SAND STORM

朝ぼらけ

2018年5月1日

相場日記 2018/05 vol.1

Filed under: 未分類 — Tags: — sajin @ 13:12

◇公益

なぜ林輝太郎があれほど完成された技巧派からFAI投資法のようなものに流れたか?
なぜ最後に松村辰次郎の本を出したか?
窮極的には我視を離れ公益に身と頭を置くことが、己を全うし乖離を取る上で最重要であり、後は些末なことに過ぎないからだ
この公益思考については、いずれより掘り下げ、まとめて執筆する。

◇投資と投機

投資と投機を対立させたり、投資と投機が同一であるかのような見方があるが
投資の基盤の上に、投資の函の中で投機を成り立たせるのが本当のあり方

◇投資で勝つ

価値をよく知っているものを、細く短く、長い時をかけて張っていけば必ず益を得る
価値をよく知りもしないものに、太く短く張れば時の間に滅びる

なぜか
価値を無視した己の都合を優先するものが時間の経過の中で実需・投機両面で大量に発生し、しかもそれが連鎖的な流れを形成してありえない所まで価値と乖離していくからだ。
価値のあるものはそういった流れが行きついた後に状況の変化と合わさってかならず回帰する。
つまり己が絶対に破綻するgameをせずに、価値の乖離に段階を追って逆張りしていけば必ず差益を得るようになっている。
これは働きながらでも十分可能なことであり、むしろ働いて安定した収入が定期的に入る方が有利である。

逆に限られた時間に、過剰な量を張った場合どうなるか。制限時間内に都合の良い方に転んでくれなければ、途端に損失に塗れ、酷ければ一発で退場させられる。
太く、短くなればなるほど破綻の可能性は早く、高くなる。しかも、意気込みや重圧から対象への見方は歪んで勝率は1/2から限りなく遠ざかっていく。
そこには己の都合が存在するだけであり、「己の都合を優先して価値と離れた取引をする愚かな流れ」の一部と化すのだ。

理屈の上では、太く短く張っても、損失額を一定に留めて、上手く行った時だけ伸ばせばいい。
「理屈の上では」。現実はそうではない。
それは現実には執行困難、実質不可能で、一時出来たとしても続かない。
世の中には、一時それができた人間の「儲けた報告」と「こうすれば儲かる本」が溢れているが、99.99999999999999999999….%を占める損した、儲からなくなった報告はほとんど表れない。

◇頭が良い人

地頭の良い人は、色んなものが見えるから先走って逆行し
なまじ当たっているから過剰に張りすぎて自滅する

◇時

何事にも時があり
天の下の出来事にはすべて定められた時がある。
生まれる時、死ぬ時
植える時、植えたものを抜く時
殺す時、癒す時
破壊する時、建てる時
泣く時、笑う時
嘆く時、踊る時
石を放つ時、石を集める時
抱擁の時、抱擁を遠ざける時
求める時、失う時
保つ時、放つ時
裂く時、縫う時
黙する時、語る時
愛する時、憎む時
戦いの時、平和の時

「コヘレトの言葉 3.1-3.8」『旧約聖書』

すべて必定


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