SAND STORM

朝ぼらけ

2017年10月24日

[旅行記] 日本橋(浜町・人形町・小網町) – 平成二十九年十月

Filed under: 未分類 — Tags: — sajin @ 20:19

◇浜町

近くに用事があった際、待ち時間ができたので浜町公園で休むことにした。

麺麭(パン)を持ってきて食べていたのだが、糖質過剰になると思って余った分を鳥にあげていたら、雀やら鳩やらが大量に寄ってきて凄いことになった。

今日は銀座にも用事があるので、浜町公園の手前にある明治座の脇を通って人形町、兜町、京橋と抜けていくことにする。

◇富沢町

少し北の富沢町にある一力自動車工業。休日で閉めているが、簾がかかっていることからわかる通り、営業?しているようだ。

クロネコヤマトの謎の置物は何なのだろう。

銭湯用と思われる薪が現代の街では浮いてしまっている。

◇人形町

人形町に入って見かけた加島酒店はやたら味のある風情だなと思ったら、立ち飲みの「角打ち」をやっているらしい。

酒屋で立ち飲み!? 独自の魅力が満載の都内オススメ“角打ち”3店舗 | しらべぇ

この間、西成に行った時は立ち飲みしようと楽しみにしてたら、運悪く台風で閉めてしまっていた。よく宿を取る山谷には屋外座り飲みの店はあるのだが、常連で満ちているので難度が高い。山谷も古い店が消えていっているので入ってみなければと思ってはいるのだが・・・

昭和時代には営業していたのだろう日本建装。営業をやめると表を植木で塞ぐ店が多いね。

◇小網町

日本橋川北岸、小網町の小網神社は元は神仏習合の施設だったものだが(説明板)、明治時代に正式に神社になったもので、今でも参拝客が並んでいる人気の神社だ。

江戸時代から大正の大震災まで、日本橋川沿いの河岸には白壁の土蔵が立ち並び、美しい景観が見られました。俗に“小網町河岸三十六蔵”といわれ、広重の江戸名所百景のうち、“鎧の渡し小網町”に描かれています。日本橋小網町今昔 | 油歴史資料館

東京穀物商品取引所Webマガジン 早稲田@日本橋

小網町のすぐ向こうは、商品取引で盛んな蛎殻町で今も東京穀物商品取引所があるが、その源流はここ小網町に立ち並んでいた蔵の米を取り扱う米会所だった。

◇平成の終わりと自然としての昭和の消滅

今年で平成が終わるのだけど、元々自分は戦前までの前近代の遺風をひきずる町並みや情景を好んでいこともあって、よく自転車に乗ってはそういう所をうろついていた。近年、日本の色んな所を旅していて思うのは、自然と残っていた昭和の遺物がどんどん消え去っており、意図して残したもの以外は、この平成の終わりとともに消滅しようとしているということだ。

昭和までの世界というのは、それまでの数千年の歴史を引きづった、自然との付き合いの中で培われてきた文化を引き継いだ人の感覚に大きく依存する手作業の職人の世界であったが、平成の間に進んだそれは、恐らくcomputerの進化、一般化と大きな関わりがあるが、より非人間的、非自然的な工業製品の大量生産で、歴史や自然と決定的な断絶がある。個々人が利便性を求めた結果がdystopia的情景として現れているとしたら、その行き着く先はどうなるのだろうという気がする。


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