SAND STORM

朝ぼらけ

2017年12月12日

投資日記 2017/12 vol.1

Filed under: 未分類 — Tags: — sajin @ 03:21

◇そもそも大量保有の大口支配のため価格操縦が必然の仮想通貨

The Bitcoin Whales: 1,000 People Who Own 40 Percent of the Market – Bloomberg

年初20倍だかのbubbleとなっている仮想通貨だが(より正確には暗号通貨、実態は暗号商品)、そもそもこの手の仮想通貨はICO関係者が大きな割合を握っているため、簡単に価格操作ができる。Bitcoinもこれだけ時間が経って相場が動いた後ですら40%を初期からの大物が保有しており、彼らは下手に相場が下がらないように価格操縦を繰り返しつつ売り抜いているので、通常の投機相場なら絶対に崩壊する流れで必ず押し目買いが入って相場はさらなる上昇へと継続するpatternが構築されている。

では、それがいつまで続くのかというとさっぱりわからない。唯一通貨代替としての役割を果たしているBitcoinですら、Steamが最近BTC支払いを取りやめたように公益性を失いつつある。

◇どう付き合うか、どう向き合うか

そりゃ自分の船や積荷の制御はしなけりゃならないし、実際全力で必死にやってはいるんだけど、結局、「制御不能なものにどう付き合うか」なんだね。
必死に制御法を磨いたり、山ほど調べたり、色んなものを参考にするのもいいけど、結局「制御不可能なものに向き合っている」という自覚、というか諦念がないと、幾ら自分自身に厳しくしてもどうしょうもない。認知不可能なほど色んなものが山ほど混くりあって、もっと大きな所でびゅんびゅん動いちゃってるんだから。

太平洋の真ん中まで泳いで行こうとしたり、海の水を飲み干してなくそうとしたり、海を棒で引っ掻き回して温めようとしたり、手を必死にバタバタさせて空中に浮こうとしてみたり、風が流れてくるのを身体で止めようとしたり、そんなことを幾ら真面目にやってもしょうがない。

◇人間的な見方

制御可能なことにしか目が行っていないから、予想(予測)して当てるとか外すとか、危険な状況を寸出の所で立ち回るとか、あの獲物は良さそうだとか、一度に大漁して帰ってどうこうしようとか、いかにも人間的な目の前のことばかり考えてしまうんだね。向き合わなければならないのは大海原に出て、様々な天気・気候や嵐をどう生き残って帰るかということなのにね。全然勘違いしてるんだね。

◇不可知論

根本的勘違いが、相場を制御可能だと思ってしまっていること。
そもそも制御可能だと甘く見ているから始めるんだけど、そう勘違いして仕掛けたり立ち回ったりするから、制御不可能な状態になった時にすぐドカンとやられる。相場は制御可能とは程遠いものなんだね。人は海を制御できないし、ましてや風や天気を自分の都合よく操れる訳がない。すぐ荒れる海や大気みたいに変動するものを制御可能、どうにかなると考えてるなんて頭がおかしいし、子供の妄想みたいなものだよ。

相場に関わるのは、大海に船を漕いで出て、漁をしているようなものだから、燃料いっぱいに積んで遠くに出過ぎれば航海は帰る見通しのないものになるし、小舟いっぱいに獲物を積みすぎれば船を操るのはすぐ難しくなって、一度海が荒れれば制御不能、すぐ転覆してひっくり返ってしまう。後は漂流して流されて運良く陸に流されるのを待つだけとなる。もちろん獲物なんか何も残らない。

馬鹿なものだね。海に沈んだり、嵐で吹き飛ばされて、ようやくわかるんだ。命があるだけマシだったってことが。
せいぜい海が凪いでいる時に、安全な範囲で出かけて、船を操れる安全なだけの獲物を狙って漁をやってみるしかないんだね。

◇細かく勝ち続けてドカンとやられる

同じ対象や同じやり方でチマチマ稼いで上手く連勝していると、もっと玉を増やしたり、並列的に他の対象にも手を出せば利益が出せると感じるようになる。
それ以上に悪いのが、細かい勝ちを重ねているが故に少しの失敗で失うことすら大きなことに感じるようになって失敗や損を許容できなくなる。
結果、多少失敗して損が小さい内にそれを受け入れて切るのでなく、ナンピンなどを繰り返して失敗が失敗でなくなることを願望するようになる。
完全に本能のpatternで、この二つが組み合わさって、その都度とんでもない失敗をしてドボンとなる。

◇可能性は外部、思惑は内部

可能性で仕掛けていれば、当然別の可能性も多分にあるので、手仕舞いと一体になった仕掛けになる。可能性とは自己の外部にあるものであるから、中立的な判断がなされ、撤退も効率的に行われる。
しかし、思惑で仕掛ける場合、事前に自分の中に構築されている本能やらの神経網が反応した結果行われている。それは別の可能性を本能的に無視しているので、不味い状況に陥った時の手仕舞いなど存在しない。いつまでもナンピンし続け、本能が諦めた後に損切りはなされる。

◇声

声が聞こえる
まだ間違いが多く、か細いものではあろうが、声が聞こえる
これから地獄の底に積んだ石の数だけ良い声が発せられるだろう
わたしが狂っていない限り、その声はよく届くであろう


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