SAND STORM

朝ぼらけ

2018年5月4日

相場日記 2018/05 vol.2

Filed under: 未分類 — Tags: — sajin @ 14:35

◇乖離

業績(それに基づくPER/PBR)や資金繰り、配当金のような、既に明らかな過去の明示的な価値、それらから常識的に導き出される直線的な予測と、経営者・指導者の性質、組織の体質を体感的に知るが故に、同時に市場や世の中の変化を見通せるが故の暗示的な予測があるが、実際に相場を動かすのは明示的なものと直線的な予測を無闇に拡大したような馬鹿げた人気であって、暗示的なものは明示化されるまで相場には表れない。

◇日本株式市場

・詐欺師・嵌め込み師が野放し
専業で嵌め込みをやっているような有名な詐欺師が誰もが使うようなsiteに広告まで出しているが、そういった風説の流布や詐欺商法はまったく取り締まられない

・相場操縦専門の外国投資機関がやりたい放題
外国投資機関があからさまに相場操縦を行いまくっているが、それが取り締まられることは一切ない。日経225に採用される大型銘柄でも相場操縦されまくっている。

・投資家保護はザル
政府は投資家教育もせずにむしろ素人を嵌め込もうと煽っている。

・本物の革新企業は存在しない
流行りのInnovationを装う新興企業が次々湧いて出て、東証はロクに審査もせずにそれらを上場させるが、日本から世界次元で通用するような革新企業がでることなどほぼ無い。せいぜいある期間利益を上げることができる程度の紛い物の地域限定企業だけである。彼らの主要な役割は期待を煽ることにある。

    #米国からAmazon,Google,Microsoftのような世の中を変革し、市場を制圧するような企業が出るのは、上は自分に都合のいいruleを押し付けられる覇権国であることから、下は人材の集積・交流、革新にかける性質と資金の流れまで多重の理由がある。日本にそんなものは無い。

◇Technical(罫線法)は他人や自分を騙すのに便利な道具

単なる物差しなので、内実をわかっているものが計りに使う分にはいいが、物差し自体が何かを予言することはない

◇99% vs 1%

現実における、大半の地に足がついたことは、やる内に大半上手くいくようになるので、まずやってみないこと、やらないことが問題だが、相場は本能と己都合から生まれることの99%がやるべからざることなので、逆にまずやってしまうこと、やることが問題になる。だから相場本は、常人が考えられないほど失敗の山を経てきたものしか役に立たない。

◇中村佐熊『相場実学』

相場界ではとかく、「大手がどうの」が、主要材料となって、市況を波立たす、たれもが我が上ばかり見て怖がるのである。
 なるほど、大が荒れ回るから、その余波は市況に及ぶ。しかし小舟に欲望の荷を満杯しているから、沈没する恐怖に襲われるのであり、軽い荷物をつんでおるのならそれ程恐がることは無い。
 そして自分レベルやそれ以下と、戦う事に集中する、十両相撲が何も小錦に挑戦する必要は無いのだ。相場界は賞金が大きいから、小も中もひたすら我れ以上の大に体ごと打ち付けるが、相場界の歴史は、そのことごとくを、叩き潰してきたのである。
中村佐熊『相場実学』p.436

最近、もっと早く読んでおけばよかったと思ったのは”Winning the Loser’s Game(『敗者のゲーム』)”と成功相場大学所収の中村佐熊『商品成功実学』。
相場なんていう空気の掴み合い、欲で飛び出した他人の懐からの抜き取り競争みたいなものは、いずれの方向にせよ超越しないと儲かる訳がない。

◇素人のやること

「良さそうな銘柄」や「商品」の当て物
価格の予想、天上の予想、底の予想、反転時期の予想
一発必中
自分が損した 儲かった
目の前上がってそれ見たことか 目の前下がればお前のせい
公開情報を調べもせずに事業がどうだ、将来性がどうだ
気分のぶちまけ、他人の批難

◇『Winning the Loser’s Game』

「敗者のゲーム」に勝つ方法もある。それは、そもそもプレーしないこと、少なくとも通常のルールでプレーしないことである。George Marshall(ジョージ・マーシャル。マーシャル・プランで有名)が第二次世界大戦中に述べたように、「問題が現実に存在する以上、それに抵抗しても無駄」なのだ。現実は受け入れなければならない。偉大なゴルフの指導者も言っている。「次のショットが打ちやすいように打て」

重要なのは「大きく負けないこと」である。

「問題自身の中身を十分に把握できれば、解決策は自ずとついてくる」

難しい問題の解決策はしばしば、「問題の設定自体を考え直す」ことから生まれる。

私の努力は、市場に勝とうという虚しい努力を続ける「敗者のゲーム」から、長期資産配分と運用基本政策の立案・堅持という「勝者のゲーム」へと移っていった。p.218

市販されている投資関係の書籍の殆どは、個人投資家がプロの投資家に勝てるという、とんでもない幻想を売っている。これは不可能な話である。
実際、個人投資家は本職の投資家に「勝つ」必要はない。市場に勝たなくとも、投資に成功することはできる。「市場に勝つ」ことばかりに気を取られていては、自分自身にとって最適の長期投資を行うという、もっと重要な目的がおろそかになってしまう。p.219

「市場に勝つ」ことが難しくなったのは、専門の運用担当者たちがきわめて優秀であり、真面目であり、しかもその数が非常に多いことに起因する。p.221

「市場(market)に勝とうとすること」には、大きく二種類の問題がある。第一に、勝つことは非常に難しくなっていると同時に、逆に大きく負ける可能性は高くなってきているという点である。第二に、「市場に勝とうとすること」だけに目を奪われて、投資家自身と運用期間が長期的な投資目的の遂行から外れてしまうという点である。投資の本来の目的とは、「市場に打ち勝つ」ことではなく、投資家の個別の必要性(needs)に最も適した投資を実践することなのである。

ところが、機関投資家であれ個人であれ、多くの投資家は、自ら果たすべきこれらの責務を運用機関の手に委ねてきた。より正確には、責任を放棄してきたと言ってもいい。p.222

慎重に検討された投資政策を選択し、そのやり方を守り続けることこそ、投資で成功する最良の近道である。そのために、何か複雑な行動を必要とするわけではない。ただ市場の上昇・下落に振り回されてじたばたしないことである。「敗者のゲーム」に勝つには、別のルールでプレーするほかない。p.220

“Winning the Loser’s Game” 『敗者のゲーム 新版』

究極的には己に打ち克ち、己の人生における目的を長期的に達成するためにやっているのであって、市場に勝つのが目的ではない。
己の弱点を克服しないまま、投機市場で金を手に入れて誤魔化そうとするなら、野放しにされた弱点は大きな獣に育って必ず襲いかかってくる。


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