SAND STORM

朝ぼらけ

2018年1月9日

投資日記 2018/01 vol.1

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◇雀鬼会の目的と心得

一つ、 雀鬼会は、雀鬼の周りに集う人達の、人間力をつけるための斗いの場である。
一つ、 雀鬼会は、斗いの場である以上、言い訳は無用であり、負け即ち敗者である。
一つ、 雀鬼会は、入会した以上己の持つ力をフルに活用し、漢の意地とプライドのぶつかりあいの場である事。
一つ、 雀鬼会は勝って当然、負ければ惨めと思う事。
一つ、 雀鬼会の目的は、伝説の雀鬼の雀風を会員が身につけることである。従って、その打ち方は雀鬼流でなければ無意味である。
一つ、 雀鬼会に於いて、己の打ち方を良しとする者は、これに参加する資格はないものとする。
一つ、 雀鬼会では、桜井一人が師であり、後は一律門下生、弟子となる。
一つ、 雀鬼会では、教室に一歩入ったら、礼儀を重んじ、師に対しての私的感情は、一切御法度である。
一つ、 雀鬼会では、己の殻を破って雀鬼流麻雀で打つ事。
一つ、 雀鬼会では、師に言われたことは己の能力や分析に理由づけ・言い訳をせずに素直に従う事。
一つ、 雀鬼会選手は、週数回定期的に道場に出て打ち込み、並びにノートに参加する事。
一つ、 雀鬼会選手は、やる気と約束を尊重し、自主性を当然とし、お互いに研究指導を怠らぬ事。
一つ、 雀鬼会選手は、己の主義や身勝手は許さず、他の会員に対して寂しさや、悲しみ、空しさを極力与えない事。
一つ、 雀鬼会選手は、より良い麻雀を打つために結果より経過に納得感を持ち、互いにそこに内容を求める事。
一つ、 雀鬼会選手は、必然性、偶然性に頼らず、最善の努力、工夫、改善を求める事。
一つ、 雀鬼会選手は、素直を持って心を表し、勇気を持って行動する事。

勝負、鍛錬、精神・態度の修養という意味でも良いが、「他の会員に対して寂しさや、悲しみ、空しさを極力与えない事」というのが他にない優れたところだ。勝ち負けにこだわっていると、まず忘れていく所だから。

◇雀鬼流

桜井章一の打ち立てた流派に雀鬼流というのがあり、これは第一打で字牌を切ってはならないだとか、聴牌(テンパイ)するまでドラ切り禁止だとか、役に絡まない状況で鳴けない、片和了りもできない完全先付けだとか、普通に麻雀で勝ちを目指すだけならどうかと思うような縛りや決め事を多数設けた流儀である。

雀鬼会

麻雀gameは幾つも触ったことがあるものの、脱衣麻雀とか配牌がイカサマな代物ばかりで、さして真面目にやったことはなかった。
最近麻雀モノに触れていることもあり、試しに雀鬼流のわかりやすい所に従って繰り返し打って見ると、まずやることが決まっているので打ちやすい。そしてすべての状況に適合する訳ではないが、従っているだけで勝ちにつながりやすいかなり合理的なものである。その上で麻雀という固定した枠だけを考えた場合不合理に見えることは、その外の勝負事や人生そのものの勝負でも通用する普遍的なものを指向してつくられているものだということがわかってきた。

・発声間違い – ポン・チー・ロンなどの発声を間違えたら和了放棄のノーテン扱い。買建しようとして売建てしてしまったとか、注文間違いは即座に反対売買して消さないと、間違いに引きずられるだけ。

・打牌はできるだけ速く行う – 下手に考えない。事前に調べ上げた判断に基づき、普段から繰り返し実践して培ってきた合理的やり方を速やかに執行していく。

・見せ牌した種類の牌では和了り禁止 – 例えば萬子の五を相手に見せてしまった場合、萬子絡みではもう和了ることはできない。自分のpositionを晒すようなことはするなということ。三味線(自分の手の内容に絡んだことを歌う)もだが相手に迷惑させる行為はしない。「この株はお勧め」だとか、「今は買い」だとか「売り」だとか言っても狂わせるだけ。

・腰(鳴こうとして一瞬動きを止めてしまう行為) – ある牌に対して長考したり明らかにおかしな動きをすれば自分の手牌は透けて見えてしまう。その牌が出たら鳴くか鳴かないかなど事前に決めておけということ。そして、出たら躊躇したりせず、それが当たり前であるかのように淀みなく動けということ。

・振込みを恐れない – 振り込みを恐れての完全ベタ降りはしない。恐怖心を優先させて下手な逃げをしない。

・役満警戒状況で立直をかけない、捨てない – 三元牌が二鳴きされているといった明らかな破滅危機がある状況で逃げが効かないような体制に入ったり、暴牌をしない。

・第一打で字牌切り禁止 – 麻雀は同じ牌を集める暗刻より、5-6-7など同種の牌を三つ集めれば成り立つ順子が揃っていく可能性の方がかなり高いので孤立した暗刻しかできない字牌は邪魔になりやすく切り捨て易いが、それを禁じている。考えなしに安直に切りやすいものを切ったりせず、まず場の状況を観察(み)ろ。そして相手に動かせ、その結果を待ってから判断して動けということ。自分の思惑や欲求・衝動を優先してやりやすいことに無闇に動いたりせず、まず相手に動かせて場の状況を見てからどう動くか決めろというのは、多人数の関わる勝負事では必須。

・ドラ切り禁止 – 聴牌するまでドラ牌は抱える。そのドラを使った和了りを最後まで狙う。有利な所で建てた玉を、「少し得になったから今の内に利確しておこう」などと軽々しく切らない。

・明槓(ミンカン)禁止 – 日本式の立直麻雀は槓(カン)するとドラが増え、立直者への裏ドラ権利も同様に増えていく。ドラは一つ増えただけで最大四翻もの役がつく。五翻で満貫、六翻で跳満、八翻で倍満、十三翻以上で数え役満だが、これらをドラ以外の役で達成するのは満貫でもかなり、役満になると滅多なことでは出ないほど難しい。それがドラを重ねさえすれば遥かに容易に達成されるが、そのドラ機会がカンすれば倍々で増えていくのである。自分が聴牌して、そのドラを取れる状況でもないのに相手に機会を与えるなというのが一つ、安定したgameの構造を壊してしまうという、場の破壊がもうひとつ。

・聴牌時、暗槓必須 – 逆に聴牌した状況で暗槓(手牌中の四枚から出す槓で鳴き扱いにならない)可能という強烈なドラによる伸びが狙えるのにしないのは、勝ちうる時に勝ちを狙わない臆病なだけの行為。

・中付け(役に絡まない鳴きの先行)禁止 – 運で有利になっていきそうだからと軽々しく鳴いていかない。これもよくあることで、じっくり待って狙いすまし本当に勝ちに繋がる位置や状況から始めるのではなく、なんとなく建玉して、それが運で勝ちに繋がることを願望していたら引きずられれば、大損への入り口となる。

・後付け(片和了り)の禁止 – 片和了り禁止というのは多面待ちで役に成らない待ち面が生じる場合に、その中の一面で役になる和了り牌が他家から出ても和了れないということ(発想としては、捨てた牌がフリテンになるだけでなく、他の待ちも同様にフリテン化するというのに近い)。これは鳴いてない門前であれば立直ないし自摸和で役が付くので、相手がこちらの都合よく動いてくれた場合だけ成功するような甘い仕掛けを鳴いてするなということ。

・即引っかけ立直の禁止 – 「騙されたほうが悪い」と考えるよりも、雀鬼会では「人を騙さないこと」を大切にしている。引っかけになる場合には一順おいてから立直する。

・裸単騎禁止 – 裸単騎というのはポン/チー/カンなどを限界まで行って一牌のみで待つこと。これはすべてを晒して安全に切る牌の選択肢がなくなるような無謀なことをするなということ。相場でいうなら資金的余裕を残さず全力で建玉する満玉。安全に対する余裕がなく、変化する余地もない。

・地獄待ち禁止 – 地獄待ちというのは、すでに捨て牌で二枚が出て暗刻が成立しないため切り捨てられるしかない字牌などで待つことで、相手を嵌めて勝とうとしない。自力達成の軽視に繋がる。

・自摸和了りを目指す – あくまで自力で勝利を創り上げ、掴み取ることが基本。出和了り(ロン)は、あくまでそうやって自力での勝利を目指す中で、たまたま訪れる運である。最初からそれに期待しても勝つ可能性などほとんどない。

・目先の和了よりも、遠くの理想形を目指す – 目先の小さな勝ちに囚われて、些末な成功で糠喜びしたり、小さな失敗の繰り返しを落ち込んだりせず、深い精神で待てば得られる遥かに大きな勝ちを取っていく。ただし、実現可能性込みで合計の最大化に繋がる勝ちは目先安くても積極的に捉えていく。

・偶然役のみの和了不可 – 偶然役というのは嶺上開花・海底摸月・河底撈魚・槍槓など偶然だけでできる役。偶然に頼らない。あくまで自力でアガリまで持っていけということ。幸運はそのオマケに過ぎない。

桜井章一氏・雀鬼流麻雀 | YASU’S ROOM
玄武の雀荘 – 雀鬼会ルール
つれづれ思ったことを書くブログ 雀鬼流とデジタル麻雀の類似点


◇機会

人事を尽くして天命を待つというが、人に尽くせることは人事だけなのだから、そしてやれること、やるべきことは幾らでも与えられるのだから、それに取り組み、尽くして、後は待っていればよい。相場というのは機会が嫌というほど、無限に現れるので焦る必要がまったくない。儲けというのは複利の中で生まれていくものであって、繰り返しの中で、己自身がどうあり、どうやっていくのか以外のことはほとんど何も意味はない。

◇副産物

相場師をやる以上は有り金全部失うだとか、借金背負うようになるとかは当たり前ということなんだよ。
もちろん、そうならないように素人の方々が思いもつかないような所であらゆる手を先んじて打っていくというだけのことで。

その結果、金を全部失うだとか、儲けただとかいうことは知ったことではない。「儲けた」だの「損した」だのは超越的なことが動いていく中で、己が尽くしたことの副産物でしかない。

◇素人の甘さを消す

玄人ってのは弱いやつの臭いを嗅ぎつけると一斉に襲いかかる
お前のカネのねぇ臭いがプンプン臭ってたんだろ

自分自身を賭けて傷つけ、そして甘さを消せ
でなきゃお前にゃ、力一生つかねぇよ

『哲也~雀聖と呼ばれた男~ 第二巻』

去年の標語はすべて日常の作業として組み込んだので無意味化した。
今年は生活全般に渡って素人の甘さを消し、失敗の根を引き抜いて、成功の苗木を植えていくことにした。

◇麻雀

何から言えばいいかなと思うが、最近麻雀ばかりしているよ。


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