SAND STORM

朝ぼらけ

2009年10月5日

Daily Log (April 2009)

Filed under: 未分類 — Tags: — sajin @ 21:52

◇CoD4 – 映画的gameの高難度play

Hardで始めたが、映画gameを高難度にしても胸糞悪いだけというのがよくわかった。

CoD4は戦争映画の派手なsceneのために、よく言えば全部創った悪く言えば全部ねじ曲げたgameだ。playerが取り得る基礎的行いを磨いて上手く組み合わせれば気持ちよくclearしていけるgameplayを中心につくられているgameであれば難易度が高くても習熟度を上げていくことで面白味に繋がるが、こういう映画じみた展開を見るための映画gameにはそれがない。高難度は展開の邪魔になるだけのただ不快な障害であり、最近の映画gameの難易度が低いのは妥当。

[敵/level design]
特定pointまですすむと窓枠や塹壕の陰など決まった場所に敵が湧き、同じ場所にとどまったまま闘っていると何人倒そうがもかなりの人数を倒し尽くすまで敵が同じ場所に湧き続ける。これは無限湧きかと錯覚するほどで、実際場所によるが無限に湧いているだろう。

既定数を倒して掃討し尽くそうが、無視して強引に先に進もうが関係なく、playerが進行すると同時に味方が自動的に前進して敵もその場所には湧かなくなる。そうすると、もう一つ先のAreaにまた無限湧きのような形で涌き続けるので同じことを繰り返す。

CoD4はあやしげな一方向前進陣地取りgameみたいなもので、これならBeach Headの方がまだ面白い。評価点は映画みたいな派手な演出が気に入るかどうかがすべてだろう。

pr: game 2 + 演出 1-2 = 3-3.5

◇gameは操作deviceが既定する

‘Flight Control’は1つ99centという破格の値段で、僅か一月にも満たない間に587,000もの数を売り上げた。四月末の時点ですでに70万を超えているだろうとのこと。

iPhone’s Flight Control Exceeds 700,000 @ Gamasutra

The concept for the iPhone game Flight Control is simple: guide aircraft to their respective runways safely by tracing their flight paths with your finger.

[iPhone]「Flight Control」は指でなぞって飛行機を導く航空管制アクション @ 4gamer

DS/Wiiを受けての流れなんだろうけど、指で指示して操ってというのは確かにおもしろそうだ。

同じ会社が作ったFiremint real Racingの動画なんかを見ると、gameというのは”どのような操作装置であるかが、どんなgameになるかを大きく既定しまう”ことが一目瞭然。

しかし日本のiPhoneはソフトバンクが取り仕切ってるのが悪要因過ぎる。

◇StardockからGalactiv Civilization 1&2を買ったが・・・

Stardockから”Galactic Civilization 1 Ultimate Edition”と”Galactic Civilization 2 Ultimate Edition”を買ったのだが、届いたのを開けてみると1しか入っていない。

向こうは送ったことになっているのに物は入っていないというのは最悪のpatternだ。

Stardock_galciv_retail_0001

Receiptを見ながら2の方はretail Boxなのに封筒の大きさがCD sizeではおかしいと思ったが、よくよく見るとShipped Fromが別々になっている。2のretail Boxの方はWarehouseから来るらしい。


◇送料の安さ

それにしても最近海外からちょくちょく買うようになって感じるのが送料の安さだ。この場合別々の発送で$20しかChargeされていない。向こうの実際の負担がどれぐらいかは知らないが二千円ぐらいで届いてしまう訳で、この額なら国外から物を買う、売るということが負担にならない。

日本人も個人や小規模事業者が普通に海外に物を売っていく時代かもしれない。


◇Galactic Civilization 2の方も届く

後日届いたGalCiv2 retail Box(DVD package)の入った封筒を見ると

US POstage INTL FIRST-CLASS $10.30

とSealが貼ってある。

GalCiv1 CD caseの方は$3.80

だったので合計すると$14.10

梱包代など含めれば$20はほぼ実費だろう。

◇みんなロックで大人になった @ BS世界のドキュメンタリー

みんなロックで大人になったの再放送を見ている。

ちょっとしか聞いたことのなかったJohn Lee Hookerの凄さやGENESISのキツネがあんな形で生まれたというのがわかってかなり面白い。

昔は名ギターplayer100選とかいった本を片手に毎日のように無闇にAlbumを買いあさってはバラバラに聞いていたので、それぞれのBandやplayerがどういった流れで生まれて、何を後に生み出したのか点を線に繋いで見せられると目を開かされる思いだ。

TVはもうDocumentaryなど固定した番組を録画して見ることしかしないのだが、この手の海外Documentaryは欠かさず見る価値がある。

正直NHKが存在を許されている理由があるとしたら、この手のBBCなどが作ったDocumentaryをきちんと和訳して流し続けていることぐらいだ。

海外Documentaryは世界の事象を要領よくまとめてあるので学習教材として機能し、確実にそこから学ぶことができる。一方、NHKを初めとした日本の特権報道機関の捏るDocumentaryじみたもののやっていることは洗脳や極端にBiasのかかった事実の取捨選択と繋ぎ合わせだ。これは普段やっていることがそのまま出ているだけで不思議でも何でもない。Documentaryという枠をつかって同じ事をしているだけである。

英米万歳論をぶつつもりはないが、どちらが上でどちらが下か言うまでもないだろう。情報の上流にいるものと下流にいるもの、下流すなわち情報奴隷とその情報奴隷の奴隷頭。

Martin Friedmanとともに司会を務めたPeter barakan(ピーター・バラカン)のblogにこんな記事がある。

極端に少ない字数で作品のよさを伝えなければならないこの仕事のお陰でとても勉強になりました。担当を外れるのはちょっと残念ですが、日本のマス・メディアで幅をきかせつづける間違ったカタカナ表記から解放されるのは大歓迎です。

朝日新聞のレギュラーを交代します @ Peter barakan公式ブログ

日本人が次から次に捏造するカタカナ外国語に一番辟易しているのは英語圏出身でありながらつきあわされているこういう方だろう。

MartinはMEGADEATHの印象が強くて、日本のTVで見る姿は別人のようだ。

◇blog運営にIndie開発手法を取り入れる

Daily logにIndie games的な感覚で気軽にとりあえず書き込み、そこから書き継いだり改良したりするに値するものを記事化していくことにした。

◇Adventure game

1.とりあえずやってみたくさせる魅力に長けている

2.小説の様に物語の進行を一つ一つ順番に抑えていかないとその先が無意味化する。飛ばせない。

3.映画などのように自動的に進んでくれないので、すべて自分で進めなければならない

4.個々の段階の障害を乗り越える(Puzzleを解く)解法が一つしかないため、つまりやすい。

5.推理/推測がgameとしての核であるため動物的な刺激に欠ける。Jump Actionや射撃などで随時細かく快楽を発生させることができず、大きな、長い間隔をおいてしか快楽が表れないので、その間ずっと不快に晒される。

2が前提となるのに、3,4が絡んで重荷になりやすい。

さらに英語だと個々のpartをかみ砕いて理解するのに負荷/手間が加わる。

gameの数自体が少ない時代は難解なAdventureでも調べ尽くし試し尽くしてこなしていく環境があったが、もっと気軽に楽しく遊べるgameが増えるにしたがってAdventure gameだけが取り残された。

幾つかPuzzle部分を工夫したgameはあるが、Actionに逃げたのが多い。中でもPenumbraにはガッカリした。

物理engineによる解法の多様化で4の桎梏を解き放ち、Adventureの新たな地平を開いて新時代のMystになるかと思ったら、下らないHorror ActionがAdventureを汚しているだけだった。

◇非常

今の日本人は「非常」「非常」と”非常”を非常に使い過ぎる。

上は冗談だが、非常は「とても」とか「大変に」とか「あまりにも」とかその文脈に応じて変えた方がいい。そもそも「非常」とつけなくても形容詞だけで十分であることが大半。”非常”の場合、「綿々と続く”常”があってそれが大きく崩された事態」という事を意識して使うべきで、今の使われ方は5~10年ぐらい前に若年世代に頻用された「チョー(超)」の中年版という感じだ。

◇Combined PedalとAccelerate/Brakeの切り替え

Logitech profilerを弄っていたら
option > Global device Setting > Report Combined Pedalのcheckを外すと分離、checkを入れているとCombined Pedalとして発信されることに気づいた。信号は行っているのにPedalを踏んでもAccelerate/Brakeが反応しないgameはこのcheckを外して分離しておかないと駄目だった訳だ。

Global device Settingは調整まわりも含め肝心の設定がすべて行えるのでこれでやってしまうのがいい。

・Colin McRae Rally 2005

keyboardでplayするとCMR2の突き抜けた馬鹿馬鹿しさすら失った無意味な作品としか感じなかったが、Steering wheel/Pedalでやると細かな操作が可能になることで並程度の面白さにはなる。CMR2同様にSteering wheel/Pedalが必須のgame。ただし操作設定は決め打ちで変更できないし、Shiftは使えずGear Changeはwheel裏のbuttonになる。

簡単にreviewすると、graphic/damage model/挙動など部分部分は改良され、普通になった。そのどこを切っても普通のRally gameにCodemasters特有の面倒なUnlockが満載されている。やたら選択を繰り返さないといけないmenu周りが拙劣。いつまでもこれ見よがしにGeniusGeniusと見せつけるのが馬鹿らしい。こういう馬鹿な業者ほどmaker LogoをCutさせずに毎度垂れ流す。

・driver

そもそもCombinedだろうが分離だろうがAccelerate/Brakeがbuttonに決め打ちされており変更できない。FFBのかかり具合も無茶苦茶で操作できる代物ではない。

・Screamer

DOS時代のgameだが、Logitech profilerはあらゆるHardware入力をkey入力に置き換えられるのでplay可能なことを確認した。

1.profile > New > profile名を入力し、BrowseでScreamerを起動するDOSBox.exeを指定
2.Global profile Setting > Apply profile to games automaticallyをcheck
3.Screamerで設定したAccelerate/Brake,Gear Up/Downなどを当てはめていく

Pedal使用の場合、option > Global device Setting > Report Combined Pedalのcheckを外しておくことが必須。

Steering wheel > Select Assignment > New Axis Assignment > Edit > New keystroke > Recordを押す > key入力 > Stopを押す > keystroke ?というのが作られる > 作った物をPedal/Brake Downに指定。Upの方は指定しなくともよい。自動的にPedal/Brake DownとkeyのDown、Pedal/Brake UpとkeyのUpが連動する。

Steering wheel > Select Assignment > New Axis Assignment > Edit > New keystroke > Recordを押す > key入力 > Stopを押す > keystroke ?というのが作られる > 作った物をturn Left/RightにあてはめればHandleを左右に回せばそのkeyが入力される。ただし一杯に回した時にしか反応しないので、Global device SettingのDegree of Rotationはある程度小さくしておかなければならない。また当然曲げた量に応じて角度が切られるのではなく、keyboardを押したのと同じ一定の効果しか発揮しない。

2.の指定により、DOSBoxが起動すれば自動的にprofileが当てはまる。この手法はすべてのgameに有効だろう。

・Nascar Racing 3

まったく反応しない。PapyrusのNascarは車が路面との絡みで走ることをちゃんと感じさせてくれる数少ないgame。Rallyはそういった次元のものが無い。Richard Burns Rallyも浮いているようにしか感じられない。RBRについては挙動がちゃんとした本物の物理的な現象や理論に基づいているだけに、逆にそういった肝心の所がrealでないのが目立つ。

・Setting命のPC game

固定された環境に向けて作られる家庭用機と違い、PC gameはSettingが命であることを痛感する。PCでは操作周りの設定具合がgameの面白さに掛け算されて表れる。

後、気づいたがGT Force Proの居心地が悪いのはPedalの角度が小さいからだ。Pedal台の前を15度-20度程度底上げしないと実車に近い人間工学的にFitしたものにならない。

Steering wheel/Pedal device – software Setting

◇同じgameは続かない

◇書評:「game的人生論」鈴木銀一郎

前半は戦時中の疎開の話から始まる自伝。子供の頃から異性へのモテ方からヒモとしての成功の仕方まで全部rule化してgameに見立てて考え行動していた。

後半はWargame~RPGなど自らが関わってきたgameやら何やらの話。

この人の場合、”gameでの学び=実人生で自らがぶちあたった状況からrule(法則)を見いだしgame化=自分でそれを実行”といったことをやっているので価値がある。

日本のgame関係者の本としては一級だろう。

◇書評:「roleplayングgameの達人」 Gary Gygax著 多摩豊訳

何の気なしに読んでみたが、悪いplayerの典型例や、良きgame Master/悪いgame Masterなどの解説と教訓は実人生でも役に立つ。結局、人間が社会で生きるというということは何かの役を果たしている、すなわちその場その場で役を演じているのだ。自分の中にある”問題の多いplayer”を客観視し、仲間内をどう統御するかを学ぶのに最適。

当時の社会思想社の本らしく読みやすい。

◇書評:「gameを斬る」 安田均
D&D系小説の翻訳やらグループSNE代表としての言わずと知れた非電源game界の大立者だが、この本は日本でいう「ドイツgame」を前半に、後半はTRPGやらを絡めながら数多いgameを広く浅く紹介しつつ色々だべっている。

この「gameを斬る」は博学さが裏目に出た本。底の浅い感想文の羅列で、強いて言えば自分で体験した国外事情が興味を引くぐらいか。昔読んだOld PC gameを多数扱った本もこんな感じだった気がするので、雑誌のColumnのような形で数を扱うということ自体が間違い。

権威に頼っただけの恥ずかしい表紙そのままの内容。

◇書評:Vintage Video games
Gamasutraで一部記事になったりしている本。全項Full Color、写真がどのPageにもあって、まず写真で興味半分に当たりをつけて読んでいくことが出来る。読みやすいLay Outで圧迫感がない。

ある程度game Historyに関心のある人間なら必携。

◇Hi-score,Speedrun

Hi-score,Speedrunというのはsingle gameを使ったmultiplay。gameの本質と乖離した縛りplayは単なる見世物。

The Cameron files – Secret at Loch Ness @ GamersGate

ツクダシナジーから出ていた邦題『ロックネス』の原版。The Cameron filesはseriesものなので2もあるのかと思ったらそちらはなかった。

Loch Nessはネス湖の恐竜をネタにしたどうしょうもないB級Storyかとおもったら、ほぼ真っ直ぐ少年探偵風に話を展開する楽しめるgameだった。

Adventure gameは見ているとplayしてみたい気にさせるし、実際に買ってCollectionさせるのに、実際にはplayに至らない確立が高いのはなぜだろう。例えば他のgenreだと、実際にplayしないことがわかってくると買わなくなるのに、Adventureだとつい揃えてしまう。しかし実際にはほとんどやらない。

恒常的にAdventure gameに取り組んでいる人は解明すべき。

◇NHK

その時歴史が動いた→打ち切り、ジャパン・デビュー

経済羅針盤→ワイドショー

日曜美術館→新日曜美術館+姜 尚中

不払い運動でも促進してるのか?

◇黄砂と支那中共

ここ数日異常に身体の調子が悪い。

花粉のアレルギーはあるが、あれとは桁の違う身体のだるさで、なぜかなぜかと思っていた。ふと瓦の上を見ると普段ならつかないような砂の跡がついている。

黄砂だ。これが普段ではあり得ないアレルギーを引き起こしているらしい。去年まではこんなことはなかったし、子供の頃からおよそ同じ環境に済んでいるのに自然環境やこの年になってこちらの身体が激変したとは考えづらい。一方確実に言えることは、中共支配領域の急激な発展と自然汚染、自然破壊だ。

こういう形で我々はこれからずっと支那大陸から湧いてでてくるあらゆる物に煩わされることになるのだろう。

黄砂を防ぐとなると植林事業などを思い浮かべるが、あの国とその小さな引き写しである半島国家に善意を以てあたれば、逆に悪意で以て帰ってくる。この島国の民俗は連中にとってむしゃぶりつきたくなるような果実だろう。彼らに協力して問題解決どうたら言っているのは、「利用されている人」か「利用しようとしている人」のどちらかでしかない。

子供の頃’三国志’で歴史に興味を持ち、その後諸子百家に傾倒したこともあり、中国を巡る通史は世界史の中でもよく知っている方だが、自ら「中華」を称し周囲の民族を蔑むあの国はまとまれば必ず周囲を侵略する。あの国を巡る関係は侵略するかされるかの二択しかない。それが数千年に渡って繰り返されてきた歴史であり、今現在も行われていることだ。

気象庁|黄砂情報

◇ratingについて

positive rateは面白味、味で言えば旨味
negative rateは不出来/不快、味で言えば苦味というより害毒

positive rate pr:2.5というのは2.5しか”面白味がない”というのではなく”2.5は面白味がある”と受け取ってほしい。世間一般に使われている統合ratingとは全く異なり、私のratingは良い部分と悪い部分を基本的に分離している。ただあまりに害毒が酷くて面白味が味わえないという場合もある。

統合ratingはそのgame(製品)の美味い所と不味い所を分離しない訳のわからぬごちゃ混ぜであり、Amazonなどでよくある、なにか一つでも気に入らないことがあれば☆1というのも別におかしなことではない。まぜこぜだから、不快な部分が極大化すれば必然的にそうなってしまう。その時、流行の中でName Valueが高い作品の続編だとか、graphicが凄かったのどうのというだけで高いratingが為されてしまうのも同じ理由だ。統合ratingではそのgameのいい部分悪い部分を冷静に数値で表せない。あれはその時の感情のratingなのである。

自分のratingはそんなその時の感情で極端に上下するものとは無縁だ。

また、positive/negativeの2つは少なくとも自分が今までやってきたすべてのgameと比較した上でつけており、かなりの確信を持ってrateしている。決して曖昧につけているものではない。ただし、すべてのgameを完全にやり込める訳ではないから、どの程度playしたかを記すのは必須だと思ってなるべく書くようにしている。何年もplayして出ている結論は、そのrateをつけた理由を聞かれれば完全に答えられる。

怪しげな造語でできているdiggable rateは個々のplay styleの問題もあり、主観性が強い。が、その評価の基準は”そのgameの本質に沿ったgameplayである事を前提にやり込みに応える”という点だ。

個人的にはそのgameの本筋を真っ直ぐ伸ばしたplayに合致しないことの多いSpeedrunやHi-score稼ぎにはほとんど価値を感じない(この両者は度を超えた完全さへの追求だろう)。またKnifeだけでのplayもよくやるが、それはgameの深い部分を明らかにすることによってより高い次元の面白さが表れるからであって、どこかの動画Siteに上がっているような馬鹿な縛りplayはまったくの無意味だと見なしている。

Angry Video game Nerd: Metal Gear | gameTrailers.com

MSX版初代は基本的なsystem/IdeaはCastle Wolfensteinの踏襲。idがWolfensteinの名前を使ったのも基本system面でMetal Gearを成り立たせているほどのものだから。とはいえEntertainmentとしての楽しさは圧倒的に上。

2はStoryが焼き直しで驚きがなく、色々と贅肉が多い。それにMSX2のHardware的限界も越えており全体に重い。特にあの様々な言語が入り乱れる長文と言っても差し支えないPasswordには閉口した。ドラクエ2の’ふっかつのじゅもん’など目ではない。

個人的には小島秀夫の海外映画からパクってきたものを下敷きにして戦後日本特有の妙な思想に満ちたオタク臭を注入した世界観が世界中で大受けした事が意外。MetalGearに出てくるニンジャなどは8bitだから受け入れられる表現だと思っていたが、市場を自分の価値観で予断してはいけないということ。

FC版はMSX開発Teamと関係無い所で勝手に作られたバッタ物でMSX版と比べればタダのゴミだが、これがHitしたおかげで今のMetal Gearがある。これもまた「市場を自分の価値観で予断してはいけない」ということ。

Solidはほとんどplayしていないのでよく知らない。ちょっとplayしたがOpeningの時点であまりに小島臭が強いので投げた。

◇漫画ベルセルクとpower Fantasy

漫画のベルセルクは13巻が終わった辺りですぐpower Fantasy(ドラゴンボールみたいな物)に成り下がったね。あの作者は絶海の孤島に閉じ込めて作品が完結するまで外界と遮断した環境で描かせればよかったと思う。読者の手紙は編集が選別して真剣な感情をぶつけてくるものだけを見せる。

よくよく考えて見ると劇画は真剣さを打ち出そうとし過ぎて、滑稽な道徳や倫理のpower Fantasyになっているものが多い。

Screamerにおけるdrift

ScreamerはRidge RacerやDaytona USAの強い影響下に作られたPC用Arcade Racingで、数回playした程度ではArcade的な派手さをちょいと楽しむだけのgameに見える。特にdriftがRidgeやDyatonaの様に簡単に利用できない上にcomputerの走りが遅く普通に走るだけで簡単にTopを取れてしまうので、技術的に追求する所もないすぐ飽きるgameだと思っていた。

・Screamerにおけるdrift

reviewがてらに色々調べながら走っているとわかってきたのだが、このgameの場合こういう操作をすればdriftに入るというわかりやすいgame systemが用意してある訳ではなく、gripが失われることの延長線上にdriftも存在する。だから下手にdrift走行しようとすると蛇行状態に陥ってClashしてしまうことの方が多い。

gripがどのような場合に失われるのかの探求ととそれの上に成り立つdriftを追求していくと、かなりやり込みがいのある面白いgameだ。

・Normal modeの問題

Normalだと3Stageしか選べず、DOS時代のgameだからこんなものかと思うかも知れないが、Championshipではかなりの数のStageが表れる(全12Stageらしい)。またCPUの走りの遅さも難易度をPROに上げ、かつChampionshipを進めていくことで張り合いがいのあるものになる。

つまり個々のStageを選んで遊ぶNormal modeがこのgameの魅力を僅かしか表していないため、勘違いし易い。

◇Warlords Battlecry 3 – Dune2型RT4Xのsingle campaign

Warlords Battlecryは同じDune2型real-time 4X game Warcraft3の原型みたいなgameだが、中心にあるのがsingleのcampaignで同じheroのlevelを上げていき、それをsingle/Multi問わず通常の対戦に持ち込んで闘うというsystemだ。

しかし通常の対戦(Skirmish)は面白いがこのsingle campaignはしっかり作ってあるStageが少なく、作業感が強いだけのつまらないものが多い。このgameの場合両者が相補的なので、どちらかがつまらないと両方駄目になってしまう。そもそもlevelを上げたheroをsingle/Multi問わず対戦に持ち込めてしまうというsystem自体が論外だろう。balance調整を放棄しているに等しい。

表現自体はこの手にしてはUniqueで味があり楽しめそうな素材は揃っているものの、逆にそれを洗練させたWarcraft3の上手さが目立った。

対戦重視のDune2型RT4Xでsingle campaignが面白かった試しがない。結局どんなgenreのgameであれsingle/Multiは別々のTeamが作らないと駄目だということだ。対戦なら対戦が面白く公平に機能するように極限まで基本systemを調整しなければならないし、singleならcampaignを通したplayが機能するようにlevel designとそれを蓄積継続した時のbalanceが取れていないと面白くならない。一方は基本system、もう一方はscriptやlevel designと中心に開発している場所がかなり異なっており、どちらかを中途半端に持ち込むのはまず失敗する。

Warcraft 3のような洗練された基本systemを確立しているgameこそ、別の開発Teamでいいからちゃんとしたcampaignを作って欲しかった。

singleに絞って上手くいったのがMajesty,Kohan
両履きしようとして失敗した典型がStronghold: Crusader

対戦型が対等の者同士が技能で争うとしたら、singleのgameにあるのは非対称の面白さだ。対戦物は腕前で完全にMatchingが為されるか、上級の域に入った者同士がしのぎ合わないと面白くならない。後者はガチガチに詰めてやり続けなければならないので、好きではない。非対称の状態から色々こね回して攻略していくsingleの方が楽しめる確立が高いので娯楽としてはsingleだ。

環境gameの特徴は、game中に選択や判断があっても、その判断の「良さ」がgameの結果に、勝敗に影響しないということである。
これはとりもなおさず「技術」が不要であることを意味する。

これらのgameに対する評価としては、一般的にはplayerのレベルを問わないgame、誰でも遊べるgameと言うことになろうし、ゲーマーから見れば子供のgame、レベルの低いgameと言うことになるだろう。
「レベルが低い」とは思考能力の低いという意味なのだろう。だが、それはgameのレベルが低いと言うことではない。
いや、ゲーマーでさえ、重いgameの合間にはそういうgameを楽しんでいる姿を多く見かける。

環境gameには、環境gameなりの価値がある。
思考を停止し環境に浸ると言うことは、和み、癒しの効果がある。強い者が勝つのでなく、弱い者でも勝てると言うことは、ある意味で平等であり、平和である。
会話を楽しめる本当のコミュニケーションがそこにあり、環境gameはそのための立派なツールである。
日頃、仕事やら勉強やらで競争し、疲れている人間にとって、果たして休日にgameで競うのが息抜きになるか、娯楽になるか、ということである。
そういうgameはそれが趣味の一握りのゲーマーたちのもので良い。
一般市民には不要である。

殺伐とした世の中である。現実とはこういうもの。自分ではどうにもならないものが多い。
それができたら、と言うシミュレーションが多くのgameのテーマだが、それ故に非現実的である。
ゲーマーは現実社会とかけ離れた人間、世間知らずが多い、という批判がある。
そういう意味では、環境gameを楽しめる人間の方がよほどレベルが高いと言うことが言えるかもしれない。

gameオタクには不評かもしれないが、社会にとっては環境gameは大切である。
人生gameが売れているのは、決してネームバリューのためでなく、理由があるのである。

環境型gameを見直す @ ボードウォークコミュニティ

◇多人数play

onlineでの多人数playは止め時を奪われるsingle playみたいなものでかなり身体に不健康だが、実際に人数が集まっての多人数playはまったく別のものだ。むしろ健康的といってもいいだろう。同じgameで遊んでいるとしても、それは多人数の遊び仲間がそのgameを使っているだけで、まったく別の現象だ。

もちろんそこにはplay権の奪い合い、他人の嫌な部分なども多分に含まれ、だからこそ

・社会的な学び
・他人との付き合い
・信頼感の醸成

といったものが得られる。

◇子供とgame
Trials 2は子供に圧倒的人気がある。クルクル回って着地したり、Riderが死んだときの反応が面白い。操作も簡単で-まともに制御などしないが-子供でも操ることができる。死ぬのが楽しいという普通のgameにない圧倒的に強い受けがある。これに匹敵するのはPeggleぐらいか。

Alice in Nightmareも喜ばれる。ただしまったく操作できないので操作してやらねばならない。

子供たちが四六時中DSを弄くり回している割に十時key(Arrow key)の操作すらまともにできないのは驚きだ。というより放っておくと猿のように延々DSをやっている。強制的に他のことに誘導しなければ駄目。管理できない親だと心身両面で穀潰しになるだろう。

意外なことにKheopsのitem組み合わせが特徴的なAdventureも喜ばれる。ただし、これは大人でも解くのに苦労するので一緒にplayし続けるのは辛い。

一般的なFPSなど暴力的なものを女の子は喜ばない。まったく好まない。男の子はやたらと喜ぶ。女児でも未分化で暴力を暴力と認識できないなら喜ぶ。

「やってみて、言って聞かせて、やらせて見て、ほめてやらねば、人は動かず」 山本五十六

子供に何か命令して言うことを聞くと思っていたら大間違い。阿呆。必ず自分が一緒に、率先してやらないと駄目。そうすれば大人である自分も活性化する。ただし、子供は色んな菌を持っているので伝染る。

◇賽の河原に容赦なく石を積んでいく者が
子供だけでないが、他人に行いを変えて欲しい時に、局所的完全性、目の前における完全な行いを求めるのは間違いで、自然に行える可能事を着実に積み上げていった方がいい。局所完全性を求めていけば、しまいには殴り殺すか刺し殺すことになる。

ゴミ片付けの実地から生み出した鉄則として、全体の散らかりなど無視してとにかく簡単に片付けられる目前のものに集中してひたすら片していく。結果的に扱う要素が少なくなり脳が簡単かつ合理的に扱えるようになる、と同時に空間も確保され物理的に残った必要なものを適切かつ効果的に扱えるようになる。

真面目であるということが何かのやり方や考えの固執であるならこれほど有害なものはない。真面目であるということが容赦なく現実に向かって挑戦し実験を繰り返しては失敗の瓦礫を積んでいくならこれほどいいことはない。嘗ての己という劣った無数の残骸の上にようやく人は立つことができる。

最近Imageするのが賽の河原の石積みだ。同じ石を積んで崩されてまた同じ石を積んでいれば未来永劫進歩はない。同じ石を積んでそれを崩されたら、別の石を取ってきて次から次へと積み上げて積み上げ積み上げ積み上げ底が埋まって上がるぐらい積み上げていく。結局そのぐらいの覚悟でいた方がいい。地獄の底は足が着く。足が着く場所なら、しっかりと立って歩き、石を積んで底を上げていくことができる。

足の着かぬ天国を頭だけでうろついている人間は、所詮同じ足で歩いているのだからその内転がり落ちる。そうでないとしたら誰かの頭の上を踏んづけて歩いているだけだ。

仏教での地獄は肉体は元より自我が溶けて無くなるほど、焼かれ、煮られ、刺され、砕かれといった事がなされるが、あれは執着の破壊である。単なる土着神話と結合した脅迫ではなく、釈尊の悟りと完全に連動している。賽の河原の石積みも人生の当たり前を悟るための修行場と思いなせば実に合理的。

◇’その時歴史が動いた’と’経済羅針盤’が番組終了

‘その時歴史が動いた’だけでなく、録画したのを見たら経済羅針盤も番組終了していた。’その時歴史が動いた’を終わらせる理由がよくわからないし、経済羅針盤は今NHKが作っている中で傑出して優れた番組だろう。この二つを終わらせて何を始めるというんだ?

経済羅針盤 @ NHK

「経済羅針盤」が、コンパスの先に追い続けたもの、われわれはどこに向かうべきなのかという宿題は、2009年4月からは、新番組「経済ワイド ビジョンe」にバトンタッチします。引き続きよろしくお願いします。

馬鹿そうなTitleだ。製作staffが変わらないことを祈る。

GamersGateでHarvest: Massive Encounterが$6.99

このgameが恒久$6.99というのは素晴らしい。Harvest: Massive EncounterをやらずにTower Defence gameを評しているとしたらモグリだろう。やればそう感じる。既存のTower Defence gameの三段ぐらい上のgame。

◇英語学習 – Gesture

発声だけでなくGestureも加えると格段に記憶が残り易いことに気づいた。文字+発音+Gesture+それに伴うImage。

言語というのは本来、現象を全身感覚で感じ取ったものを単語で表したものだが、頭で事象をImageしながらそれを簡単なGestureで表現すると大元に近い所に持って行ける。


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