SAND STORM

朝ぼらけ

2018年7月23日

[旅行記] 海水浴・呉 平成三十年七月

Filed under: 未分類 — Tags: , — sajin @ 18:06

◇海水浴

大雨による災害で本来予定していた宿から、行きのついでに寄って泳ぐだけのつもりだった所を主とせざるを得なくなった。
しかし、小さな町であり予約siteに宿が載っているような場所ではない。どうしたものかと検索して出てきた観光協会で紹介されている旅館に掛け合ったら、すぐに泊まることができた。

供給網が寸断されてconvenience storeはほとんどの商品が売り切れている一方、地元のsuper marketには近くで製造された惣菜・弁当がちゃんと並んでいるし、旅館では普通に食事ができる。

現代は便利さ故にinternetでの予約に頼りがちだが、民宿・旅館などはもっと使った方がいいと改めて思わされた。こういう所は建物は古いが客の扱いは慣れており、細かな融通が効くし、心配りもしてくれる。

ただ、周辺の町は断水状態で、復旧にあたっている土方たちが風呂を借りに来るので、さして広くない風呂場が芋の子を洗ったようになって大変だった。

宿から海へは500mほどあり、途中に戦国時代の海城があるので登ってみる。

本丸から眺めると、瀬戸内の海が美しい。

海水浴場は元々は伝統的な浜で、昔は宿や海の家もあったのだが近年それらはやめてしまっている(古い家並みの奥にあるので駐車場をつくれなかったのが主因だろう)。夏休み・海開きの前という時期と観光地として枯れてしまっているという二重の要因で浜はたまに遊びにくる人を除いてほとんど泳ぐ人はいない。

ちょうど酷暑が始まる前で気温はそこまで暑くはなく、また大雨で大量の水が流れ込んだおかげで海の水は冷たかった。防寒のためにrash guardを着てsurferのような格好で毎日泳いで身体を動かしていると基本的な和食がやたら美味い。海であれば当然allergyの類もまったく起きないし、朝から飯二杯をペロリと平らげて、特に栄養過剰でも何でもないというのは理想的な生活だ。

三日ほど泳いで、身体が海に慣れてきた所で、本来予定していた呉へ向かう。鉄道もbusも途絶しているのでferryに乗船した。
やはり船に乗るのはいい。脳みそに溜まっている悪いものが抜けていく。僅かな金額に替えられない価値がある。


呉に着くと、港には自衛隊の艦船と救援部隊が蝟集している。

こういう災害が起きて、水道などのinfrastructureが破綻すると、井戸水すらほとんど使われなくなった現代の脆弱さを思わされる。水道・電気・通信、これらが全部破綻した場合どうすればいいのだろう?

港を出てすぐ近くに大和ミュージアムがあり、特段何の異常もなく開いているので一通り見学することにした。
長門の企画展や軍港としての呉の歴史など見るべき所は多い。また宿も被災直後に泊まれるか確認したが、断水も何も起きておらずまったく問題なかった。
結局、被災の報道というのが派手に流され続けているが、それは地域差があって通常営業している所は何の問題もなく、「被災地だから」と観光を取りやめにされたりすれば現地の打撃が深まるだけである。

今回の西日本の大雨災害では、当初報道機関が軽視していてロクに扱いもせず、そのせいもあって政府も初動が遅かったし、逆に大災害であることが明らかになってからは深刻な被害を受けた特定の場所を過剰に報道し続けるので、人口・面積的には大半を占める別に被害が出たわけでもない所への観光が敬遠される結果になっている。


断水で旧呉鎮守府司令長官の官舎である入船山記念館の開業が一時間遅れたので、たまたま見えたcraneの方へ歩いていったら、歴史のみえる丘に着いて、現在の呉の造船が一望できた。
大規模造船や軍艦も多数停泊しているので見応えがある。

そして再度丘を下って記念館へ。cosplayerが好みそうな本格的な洋風建築とまったくの日本家屋が同じ建物の中に同居する、これぞ和洋折衷という建物。
この頃にはようやく道が仮復旧してbusの定期便が不定期ながら始まった所だったが、気持ちの良さもあるし再びferryにのって広島へ向かう。


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