SAND STORM

朝ぼらけ

2018年2月10日

[旅行記] 上野三碑 参(山名神社) – 平成二十七年十二月

Filed under: 未分類 — Tags: — sajin @ 10:01

再び上信電鉄に乗って山名駅へ向かう。

列車の側面には世界遺産登録されたばかりの富岡製糸場のことがでかでかと書かれていて、実際それ目当ての客も多いのか、鄙びた所を走る路線にしては車内は混み合っていた。

時間帯もあるのだろうか、山名駅には女性の駅員さんがいて、乗り降りする人を出迎えてくれる。

表に出ると古い地図と山上碑の案内が。しかし、そもそもここに来た目的は「山名」を訪れることにあった。
この場所こそが、室町時代に「六分の一殿」と謳われ、全国六十六か国のうち十一ヶ国の守護職を一族で兼ね、応仁の乱では西軍の主将ともなった山名氏の出身地なのである。

そこでまず、山名八幡宮を参拝することにする。

線路を渡るとまず立派な現代風の社務所と三つ巴の紋が目につくが、これはこの神社の紋で山名氏の家紋である二つ引両(ないし桐に笹)ではない。血縁者が代々氏子を務めているとか、直接山名氏と関係がある訳ではないようだ。

武家家伝_山名氏

随身門をくぐって境内へ。武運の神を祀る八幡宮らしい雰囲気である。

脇を見ると、山名氏の子孫により奉納された神馬像が西に向かってその勇姿を見せていた。
山名氏の得た守護職は因幡・伯耆・但馬・備後など山陰が核で東国にはなかったので「西」なのだ。応仁の乱の「西軍」もそこから由来しているのだろう。

石段を登り、これから訪れる道中の危難除けと出会うべきものに会えるように願をかけておく。

この八幡宮裏から山上碑や山名城へ行く道があったのだが、案内が見当たらず、撮影した地図も失念していたので、一旦西の方に回り込んで上がることになった。


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