SAND STORM

朝ぼらけ

2017年11月18日

投資日記 2017/11 vol.3

Filed under: 未分類 — Tags: — sajin @ 10:21

◇公益

三ヶ月に渡るシードとメニコンを比較した取引で、二頭の龍が絡み合い、自分はそれに翻弄された。巨大な失敗となったこの山は、まるで大量の貴金属、宝石の眠る鉱山のようである。

すべての問題の根っこは、他者の公益を考えず、見ようともしなかった自分の意思が歪んでいたということだ。根本的に公益を無視したり軽視した状態で、己の欲や都合、考えを優先させた結果失敗に失敗を重ねた。

メニコンに関しては、社会的価値のあることをしている今伸び盛りの対象に売り向かったこと自体が間違っていた。シードもそうであるが、メニコンは乱視用のcontact lensという新商品を出し、それで業績を大きく伸ばしている最中であり、他にもorthokeratology(オルソケラトロジー)の子会社を買収して広めようとしている企業だった。

それら乱視対策商品は、まさに乱視に悩まされている自分が欲しいと思っている新商品なのである。世の中の人にとっても、まさに求めていた商品が出てきたという所だったのだ。短期的には行き過ぎ感もあったが、まだ市場の拡大(というより新商品故の市場開拓)が望め、特にメニコンは安定した会員制のメルスプランもあり、長期保有する者にとって最適の対象であった。今ちょっと上がり過ぎたように見えるからといって、売り逃げる者はいなかったのである。

そもそも、株式というのは「崩れない限り」買い方が有利なものである。現物なら配当で、信用買なら上がり過ぎを売った側から逆日歩をもらい続けられる。金利や逆日歩の支払いを日々迫られる空売りは時間が経てば経つほど不利になるものなのだ。現物を「崩れない限り」売る理由は何もない。そして上がり続けたのだ。当然のこととして。

自分はシードに比べてPERが高過ぎるとかシードは下げて調整しているといった公益を無視した比較ばかり行っていた。

そもそも、なぜGoogleは行き過ぎの上昇を続けここまで来たのか?
なぜAmazonはこんな馬鹿げた上昇をし続けてきたのか?
それは人々の公益に応え続けてきたからに他ならない。

「公益に逆らう」仕掛けに微塵の勝ち目もない。

◇7780 メニコン・7743 シード – 比較が招いた往復ビンタ

シードとメニコンは同じcontact lens(コンタクトレンズ)屋、売っているものもほぼ同じなので、ほとんど同じようにして上げてきていた。ただし、その上昇幅はシードが去年Brexitの大底から300%、今のswingで100%であるのに対し、メニコンは同じBrexitから150%、今のswingで50-60%ほどに過ぎなかった。

そのシードが一度崩れて二天をつける状態に入ろうとしていたために、天井ないし多少の抜けを待って売り仕掛けを始めていくつもりだった。しかし、すぐに天井を試すことがなかったので、待ちきれずにメニコンを売ってしまった。

この狙いすましていた対象を待ちきれずに比較していた対象に手を出してしまう失敗は、2016ADにUSA大統領選挙の手前でやった誤ちとまったく一緒で、当時自分はTrumpの当選はありえないという左翼の願望丸出しの滅茶苦茶な報道が溢れて安心し切って上げていた市場環境を見て、仮にHillaryが当選してもすでに織り込まれていることから上げ幅は少ないし、Trumpが当選すれば暴落は必至と考えて、日経ダブルベアなど下落に向けたpositionを構築していた。しかし、構築を始めるのが早過ぎ、選挙日に向けて市場は下げるどころか上げ一方となっていったので待ちきれずに、逆の日経ダブルブルに手を出して裏目に出て混乱した状態になり、信用枠との兼ね合いなどもあってせっかく構築していたダブルベアを解除した状態でTrump当選を迎え、みすみす暴落を逃した。

狭い対象に付き合っていく内に視野狭窄に陥り、誤った逆の行いに走る素因があるということである。Zeno’s paradoxes(ゼノンのパラドックス).

先に言った様に、待ちきれずにメニコンに手を出したものの結局まだまだまだまだ上を目指す状況であり、危うく損切りして逃げたのだが、引かれ玉を抱えて手を出せない状態の時に肝心のシードが狙い通りに下げ始めてしまい、ザラ場(日中)の振れであまりに下げたので買いで入って瞬間的な戻りで僅かに儲ける成功体験をした。

この本来の大きな流れに逆らう体験が、悪い癖となって本能に誤った値頃の認知構築を行わせた。その時点で10%ほどしか下げておらず、これまで上げてきた量を考えればまだ調整の序盤だったのだが、変な値頃感と実際に入れた玉の値にひきづられて次々とナンピンで買いを入れてしまう。

この下げ流れは一旦横に抜けて中段で止まったが、さらに下抜けて自分は損切り。一度偽の戻し上げをした後、さらに一段下抜けて(都合三段抜けでswingの50%近くまで下げた)そこが底となった。

シードの損切りを待った理由は、その最中に日経が新記録更新となる十七連騰をしていたり、比較していたメニコンが全く下げずに上げ続けていたことによる。

シードの損切りが遅れたことで、当然かなりの損となったが、その最中もメニコンはシードに反して上げ続けていた。そして、シードがこれほど調整したのだから、メニコンも当然調整に入るといった比較による思惑を抱き、5000手前で売り仕掛けをしていく。

当初5000を抜けたら切ると簡単に考えていたが、思惑を優先したために5000を越えてもむしろ行き過ぎと感じて何もせずに持ち続けた。その最中、東京海上の上がり過ぎとの評価やシードが崩れて戻ることもなかったことから、天井でのもみ合いが傾向線や移動平均線を抜ければ落ちるとばかり思っていた。落ちるまでいつまででも持ち越す来でいたから、5000という当初の上限設定は無視したし、そこからさらに300も上げて行く過程でも増しこそすれ減らす気は一切なかった。しかし、そのような思惑や縋った藁は何の役にも立たず、四半期決算発表手前で上方修正の発表が出たので一気にstop高の上昇となり、資金の25%を失う損失を出して切るほかなくなった。

メニコンからの撤退戦はそれなりに上手く指揮して手仕舞ったものの、資金的にも精神的にも大きな損傷を受け、一応両者ともに観察を続けてはいたものの当然触る気も起きない状態だった。

ここまで両者を比較してきたが故に、無用の仕掛けをして、判断を誤って損切もできなかった訳だが、ここに来て、メニコンの業績がはっきり出て、シードの価格も「上げ過ぎではない」ということになったので上昇に転じ、最終的には自分がナンピンを始める原因となった一番最初の玉を上回る価格まで上げ戻して安定した。

つまり、一番最初にシードを買いで入った思惑に近い展開となった訳だ。最後の最後に、業績という絶対的な材料が出た後にこそ比較して仕掛けなければいけなかった訳である。

◇東証一部、保守的な株の板

これは東証一部の銘柄では当たり前に起きていることなのだが、引け、特に大引けではこういった上下に引け指値が並べられ、また引け成りの数も調整されて値固めが行われる。

また日中のザラ場の動きも、機関のalgorithm操作が強く出たもので、人気株にあるような激しい勢いの、支持や抵抗で動きやすい上下変動は起きず、最低単位の100株ずつといった取引で価格がズレていく。呼び値は常に2つは空いている状態で、3開くこともままあるため、日計りをしようとするとその価格差だけでやられてかなりの損になる(呼び値10円だから最低の100株でも2000円の損になる)。

主要銘柄でなければ板の並び(流動性)も少なく、気配で極端に触れていたり、100株ずつの売買でどんどん値が動いていったりして、下手に板や気配を見たが故にやられた面も大きい。

◇ひぐらしのなく頃に

狂おしい愛情の奥底には
抑えきれない衝動があった

かけらをひろい集めながら
夢の終わりを待っていた

罪があるのは諦めているから
罰があるのは求めすぎるから

対象a 作詞 inazawa

最近、ひぐらしのなく頃にを一気に通して見て、その曲ばかりを聞いている。
何にせよ歯車は揃った。後は実践していくだけだ。

◇ちぎれかけの 

足が残り 重荷を捨て 足取りは変え
荷は軽く 歩みも安し


関連記事

No Comments »

No comments yet.

RSS feed for comments on this post. TrackBack URL

Leave a comment


sand-storm.net