

山崎種二 (1893-1983) – 「売りの山種」。正米取引の小僧から初めて、相場も含めた米取引の達人となり、統制経済に合わせて株式にも進出。江戸の伝統を引く米相場から関東大震災、戦中、戦後の動乱をすべて経験し、相場師・事業家として終生を全うした日本相場市場稀有の達人。

    そろばん――売りのヤマタネ半生記』 (1972) [★★★★★SS] – 相場以前の本質が理解できる。恒常的な労働、商い、事業、人生の中で何度も起こる大災害・事変、人生全体で地に足をつけるという点でとても役に立つ。

林輝太郎『ツナギ売買の実践』が山種の手法を探って色々書いている。山種が米相場で儲けたのは戦前の三月限月の時で、さやすべり取りが手法だったかららしい。他にも現物を抱えながら下げの局面ではツナギ売りを繰り返して平均値を下げ、終いには0円以下で買ったことになっていたとか別の形の「売りの山種」らしい話も。

川村佐助 (1898-?) – 糸将軍。「足るを知る者は富む 相場に逆らうこと勿れ」 足るを知る者は勝つ~「糸将軍」川村佐助氏の教え | 週間先物ジャーナル 2015年5月4日─第1281号

    『足るを知るこころ : 奉仕報恩の人生 』(1987) – 自伝

佐藤和三郎 (1902-1980)

是川銀蔵 (1897-1992) – 戦前大陸にわたって地を這うような商売を凌ぎ、そこで得た経験から鉱山株の投機に進出。同和鉱業や住友鉱山買い占めなどを行った「最後の相場師」と言われるが、終戦直前の小磯内閣では閣僚就任を要請されたり、多額の寄付や是川奨学財団を設立したりと波乱の人生を歩んだ投機的事業家と見た方がよい。また、病身の息子のために医薬会社を買い進め大損を出すなど金の亡者ではなかった。

    『自伝 波乱を生きる―相場に賭けた60年』(1991) – 『相場師一代』(1999)が長谷川慶太郎の解説を七頁を加えた文庫化。
    木下厚『最後の相場師 是川銀蔵』(2011) – 『是川銀蔵の戦い―証券史上に残る稀代の勝負師一代記』(1989)を増補改訂したもの。是川自身への長時間の聞き取りに基づく詳細な伝記。

関東大震災でトタン板を買い集め大儲けした時もそうだった。人が気づかぬところにいかに目を配り、人が気づく前にどれだけ早く行動しているか。買って、売って、休む。これが商売で成功する三筋道なのだ。これはまさに株で相場を張るのと同じ呼吸なのである。
第六章 二期作実践

「もうは、まだなり。まだは、もうなり」、三昧伝の相場の秘伝にあるように、「もう」天井だ、これからは後退すると思う時は、「まだ」という心で控え、もう一度考えてみるということを教えている。つまり、「もう上がらぬ」は「まだ上がる」ということなのである。人気と、相場の実際の動向とは常に逆比例、反対の動きをするものなのである。すなわちそれはまた、「孤独との戦い」でもあるのだ。

勝ちに乗じた買い方が、”まだ上がる” と思う時は”もう上がらぬ”ものなのである。「まだ、まだ」は、己の欲がいわせるものであり、現実はすでに「もう」なのである。

「株式投資はちょうどウサギとカメだ」
ウサギは自分を過信しすぎて勝負を急ぐあまり途中で没落していく。一方、カメは遅いようでもちゃんとゴールに入っている。つまりウサギのように顔の皮を突っ張らして目をまっ赤にして先のことばかり考えていては、ゴールは途中で跡形もなく消えていく。カメになった心境で、じっくり時間をかけて買うことだ。
「カメ三則」とは、
1.銘柄は水面下にある優良なものを選んでじっと待つこと
2.経済、相場の動きからは常に目を離さず自分で勉強する
3.過大な思惑はせず、手持ち資金の中で行動する

是川銀蔵『相場一代』 第七章

“最後の相場師”こと是川銀蔵 遺産は2LDKマンションだけ│NEWSポストセブン

清水正紀 (1915-2014) – 日本商品先物振興協会(振興協会)の前身である全国商品取引員協会連合会(全共連)の会長。戦後商品先物界を象徴する人物。「相場に度胸はいらない」 – 相場に必要なのは、自分の出来る相場技術を駆使する冷静さのみ。(週刊 先物ジャーナル 2015年2月2日 第1268号)。

中村佐熊 (1915-?) 商人・仲買人として働きつつ十代半ばから相場に関わる。四十歳より相場教育者。

    『株式商品 売買の観測法』()
    『株式商品 罫線と実戦』(1955)
    『罫線による株式商品売買の新観測法』(1955)
    『株式商品 投機教室』(1956)
    『株式商品 続投機教室』(1957)
    『投機教室 小豆相場の実戦』(1958)
    『小豆相場 戦線日記 – 事実が基本』(1960)
    『小豆相場 株と商品』()
    『小豆相場 先見の基本』()
    『あなたと私の投資人生―株式商品 父ちゃん私もついています』 (1977)
    『株式商品 成功相場大学』 (1990) [★★★★★SS] - 自身の長年に渡る相場との苦闘の粋を記した『相場実学』と鈴木隆『株式成功大觀』併収した本。失敗まみれの苦闘が最高に素晴らしい。

戦後 – 敗戦後、焼け野原からの復興と世界第二位の経済大国に登りつめる高度成長を生きた相場師たち

岡部寛之 (1917-) – 著書百五十以上。高度成長期に表向きは会社や家庭にとらわれない自由な生き方と当時としては優位性のあった基本的なtechnical技術を使って成功した個人投資家。

    『株の売買入門』 (1974)
    『金儲けのライフワーク―半生で数十億円!岡部式丸儲け術』(1978)
    『素人投資家を出し抜く「大儲け」の極意』 (2006) [★☆] – 『株 大儲けの定石集』(1973)と『岡部寛之の丸儲け自伝(金儲けのライフワーク)』(1972)を再編したもの。

岡部は定年まで会社勤めを続けて退職金は貰う、ダンス教師、免許を取って大学講師、百五十冊以上の著書を書きまくって印税で儲けるなど稼ぐ機会は徹底利用する一方、飲み代はケチる、戦時中の火災保険を利用、妻子は持たず養わない、国家愛・郷土愛・会社愛など所属集団への愛情は一切ない徹底した利己主義者でかつ享楽主義者でもあったので「遊ぶヤツほどよく儲けられる」と嘯いている。若い時分は文学志望だったが、Marxismに触れ唯物論にハマり、疑似科学の資本論などの延長で一種の社民主義革命の資金集めのために株取引を始める。当初は親の預金を無断で引き出してやるというものだった。腸捻転で入院した際に入院費としてその親に金を使い込まれたので以後一切家族すら信用しなくなる。その活動は戦時中を挟んでおり、詐病で徴兵を回避した話やら・・どうも自伝を読んでいると読者を喜ばすために脚色した面白話でないかという気がする。「百五十冊の著作」だが、国立国会図書館の検索で調べると、1939の『配当制限と今後の株式』からだから相当な数になるだろうが、実体は不明である。

 「定石を体得し、実践で鍛えられた相場師が、なぜ敗北したのか。これは5,60歳を越しても、なお相場の世界に足を突っ込んでいたからだ。老いたアルピニストが、いつまでも若い者と同じように山に登り続ければ、いつかは遭難する。相場もそうだ。年をとれば判断力、決断力、自己制御力が鈍り、アクセルもブレーキも効かなくなる。このような状態で、壮年期と同じ姿勢で勝負に出れば敗北するのはむしろ当然のことだ。」『大儲けの極意』

☆相場に秘伝ありとすれば 己の脳力の低下を知り、資金を限定することである。老相場師の最大の敵は無能化した自分である。忍耐力を喪失し、刹那的売買になりがちである。歳を取って視力が落ちれば、それに比例して脳の働きも鈍っている。増大する損失に耐えられずに大きな損をすれば、精神的に消耗、疲労し、何をやってもうまくいかなくなる。何もせずに休んで、市場と自分が冷静さを取り戻すのを待って動き出せばよいのだが、老化により、それができなくなっている。

相場というものは
 計画的な建玉以外は儲からない。
 体調と精神状態が良くなければ儲からない
 運が良く、ツキがなければ儲からない
 負けが続いているときに、損を取り戻そうとすれば致命傷になるものである。
相場師 引退 – 相場戦略研究所

「金儲けのライフワーク」を手に入れることが出来た。「大儲けの極意」には書かれていない内容も多く、彼の人生を学ぶ上で大きく役に立った。手に入れて良かった。しかし、一番良かったのは、彼の虚飾が幾分か剥がれたことである。彼は家族を愛さない、頼らないと公言し、家族が金をせびりに来て、それをいかに拒絶したかを「大儲けの極意」では書いている。彼は家族に対して本当に情を持っていないんだな、と読者は信じるはずだ。ところが「金儲けのライフワーク」を読むと、脳溢血で倒れた弟のために、自らが設立した会社の取締役に雇い入れてやり、仕事をほとんどしなくても給料を支払って、養ってあげているのである。それでも文句を言う弟のことを挙げて「だから血縁なんて面倒なもんだ」と愚痴をこぼすのだが、なんだ、岡部さん、意外にいい人なのね、とちょっと心外であった。

また、いかに会社で仕事をしなかったのか、を延々と自慢しているが、実は岡部氏、結構なやり手で“日本で第5位の証券会社”を設立することを決意し、実際に証券会社の事務所を設立、中小の証券会社の大同団結のとりまとめまでしている。しかし、それがうまくいかなかった理由として、自分の会社、住友生命が、岡部がとりまとめた証券会社に次々に人を送り込み、トップを浮かしてしまったからだ、と分析している。なんだ、岡部さん、会社の余剰人員の受け皿を大量に作るだなんて、一介の社員としては、随分な功績なんじゃないの、それだけ優秀だから、遅刻をいくらやっても許されたんであって、「俺はこれだけ遅刻している、それだけ会社に縛られてなんかいないんだ!」なんて自慢しても、そりゃあんたのように優秀だからこそ許される行為でしょ?と問いかけたくなるのである。

また、株式の運用だけで一財産作ったように説き、自慢しているが、この人、著書が55歳の時点で120冊もあるのだ。印税だけで膨大なものになろう。株だけで財産を築いたのではなかろうに、まるで株の運用だけで金持ちになったかのように振舞うのは、よしていただきたいのである。また、彼は大学教授の肩書きを得るために、31歳から36歳までの5年間、土曜は昼の1時半から深夜12時まで、日曜は朝の10時から深夜12時までを毎日勉強に充て、論文を書き、経済博士号を取っているのだ。努力嫌いで楽して生きているかのように振舞っているが、嘘ばかり。猛烈な努力家なのであった。

結局この人、無頼を気取っているけれども、努力を怠らず、家族も助け、会社に莫大な利益をもたらした堅実な男なのであった。家族に対していかに冷たいかを自慢しているが、誰だって時には冷血漢のように身内に振舞った経験くらいあるだろう。それを、さも毎日そうであるかのように描いているだけなんじゃないか?
売れば暴騰 岡部寛之を読む

無頼を気取っていたが、実際は一流企業のできる社員で、大変な努力をして教授の肩書も得、親族の世話もしていた。また、印税で稼いだ額も大きい。岡部の場合、相場以外の収入がしっかりしているので、それ自体が金銭的・精神的余裕に繋がるし、単なる女遊びでなく温泉旅が趣味だったので、「休むも相場」として上手く機能したのだろう。

林輝太郎 (1926-2012) – 商品先物から始めて技法を核心とする。投資家教育に尽力した。日本の相場師で林輝太郎を読んでないのはモグリと言って良い。技法・心構え両面で知っていると知らないとでは比べ物にならない。

林輝太郎「もし、私が相場をはじめた頃に技術の一片でも知っていたら、他人にいえないような失敗や、またあれほどの苦しみの連続も相当に軽減されていたかもしれない」

    小豆の罫線』 (1960) – 体系的な罫線論。
    小豆相場の基本 -勝利への知識と技術ー』(1961) – 当時「赤いダイヤ」と呼ばれた小豆商品相場。輝太郎は最初期に株、続いて小豆の商品相場に取り組み、大きな成功と失敗を繰り返した。
    『サヤ取り利殖 確実な高利回りの追究』 (1967) – これら1960年台に出した著書群が一番実践的で、本職向き。
    中源線建玉法』 (1974) – 中国の銀相場師”陳雅山”が残したという、資金を三分割して建玉を操作する機械的取引法。Pan Rolling 相場に関する研究発表・雑学他
    『商品相場の技術―相場師の技法と練習法』 (1969) [★★★★★SSS] – 技法が凝縮されているが、徹底して商品と先物。両者に取り組む気がないとつらい。
    『株式上達セミナー―これで成功は約束された』 (1986) – 随筆風だが実践より。1960年台の著書群と違って、これ以後の本は一般投資家向け。
    『ツナギ売買の実践』(1989) – うねり取りにも繋がるツナギの両建て、玉操作からサヤ取りまで。技法寄り。
    『定本 酒田罫線法』 (1991) – 本間宗久発案と呼ばれる酒田五法やローソク足の見方について、他が俗書と呼べるほど深い。
    『商品相場必勝ノート』 (1991) – 随筆・心得寄り。
    『相場師スクーリング』 (1994) [★★★★] – 相場師として生きる心得という点で評価が高い一冊。technicalやalgorithmic tradingへの正しい批判が多い。
    『株式成功実践論―勝者への道標』 (1997) [★★★] – 板垣浩との共著。
    『うねり取り入門―株のプロへの最短コース』 (1998) – うねり取りの本だが、技法はほとんどなく随筆・戒め。
    『売りのテクニック』 (1999) [★★★★☆S] – 空売りの有用性から、心理的克服、制度的に貶めてきた国の批判まで。
    『脱アマ相場師列伝―具体的な売買法と練習上達について』 (1999) – 先物が主なのでややこしいが、移動平均線の部分は輝太郎がいかに凄まじい罫線研究を経てきたかが見える。
    『財産づくりの株式投資―売買の基礎の基礎』 (2000) [★★★★☆S] – これが一番体系的に基本を教授している。他も重要だが、まずこの書を持って実践すべき。
    『相場金言集―世界の名手が発見した定石』 (2001) [★★★★★S] – 『相場と技術17章 栄光の座に昇るために』の改訂版だろう。全集化されたものは更に手が加えられている。単なる名言寄せ集めでなく、それも含めて重要な基本手法を説明している。必携。
    『脱アマ・相場必勝法―プロの「企業秘密」公開』 (2001) – 立花義正ら、輝太郎が付き合いのあった本物の相場師であった人物を取り上げている。ほとんどが障害者や身体的劣等を背負う特殊な人間。駆け出し時代の輝太郎のことも語られている。
    『株式売買記録と解説』 (2007) – うねり取りの売買記録と説明を公開。
    『勝者へのルール』 (2008) [★★★★★S] – 輝太郎最後の主著。Alexander Elderの書評、Game theoryなど、晩年まで最新理論を含め実践研究に余念がなかったことが見て取れる。随筆・心得寄りだが、技法の側面的説明も含まれ、総合的に最も重要な部類。
    『相場技法抜粋-相場技術論の核心-』 (2010) – 選集。他の書を読んでいれば見たことのある記事も多いが、目を通しておくべき。
    『相場の道 松辰遺稿・現代語訳注』 (2012) [★★★★★] – 松村辰次郎の遺稿を息子が纏めた『松辰遺稿』の現代語訳。原文は無い。

    ~林輝太郎・ダイワフューチャーズ講演(1) ~ : シンプルトレード日誌

    輝太郎の本のわかりにくさは、複数の限月が並行的に取引され、限月間の乗り換えやサヤ取りなどが起こる商品先物を前提としている所にある。技法やtechnicalを語る際にも、それらが絡められるため複雑さが二乗・三乗となり理解しやすいとはいえない。しかし、他で軽んじられる玉の操作を中核に置いたのは輝太郎とその周辺だけで、それだけでも突出している。基本的にはうねり取りの技法を核としつつ、後年はFAI投資法へと傾斜するが、輝太郎の著作で仔細が語られることはなく、clubで実践され、解説は林知之が行っている。輝太郎の本に似たような内容が登場することが多い割に具体的な売買が一冊を使って構造的に説明されることが少ないのは、林投資研究所の会報をまとめたものが基盤となっているのが原因。精神指導の部分において似たことが角度を変えて繰り返されるのは、それだけ人間が本能的にやってしまいやすいことであるのを、投資家教育の中で知っているからで、悪いことではない。

    林知之 – 輝太郎の息子で輝太郎の創設した林投資研究所を引き継いだ。seminar屋としての色彩が濃く、FAI投資法・著作ともに評価は低いが、良くも悪くも輝太郎の遺産か。

    「FAIは何を買っても儲かるような上げ相場の時期にしか機能しない。下げ相場で行なえば大きく資産を減らすことになる。これは買いを主体にした、どのような投資法でも同じである。」「株式市場の不況期に低位株は選別して上がるといっても、上記のとおり手持ちはボロ株ばかりになるし、買いサインは大量発生するから当てるのは至難の業。
    いくつかの銘柄が当っても、最大24銘柄に分散するから、資金効率は良くないし、ツナギを想定していないので下げ相場にはノーガードになる。」「そして、こういう精神的に苦しい作業を永年続けていくと、人によっては次第に精神的に錯乱し、ノイローゼになる」ボロ株集め(FAI)はやめよう – 相場戦略研究所 – Yahoo!ブログ

    自己流のFAI投資法 – 相場戦略研究所 –

    金野秀樹 『金野式商品先物入門』 – 輝太郎の手法で行った小豆の商品先物取引を実践的かつ簡潔にまとめたもの。CD-ROMは十年分の小豆相場のdata。

    相場師朗 – 商材屋。

      相場師朗の株は技術だ! 倍々で勝ち続ける究極のチャート授業』 (2016) [☓☓☓☓ ☆] – うねり取りでの建玉操作と判断を図示でわかりやすく説明したのは現状この書だけではないか?「練習、練習、練習」と繰り返し言っているが、売り買い両方の玉を逐次操作して、段階的にドテンを繰り返すうねり取りはまさに練習と鍛錬でしか身につかない。technicalとして、5\20\30\100\300日移動平均線のみを使用し、環境認識はそれが中心。
      この人の商売は、著書は安く売って客を集め、一方、過去三十年のdataとそれを一本ごとに表示して仮想演習できる毎月五千円の練習utilityで散々練習してからやらせるというもの。うねり取りそのものが、相場環境と周期を見、損切、分割建玉、分割手仕舞い、売り買い交錯の両建てなどが複雑に絡み、その一つ一つの基礎に習熟した人間がやるものなのに、いきなりそれをやろうとしても長い時間をかけた上、途中で混乱して失敗し、資金を失うのが落ちだろう。相場は両建てのうねり取りから始めないほうがいい。ややこしすぎてうまくいく訳がない。つまり、技法としてかなりの経験を積んで、一つ一つを詰めた性質的にもそれが合う中~上級者がやるもので、中級者以下がいきなりうねり取りの練習を積んでもうまくいかない。

    増田蔵人 – 元PC雑誌などの記者。

      『投資の聖杯~投資常識の嘘~ 本気で勝てるトレーダーになりたい人のためのバイブル』 (2015) [☓] – 洗練されていない。無駄な文句が多く、1/10の内容でも多い。間違ったことを言っている訳でないが、教えを説くのでなく、文句を垂れるの次元。
      『投資の常識 ツナギ売買の入門と実践~投資の聖杯~』 (2016) [★★☆] – 前著同様。余計な文句が多い。明確に役に立つと言えるのは、概念図を用いて説明した第六章「ツナギ売買の種類」、架空の売買譜で玉の増減をした第七章「ツナギ売買の実践と詳細」ぐらい。

    上岡正明 『うねりチャート底値買い投資術』(2016) – うねりチャート投資で1億円!|ダイヤモンド社が関連連載。初心者向けかなという感じ。

立花義正 (1909-1985) – 戦後の高度成長初期にたまたまもらった自社株の売買で相場を始めるが多くの失敗を重ねていた、そんな中、工場の事故で片足を失ってしまい以後は相場師人生を歩む。本当の意味での失敗、そこから成功する個人投資家の姿と技法を記した。

    『あなたも株のプロになれる―成功した男の驚くべき売買記録』(1987) [★★★★★SS] 。失敗の経験談、本当の売買技法の説明においてこれ以上はない。売買譜付き。

知識と実行力とは別なもので、知識は思索という道を通りますが、実行力には作業という道程が必要なわけです。そして、その作業は決して楽なものではありません。売買の練習と上達という作業は一人で行うものですから、なかなか長続きしません。水泳の練習や碁、将棋の勉強などでは話し合う人もいますし、他人のやり方や進歩をみて励みにもなり、「よし、自分もやってみよう」と心を奮い立たせることもあるでしょう。また、指導してくれる先生もいますから、スランプのときなど力になってくれるでしょう。そういう精神的な支えになることが周りにたくさんありますが、売買の練習と上達は本当に一人だけで行うものなのです。知識先行がどうして悪いかというと、第一に知識のみ先行してしまって、技術の習得をおろそかにするという一般的な欠点が指摘てきます。そして、技法の習得は簡単なものから出発すべきなのに、なまじ知っているものだからいきなりむずかしいやり方をやって失敗してしまう場合が多いのです。たとえ簡単な方法でも、何回か繰り返してやらないと出来るようにならないし、身につきません。p.51

資金が増えると、知っているがまだやったことがなく、できないことをやろうとして失敗してしまうのです。できること以外は知らないほうが利益があがります。中途半端、くだらない知識は失敗のもと。p.54

長期的な資産運用のための元株、中短期のものでは計画的な建て玉――以外は、越年してはいけないというのが売買益で生活していく上での鉄則。その年の暮に株も商品も全部手仕舞いし、暮れから正月にかけて冷却期間を置いて、なおかつ持続すべきであると判断したならば、一月の大発会に改めて買い直すというのが鉄則です。手数料を払うとか、大発会が高かったら損をするとかいうのは、ほんとうにつまらないことです。そんなものは、手仕舞いすれば冷静になれるという貴重な自己の向上の代償としては、まことに安いものといえるでしょう。現物でも信用の建て玉でも、十二月末にはできるかぎり手仕舞いする事ですp.69

正しい売買をやっていると、でたらめにやっていたときには想像もしなかったようなことが起きてきます。世間一般のしごとや技術では、そうしたことを”新しい世界が開けてくる”と表現しています。が、それが相場の場合は、自分の玉に対して値動きの強さとか感じがわかってくるということです。強さが分かってきたことも手応えが感じられるようになったこと、さらに乗せが出来るようになったことや興奮せずに売買注文を出せるようになったことなどは、毎日あきずに場帖をつけ、自分の仕事として売買を行っている過程で起きた出来事なのです。p.143

自分の欲望の赴くままに売買して損するのは、下手なアマチュアに共通する欠点です。それを是正するために、行き当たりばったりの売買法をやめ、ある時期、自分の相場観を殺して昔からの定石の真似をするか、一定のパターンを決めるなどして考え方から具体的な売買の方法論まで一貫したものを習得するとよいでしょう。つまり型というか、やり方の洗礼を受ける必要があるということです。私はそういう”洗礼”を受け、通り越したら定石やパターンから抜け出せると思ってやってきたのではなく、自分の失敗の経験から、欲望を表面に出した売買よりも、昔からの定石やパターンの方が優れていると思って実行してきたのです。そして、それはあきずに同じことを繰り返し行うことによって身につく”慣れ”とでもいうべきものだったのです。慣れてしまえば自分なりの手応えがつかめますから、失敗も分かります。したがって早く逃げられるようになりました。また、押しを待って手応えある買い乗せが出来るようになったということで、これも欲からつかんだものではありません。p.146-147

何回か成功して少し自身がついてくると、真面目に勉強していこうという他の人々に教えてあげようかなどと思ったりもします。そして実際に教えてみると、相手が練習の苦しみを経験しておらず、早く利益を得ようという欲のために、その親切心も理解できず失敗して、逆に恨まれてしまうのがオチです。
本当にそうなのです。損している人を見ると、ついつい教えてあげたいという衝動にかられてしまいますが、相手がつらい練習はしたくない、楽して儲けたいという無理な欲望のために苦しんでいるのですから、教えて上げる必要はないのです。p.158

急伸の翌日に買うとか、急落を追いかけて売るということは、そのやり方が不利なことを十分に理解した上で、あえて行うという場合以外は現に慎むべきです。将来の大成のためには絶対に追っかけをしないことです。増し玉そのものでさえ、値が同じところならば資金的に不利になっていくはずですし、平均値ということを考慮に入れればさらに不利になってしまいます。そのうえ、不利な方法を行使するということは、つまるところ三重の不利を背負い込むことになるのです。多くの投資家が上達しないのも、私が失敗して家族を泣かせたり自殺寸前まで追い込まれたりしたのも、結局は乗せを積極的に(と錯覚して)実行したからなのです。pp.164-165

二股では力半減以下 pp.165-166

私はプロであるから前進しなければいけないが、背伸びをしてはいけないのだ。 p.172

ツナギは保険ツナギ、利益確保のツナギ、ドテンのためのツナギなど、理論的にはいろいろ解説されていますが、私は”本玉維持のための反対玉”という実用的な解釈をしています。p.173

順張り専門のプロはまずいないといわれています。順張りは心理的に楽でやりやすいでしょうが、実質利益が少ないうえ、失敗の確率が高く、その金額も大きいからです。そのあとは、やはり逆張りの押しを狙うのです。最初の玉は順張りで入れても、二度目からは絶対に追っかけ買いをしないことです。また、上げの途中の保合いからの再上伸の場合には、はじめの玉でさえも順張りでは買わないことに留意しなければなりません。p.229-231

プロでも、買いそびれてしまったときには初心者がやるような単純なやり方をしているのです。そもそも上手な人とは、むずかしいやり方をする人のことをいうのではなく、やさしいやり方をしながら失敗を減らしていくことを心がけている人のことをいうのではないでしょうか。自分の心(欲)のままに売買する人は、そういう方法を心がけているつもりでも、結局は独りよがりで、分割という売買の基本から外れており、あとで苦労することになるのです。それにひきかえ、こんな簡単な方法でも、基本を守ってさえいればいいわけで、これに慣れが加わってくれば立派にプロの技術として通用するわけです。p.232

ただいえることは、「自分で売買しようという固い決心をしたら、それを実行しなさい」ということです。もっと具体的にいえば、売買技術の向上意欲をもち、自分の型をつくろうという方向に向けることです。そして、自分の型をつくるまでは証券会社側の人たちとは絶対に話をせず、そういう類の本も読まないようにすることが肝要だということです。p.241

    板垣浩『自立のためにプロが教える株式投資』の5章11「期間が違っても同じうねり取り」pp.225-228で立花義正の売買譜を表化して説明している。これが一番わかりやすかった。それに板垣の手法がもっとも簡単であるが故に理解しやすい。

パイオニアの株価データ(昭和50~51年) | ¥∞ – 立花の売買譜のdataとそれをchart化して理解できるsoftwareを配布している。
上達のプロセスこそ秘訣 その24・・・うねり取り考察② ( 株式 ) – あらなみの相場技術研究所
「立花さんは、逆張りナンピンばかりを主張されておられますが、私が売買譜を読んだ限り、トレンドフォロー派であって、玉の入れ方はリトレースメント(押し、戻し)を狙う、という戦略」上達のプロセスこそ秘訣 その25・・・うねり取り考察③ ( 株式 ) – あらなみの相場技術研究所
立花義正の売買技法 – 相場戦略研究所 – Yahoo!ブログ

板垣浩 (?~1990-1997~?) – 大学で有志と相場研究をした後、証券会社で修行し、その悪質性に憤り、独立して十億円稼ぎ米国へ移住。林輝太郎などと組んで業界の内情暴露や証券屋・個人投資家双方への厳しい本音の意見を出した。板垣が実際に相場に参加したのも、bubble破裂前の高度成長期であることに注意。

    『自立のためにプロが教える株式投資』(1990) [★★★★★SS] – 趣味的な素人取引から抜け出して本職の態度と技術を身につけるための指南書。証券業界の実態について露骨に本当のことを述べた。板垣のうねり取りは買いのみで、その入れ方も等分割の単純なものだが、それは事前の準備で業種・銘柄を知悉して慣れ親しんだ上での最適解である。事前の準備にいかに血道を上げ、実際の戦闘では極限まで複雑なことを廃し単純化するかが真髄。

    「はじめに資料ありき」
    しかし、それだけではダメである。それは「やり方」と結合していないからだ。p.62

    相場の売買はすべて応用問題である。基本のできない者に応用問題は「絶対に」できない p.63

    もし仮に、絶対に上がる株があったとして、それを教えて差し上げても、やる人の技術が未熟では利益にならない p.70

    「対象物の専門化」「やり方の専門化」のうち、一番早く決められるのは対象物である。 p.71

    自分の専門を決めるにはどうしたらよいか。結論を先に言うと、「好きなものに決めればよい」のである。これは、銘柄(業種)についても、やり方についても同じである。ダボハゼと流行銘柄を避け、玄人好みの地味な株(業種)を選べばまず間違いない。一般に、アマチュアがド素人の段階から進歩し、専門を持ちたいと考えるようになった、ということは、本当は一大飛躍というべきである。プロの領域に一歩踏み込んだ、といってもよい。一方、「どれに決めようかな」と迷っているのは、自分の性格に合うものを決めるというよりも、利益の多いものを選ぼうとしているからである。自分では、自分の性格に合うものを探している、と言いながら、その実は、どれが儲かるか、という考えが根底にある。これでは、やはりまだアマチュアのいちばん悪い心構えが心の片隅に残っているのであり、飛躍できそうでできない。 p.79

    われわれは「相場をする側」に立っているのである。「させる側」の人間の言ったこと、書いたものに目をうばわれてはいけないのである。それでは自立できないどころか、それだけで負けになってしまうのである。 pp.127-128

    受け入れ態勢のない人にいくら具体的なことを教えても無駄 p.130 「お料理学校の悲劇」

    「やらなくてもすむ」ことはやらないほうがよい。一般の投資家はやる必要もないのにむずかしいことをやろうとする。ただでさえ「むずかしい」うえに「やる必要のないこと」をやるのはつまらないことである。上手な人は誰でも言うが「成功率の高い、やさしいやり方」を実践すべきである。筆者の売買は、半年くらいの上げ下げの安いところで細かく分割して買ってゆき、上がると手仕舞いする、という比較的技巧を抑えた売買なのである。下げ相場の時はどうするのか。何もしないで見ているのである。 p.222

    「うかうか平均値を高くする」pp.210-214

    「一般投資家=粗雑な理論と不備な資料にもとづく散発的当てもの売買」
    当たったときの値幅を大きく、株数を多くし、外れたときの値幅を小さくとどめ、株数を少なくすれば、差し引き利益になる、と。しかし、現実の売買では実行不可能なのだ。実行不可能なことで利益を得ようとしているのが一般投資家の売買なのである」「上手な人の売買は波乗りであり、上手か下手か、ということになる。上手下手ということは、努力によって上達する可能性がある。
    一般投資家は、研究によって確立を高めようとしているが、これは理論的にも現実にも不可能であるのに対し、プロは実行力をつけることを主眼としており、これは向上の可能性を持っているやり方
    一般の投資家が上達しない原因は、もちろん技術水準が向上しないからだ。まえから述べている「当てもの売買」から脱皮できないこと、脱皮しつつあっても、どうしても当てもの売買的部分が残っていて、上達の足を引っ張ること p.228

    株式市場では多くの統計や指標が発表されているが、その中で、「売買をするうえで、真に役に立つもの」はひとつもないではないか。p.229
    タテマエ論をぶちこわし、再構築するものは、自分の実践力の養成である。真の実力である。見せかけのものや、周辺知識ではない。ゴルフでいえば、プロに似せた服装やプロモデルのクラブやバッグやゴルフ理論や知識ではなく、ボールの打ち方(技術)だけということ pp.229-230

    つまり、「波乗り」と言いながら、その波を理屈で設定し、その設定した波に乗ろうとしたのである。ところがうまくいかなかった。それは、自分が「こうなるはずだ」と設定した波が、「こうなるはず」ではなかったのである。そういう場合、波を設定した本人は、自分は正しい予測をしたと信じ込んでいるから、「こうなるはず」にならなかったときに、「間違ったのは自分ではなく、株の動きのほうだ」と考えてしまう。もちろん、間違ったのは自分である。p.249

    いまはどうだろうか。ひとりよがりの判断をする新聞・雑誌・研究書を読んでいない。「こうなるはず」という波の設定もしていない。ただ、場帖をつけて、波の動きを見ているだけである。いままでの「間接法」は、ひとりよがりになるものが存在していたのに、いまはそれがない「直接法」なのである。「自分がいま見ている波がどうなのか」という感じと、「それにどう乗るべきか」を考えてそれに乗っている。つまり、いままでは波を見るのに、間に業績やニュースが入っていたのに、今度は直接に波を見ている。すなわち、いままでよりも「身近に」といってよい見方をしていることになる。だから、波の乗れたときは「乗れた」とより強く感じるし、乗れなかったときにも、以前のように不満を覚えることなく、どこが悪くて乗れなかったのかがわかる。 p.250

    pp.251-252

    『株式成功実践論 勝者への道標』(1997) – 板垣の部分はプロが教えるを読んでからの方がいい。Technicalだの知識をひけらかして肝心の相場行為で破滅したA氏の話を核とする。

鏑木繁 (1930-2013) 筆名「風林火山」。投資日報主筆。日本株式市場の経験者としての言は単なる相場を越えた人生経験から発せられ、益する所大。一方で、霊・占い・宗教などを持ち込んでいる。

    『恐るべき商品相場』(1971)
    今は昔: 船場・堂島・北浜相場物語』 (1972)
    『商品市場入門』(1973,1979)
    『先物の世界 相場難儀道』(1986)
    先物の世界 相場開眼』 (1993) [★★★] – 復刻版あり。経験次元で相場に関わって始めてわかる辛さ、人間が陥りがちなことが多く語られて心に沁みる。東洋的でわかりやすい一方、易、幽霊、宗教などの挿入も多い。
    先物の世界 相場喜怒哀楽』(1990,2005) [★★★☆] 復刻版あり。
    相場の張り方 先物の世界』 復刻版あり。
    先物罫線 相場奥の細道』(1991) [★★★] – 復刻版あり。九星循環・六甲伝など東洋の罫線法が載っているのは珍しい。『先物市場のテクニカル分析』よりわかりやすい。
    『罫線の法則 Simple chart』(1999)
    『先物の世界・相場戒律』(2000)
    格言で学ぶ相場の哲学』(2002) 復刻版あり。
    『目に見えない相場の仕組み』(2005)
    『新難儀・ニコニコ相場様』(2007)

「かつて筆鋒鋭く商品取引業界の悪事を攻めまくり、勢い余って、あることないこと書き立て、先物業界のドン、清水正紀氏の逆鱗に触れ、鏑木さんの新聞がさっぱり売れなくなった。」(週刊 先物ジャーナル 2013年10月7日 1203号

矢口新 – 元証券dealer。『生き残りのディーリング』は証券会社で働く人向けの教科書となった。

國宗利広 () – 筆名:九条清隆。bubble時代から本職のtrader。

    『日経平均トレーディング入門』(2015) [★★★★★] – 嘘や外連の無い、教科書次元の書。
    『実践 日経平均トレーディング』(2016)
    『日経平均オプション入門』(2017)
    『巨額年金消失。AIJ事件の深き闇』(2012)

九条清隆 相場観と金融工学

野川徹 (1960?-) – 相場師養成家。その養成所はbootcamp(ブートキャンプ)と呼ばれ、非常に厳しいことで知られる。略歴を読む限り、system tradeが本職。

あらなみ – 十年を超えるsystemで「勝てる」手法を研究をして彷徨った後に、野川のbootcampで実践中心・環境認識などに目覚めて専業に。21世紀の日本で、まともな相場師かつ相場教育者的立場で物を著しているのはこの人ぐらいだろう。

あらなみの里
あらなみの相場技術研究所
あらなみの相場技術研究所 別館
あらなみのトレード水先案内人




[相場環境]

日本証券経済研究所 – 『証券レビュー』『証券レポート』など多くの雑誌・論考を無償で公開している。

細金正人 『兜町の四十年』 (1990) [★★★S] – 敗戦間際の政府統制からGHQによる接収を経て復活する昭和二十年から平成の泡沫経済崩壊までの兜町がまさに兜町であった時期を描く。特に、敗戦を挟んだ混乱とその中での相場師の動きを知ることができるのは貴重。もっとも時代の変化に敏感なのは彼らだった。写真類が一切ないので東証に行って見てからのほうがわかりやすい。逆にそういう政治変動が収まった後の高度成長期は野村・大和・山一・日興の四大証券を中心とする証券会社の話ばかりになり、面白みにかける。

榊田望 『兜町戦史 戦後50年投資家はいかに闘ったか』 (1995) – 敗戦後の東証復活から泡沫経済が崩壊した後の惨状まで。各年代の経済環境や展開がかなり詳しく描かれている。

高野譲 『株式ディーラーのぶっちゃけ話』 (2016) [★★★] – 証券会社の現役dealerがその内部から実態を赤裸々に描いている。すでに場立ち時代は遠い過去の遺物であり、さらに東証Arrowhead導入でAlgorithmic traderのHFTが跋扈する現状。まさに現代。多少小説的なのでそれが良くもあり、悪くもあり。

鍋島高明 – 相場師伝記作家。江戸時代から現代まで。

    『今昔お金恋しぐれ 文学に見るカネと相場99話』(2000)
    『相場師異聞―一攫千金に賭けた男たち』 (2002)
    『相場師奇聞―天一坊からモルガンまで』 (2003) – 一人十頁。
    『ヘタな経済書より名作に学べ 古今東西52編が語る金と相場』 (2004)
    『賭けた儲けた生きた』 (2005) – 一人十頁。
    『相場ヒーロー伝説 -ケインズから怪人伊東ハンニまで』(2005)

      フッガー家三代 銀と銅の先物買いで巨富
      神屋寿禎・宗湛 秀吉の寵愛を受けた「筑紫の坊主」
      ヤコブ・リトル「ウォール街の巨熊」と呼ばれた男
      ヴァンダービルト 七十歳でウォール街に乗り込む
      山城屋和助 生糸相場で豪快な取引
      渋沢喜作 大敗も喫した投機道の達人
      安田善次郎 売り手とならず買い手に徹す
      九代目渡辺治右衛門 東京屈指の土地長者
      浅野総一郎 憧れの「銭五」を超えた事業王
      中野武営 四半世紀に亘り東株を指揮〔ほか〕
      竹原有三郎 相場道に徹し、巨富築く
      今村清之助 ドル相場で奇略縦横
      小野金六 甲州財閥三人男として勇名馳せる
      寺田甚与茂 徒歩主義に徹した「貨殖の奇才」
      高橋直治 一代で没落した「小豆将軍」
      坂谷宮吉 北の海運王は戦争のたび巨利
      岩下清周 リスクを引き受ける「男の中の男」
      清水石松 蛎殻町切っての名物男は侠骨の士
      小池国三 堅実なサヤ取りで大成果
      杉野喜精 七番番頭から一気に山一社長
      バーナード・バルーク ボクサー志願から相場の達人へ
      山本唯三郎 大正バブル飾る「虎大尽」
      吉村友之進 横浜取引所切っての大相場師
      穴水要七 投機心の塊、紙業界揺るがす
      鈴木 隆 小学校教師から大富豪へ
      J・M・ケインズ 右手に『一般理論』、左手に八十万ポンド
      林 荘治 金解禁めぐる混乱で巨利
      近藤荒樹 金融王にして“相場の神様”
      伊藤ハンニ 昭和の天一坊か、天才か
      アンドレ・コストラニイ ブダペスト生まれの大投機師

    『相場師秘聞 波瀾曲折の生涯』 (2006)
    日本相場師列伝』 (2006) [★★★☆] – 文庫で一人四頁。名前・経歴・信条で埋まるので実質三頁の記述だが、要点が簡潔にまとまっていてよい。相場に関わった人の盛衰を多く見ておくことは、自分が相場に関わる上で一番ためになる。
    日本相場師列伝II』 (2008) – 同様。基本的には日経新聞の連載が元。
    語り継がれる名相場師たち―明治・大正・昭和を駆け抜けた「勝ち組」53人―』 (2010) – 文庫で一人5-6頁。
    天才相場師の戦場』 (2008)
    『一攫千金物語 日本相場師群像』(2009) 単に人物だけというより、頁数を定めず一章で時代そのものを描く。

      「北浜の平ちゃん」が行く 最後の相場師・畠中平八
      先見力で風雲呼ぶ木下茂 – ある鉄商の栄光と挫折
      児玉富士男の北浜奮戦記 – 小僧上がりの相場名人
      「蛎殻町は俺の戦場だ」 – 米騒動で名を残す増田貫一
      米騒動で失脚した仲小路農商務相 – 相場師を市場から放逐した男
      中共の怪傑・林茂 – 元の無一文に戻る
      足るを知る男・川村佐助 – 近藤紡・山種を連覇
      「桑名筋」板崎喜内人-相場師が経営者になって失敗
      ハマイト黄金期の電光将軍-NYまで轟く「コジマ」の名
      自由民権壮士と相場師 – 山栗門下の大矢正男
      下関米穀市場繁盛期(豊永長吉)
      堂島を沸かせた面々
      東株の黄金時代築いた二人の男(取引所を産業インフラに育てた郷誠之助・相場は「God Knows」河合良成)
      異彩の商品取引所理事長二人(新聞社社長で米穀取引所を仕切る斉藤修一郎・大阪財界のドン杉道助)
      先物寸言

    侠気の相場師 マムシの本忠 吉原軍団が行く』 (2010) – 戦後の商品先物業界で「マムシの本忠」と恐れられた本田忠―

青野豊作 (1934-) – 経済誌記者、商訓研究。

    『相場師入門ー株のプロを目指せ』(2000) [★★☆] – 本間宗久の研究者。福沢桃介に多くの頁を割いている。他、雨宮敬次郎や田附政次郎など相場師の記述。戦前~戦後の日本株式市場の様々な出来事が経験的に語られるので、日本株市場の歴史的背景を知るのにもいい。例えば、III章では、Dow Theoryを日本株式市場で見たような、theme(テーマ)株がもてはやされるのはどういう時かよくわかる。

関連記事

No Comments »

No comments yet.

RSS feed for comments on this post. TrackBack URL

Leave a comment


sand-storm.net