SAND STORM

朝ぼらけ

2009年11月3日

“RTS”の誕生 – Dune II 製作秘話 @ Edge Magazine 私訳

Filed under: 未分類 — Tags: , , — sajin @ 18:13

The making of… Dune II @ Edge Magazine

※直訳では意味が通りにくい所があったので、全体的な物語を眺めて意訳/補完しています。細かい所や正確を期す場合は原文を読んでください。


The making of… Dune II

まったくもって珍しいことだが、たった一つのgameがまったく新しい分野の創始者となった。

“realtime Strategy”には幾つもの先行例があるにも関わらず、RTS愛好者の内の何人かは後付けの設定を似たような8bit時代のgameを持ち出してはつくろうとしている。(訳注:このcomment参照)そのような中で、世界初のreal-time Strategy game(同時進行戦略game)”の名はいささか深刻な論争とともに名付けられ得るだろう。

さて、ものごとをDune IIまで逆上ってみると、今日でも目を見開くような驚きを得ることができる。それは、ここ16年この分野の進歩がいかにわずかなものだったかが明らかになるからだ。まるでHaloが1982ADに発売されていたかの如くに、同じ上空視点、似たような画面表示、大して変わらない操作方法、そして実際のgameplayはDune IIの打ち立てた基盤に柱を立てており、最低限の変化を加えただけでいまだに再利用されている。

Dune IIは同時代のturn-based Strategyで一般的だったHEX(六角形の枡)や正方形の格子といった様式に依拠することはなかったし、その世界描写だけを取ってもDavid Lynchの映画Duneを基にしていた。その遊びの特徴は3つの違った要素(その中のひとつはこのgameのために発明されたものだ)を備えており、一人のplayerが建造物の建設から部隊や特殊兵器の生産まですべてを行うというものである。

Dune IIの打ち立てた様式が一般的になった今日、想像するのは難しいかもしれないが、それぞれのunitをmouseを用いた簡単なpoint and clickだけで指示を出してどこにでも移動や攻撃させることができるということは革命的なことだった。同様にplayerが軍隊を拡張するために必要な資源としてSpiceを収穫する必要があるということもまた革新的だった。

#訳注:Wargameでは与えら得た部隊を用いて戦うだけで、資源を収拾したり、それを用いて生産したりはしない。それが行われるのはscaleの大きい戦略級と呼ばれる国家元首や軍事大臣の立場をsimulateするような戦略級(Strategic)やさらにその上のgrand-strategy。

Brett Sperry:”Dune II製作に至る上で重要な霊感を得たのは一つはPopulous、もう一つは自分の仕事だったEye of the Beholderだったが、加えて最も決定的な要因だったのはChuck Kroegelとの口論かもしれない。”

Chuck Krogelは当時SSI(Strategic simulation Inc,)の副社長で、Westwood Studiosの協同設立者かつDune IIのproducerとなったBrett Sperryを呼び戻した人物だ。

Brett Sperry:”Chakと私の口論の最も重要な点は、Wargameは進化・革新の欠落と貧相なdesginからなんともつまらない物になっており、その人気は長期に渡って緩やかに下落していく一方で、消費者の嗜好はもっと直接大きな興奮をもたらしてくれるgameに移っている”と言われたことだった。

Brett Sperry:”自分はまだWargameは多くの可能性を持っていると感じていた。彼の主張を受けても、私は表面的にはちょっと引っかかれた程度に振る舞っていたよ、特にgame design上の立ち位置ではね。でも、個人的な挑戦としてすばらしい操作方法によって生み出される同時進行の活動性をWargameにどう生かすことができるか模索し始めたんだ。”

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1990ADにMega drive(メガドライブ)で発売されたTechnosoft(テクノソフト)のHerzog Zwei(ヘルツォーク・ツヴァイ)は、しばしばDune IIの主な発想元だと認定されている。しかしSperryによれば、もっと日常的なものからより大きな影響を受けたようだ。

Brett Sperry:”Herzog Zwei(ヘルツォーク・ツヴァイ)はとても楽しいgameだよ、でも言っておかなければならないことがある。Dune IIを作るにあたっては、他にもMacintoshのuser interfaceから影響を受けたとね。Macのsoftware設計に貫徹された、mouseでdesktopにおいてあるものをclickしたり動かしたりすることから生まれる活動性は’どうしてこれと同じことをgameの中でできないんだ?’って自分に思わせたんだ。どうしてcomputer gameの操作はすばやくこちらの意図をくみ取ってくれるようにできていないんだ?keyboardでのhotkeyがあるじゃないかって? keyboardがgameを操つる主要な装置だってこと自体がクソくらえだ!”

とは言え、まだMS-DOSのような文字に依存した操作が今のWindowsと同じぐらい主流だった時代にMacOSがSperryに与えた影響も、ひょっとしたら彼がApple IIのprogrammerとして初期のgame産業で経験したことに比べれば驚くほどのことではないかもしれない。

Brett Sperry:”自分はprogrammingを高校の時、16歳で始めてまずはAppleIIにutilityや教育目的のgameを移植することから始めたんだ。最初に作ったちゃんとしたgameは’Terra 12’という名前で、これを表に出すことはなかった。1984AD頃、かなり無理のある移植作業をやってた最中にLouis Castleに会ったんだよ。Louisはその仕事のArtとAnimationの大半をこなしてくれた。実際、彼の傑出した画力を見て、これで自分がcomputerで絵の仕事をやらなくて済むと思ったよ!”

Brett Sperry:”Louisと自分はWestwood Studiosを1985ADの5月に16bit機のgameをつくる会社として起ち上げたんだ。初期の仕事はAmigaとAtari ST向けだった。自分たちはprogrammerのBarry Greenと三人のteamを組んで、LouisはArtworkを担当したけど、programming自体は三人ともこなしたし、三人の内の誰かが音の仕事もやってたんだ。”

1987ADにSperryはprogrammingを止めた。けれど新たなgameづくりの欲求が彼に新しい会社を立ち上げさせ、さらにWestwoodで製作したすべてのgameの監修もやっていたので大変なことになっていった。

Brett Sperry:”16bit機の出現で業界のruleや標準は劇的に変わったんだ。会社は実際二人のgraphics担当とSoundを担当する人材を雇わなくちゃいけなくなった。ほぼ一夜の内にgame開発は一人か二人でやる仕事から5,6人の集団でやる仕事に変わったんだ。”

game業界の中で実力を証明することから離れても、彼の中にある情熱は変わらなかった。Sperryはprogrammingに飽きたのと同時にgame製作への情熱を燃やし始めていた。”自分にとってgameを設計して具現化していくことは、あらゆる仕事のなかでもっとも困難でもっとも興奮する事だったんだ。”

Dune IIの構想そのものはVirgin gamesの会長であるMartin Alperの誘いで始まった。

Brett Sperry:”MartinはFrank HerbertのDuneの小説や映画についてどう思うか聞いてきたんだ。Duneの小説もDavid Lynchが作った映画も本当に大好きだったから、彼とは随分喋ったよ。そしたらMartinは何年か前に版権を獲得したから、君が望むなら使うこともできると言ってきたんだ。”

AlperのSperryへの発言は、Franceの開発会社CryoがDuneを主題にしたAdventure/Strategy混交型のgameを開発していたのをすでに取りやめていたことが背景にあった。Sperryは後にそれに気づくことになるが、Cryoの方は何の答えも残していない。

Brett Sperry:”Cryoの連中はわれわれより早くgame製作を終えようと急いでいた”と彼は明らかにした。結果は同じ題名を巡って悪夢のような事態になった。Cryoのgameはわれわれの製品と何の関係もないのに、Virginが目先の金をほしがったために先行してDuneとして発売されだんだ。自分は自分たちのgameがDune II:The Building of a Dynastyなどと名付けられることにずいぶん抵抗したんだけどね。でもその後のことはご存じの通り、心配するようなことじゃなかったのさ。”

#訳注:CryoのDune、WestwoodのDune II、ともに発売されたのは1992ADで、CryoのDuneが発売されなかったということはない。もちろんSperryは手垢の付いたDune IIではなく”Dune”というスッキリとした題名で出したかった。

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開発の初期はほとんど何も決まってなかったようだ。

Brett Sperry:”自分はJoe BosticというLead programmerにこういったことを覚えているよ。’部隊を戦場中で動かしたい、戦闘もさせたい。’そこで彼は全部一緒にやってくれた。結果はというとそれは何とも退屈な代物だったよ!”

しかしこの段階で、その4から8ほどの部隊が敵対する両側で闘っているgameはすでに最終形態といくつか類似点を持っていた。

Brett Sperry:”そのgameを試してみたら、すぐに終わってしまった。そこで障害物を戦場においてみた。それが後に変化して、基地や部隊製造施設、未探査領域を覆う戦場の霧になったんだ。生産活動は一部Sid MeierのCivilizationから発想を得たんだよ。Sidのgameの生産活動はDune IIを面白い物にしていくのに寄与してくれた。”

Sperryによると、最初から完成されたgameの形はなかったし、開発はだんだんと進行していったようだ。

“自分は自分が何を考えているかを伝えるのがあまり得意じゃなかった。”彼はそう告白すると続いて、”どれほどわかりやすい操作系統と明快な画面表示が行われなければならないかは自覚していた。でも部隊の動きとその協同歩調はまだまだ曖昧で理解しにくいものだったんだ。自分たちはgameを何度も繰り返し作り直したし、仕様書はしばしばわれわれがつくりあげていることに沿って変わっていった。”

この際限のないgame設計への取り組みは、いかにSperryがgameを作ることが好きだったかを物語っている。彼は今では遊び手として参加するより、観察者として参加する時間の方が多くなっていると告白している。
“私は他のplayerが遊んでいる姿を見ている時の方が、より多くgame作りや娯楽とは何かについて学べるんだ。何が有効に働いているか、何が遊んでいる人をいらつかせているのか、どれぐらい多くのplayerが堪えようとしているか、それはどの程度なのか、それはなぜなのか。gameを設計することと遊び手たちが相互に干渉しあう様は、終わることなき興味の源泉なんだ。”

SperryがDuneIIの製作にあたって挑んだ核心部分を以下のように述べた。

“部隊同士が組み合わさる戦闘、探索と生産、とくにそれらが一定の歩調と拍子を保って興奮するような形でわざわざplayerが逐一操作しなくても行われること。これがなぜDune IIがこんなに中毒性のあるgameになったかの鍵となる所だ。”

そこから得られる経験は仰々しくかしこまったturn-basedの戦略gameとはまったく異なるものとなった。Action gameの速度で砂の砂丘を駆け回るDune IIに比べれば、turn制のgameでは勝とうが負けようがのんびりしたものだ。

“DuneIIでplayerは正確にかつ素早く思考し反応しなければならない、さもなければ同時進行の世界では君の基地や軍隊は蹂躙されてしまうだろう。”

そして開発が進行するに従って、どのような進行速度でどの程度戦闘を盛り込めばいいかといったことは繊細なbalance調整によってのみ成り立つことがハッキリとしてきた。

-Page4-

“Dune II: Build of the Dynasty”などというはっきりしないgame名にも関わらず、Dune IIは1992年に発売されるや否やすぐに大きな売り上げを記録した。

“われわれはDune IIをrealtime straetgy gameと呼んだ。それを小売店や一般消費者にハッキリ打ち出すためにやったんだ。俺たちは何か新しい物をもってきたんだ、と見せつけるためにね。”

6302  Sperry – 新しい分野を作り出すだけでなく、それの名付け親になるという稀な機会に恵まれた人物 – はそう語った。

“でもDuneIIの中核は伝統的なWargameなんだ。playerは部隊を作り、操ってもう一方の側をやっつける。一度Dune IIをやった人はすぐにこのgameの虜になった。そしてすぐにDuneIIは大規模な商業的成功を収めることになった。”

Dune IIが完成に近づく頃には、Sperryはすでに次回作の製作に取りかかっていた。”その頃、私はgameの設計を進化させて、もっと流れるような表示の仕方を模索していた。それを元に新しいgameと近代的な神話の製作に取り組んで出来上がったのがCommand & Conquerとなった。”

それとは別にDune IIは直接二つの後継作も生んだ。1998年に出されたDuneIIのremakeであるDune 2000とさらなる好評を博した2001年発売のEmperor: Battle for Duneである。
すでにgame遺産と化しているCommand & Conquer だが、それは未だに最も成功し続けているseriesであり、その誕生は明らかにWestwoodが生み出した直近のDune IIに大きな借りがある。さらにSperryはこの分野の後継作でも少しばかり補助的業務を行った。

“最近playした幾つかのWargameは何の感慨も呼び起こさなかったよ”彼はそう告白し、さらに”自分には家庭用機で出ているようなRTSの区別がつかない”とも。さらに言う、”最近のgameを遊ぶのは楽しいし、個人的には興奮しているよ。自分はWorld of Warcraftを友人とPrivate serverで遊んでいるし、Bioshockは最初から最後まで楽しめた。それにマリオカートも時々やってるね。ほとんどの社交的な要素を持つgameとmultiplayer gameに自分は惹きつけられる。gameの出来自体はまちまちだけど、それぞれが新しい技術を持ち合わせてるよ。

毎年たくさんのgameが出てくるけど、宝石のように輝く、本当にわくわくするgameはほんの一握りだ。音楽や文学、映画、そういった分野でも同じようなことを見てきた。でも何であれ、いつもこんなもんじゃないか?

それに、私が保証しよう。 他のすべての娯楽と同様に、すべてのgame創造の計画は創造者の心の中で何か新しいひらめきや興奮とともに立ち上がるんだ。でも、すばらしい設計や、よき批評家の反応、すぐれたmemberで構成された開発Team、そういったものがなければロクな結果を生まないだろうけどね。”


◇混乱を呼ぶ字義やscaleを無視したStrategyの用法

Dune IIの開発者自身による誕生秘話、旧態依然としたまま衰退していく様式、それを打ち破るべく新たな物を生み出した男の挑戦・・・感動的で傾聴に値する話だ。

しかし、感動的かどうかとは別に、この記事の中にある事実を指摘しておかなければならない。RTSつまり”Real-Time Strategy”はWargameをよく知る人間が、目の前の売り上げを稼ぐ為に、後の影響を考えることなくWargameをよく知らない人間に向かって発した宣伝用語であるということだ。

これがまったく新たな造語であれば、その単語の意味する所と内容が乖離していようと大して問題にする話ではないと思う。しかしParadoxのEuropa Universalisのような全地球規模で国家勢力同士の闘争が行われるgameと、木の一本一本、人の一人一人が見えるような狭い場所で行われる生産と戦術指揮がごちゃ混ぜになったgame、Action gameのごとき操作と速度で進行するgameと熟慮の元に大きな次元の決定を行っていくgame、これら到底同じとは言えない規模と性質を持つgameが同じ”real-time Strategy”として語られていることは混乱の元である。

そして間違っているのは明らかにDune II型のgameをStrategyと呼んでいる方なのだ。これはTactic/Strategyという辞書を引けば分かるような用語の使い方としてもおかしいし、このようなものにStrategyという用語を使うのは不適切極まるのを常識として理解するWargamerであったにも関わらず”realtime strategy”と名付けたSperryの責任である。

Dune IIはAction game的な操作/探索/建設/資源獲得/生産/戦術指揮など様々な要素をごちゃ混ぜにぶち込んで半自動high-pacedで進行するものに仕立てあげた独自の様式であり、それはDune II styleとかDune II likeとでも呼ぶしかないものだ(日本語ならDune II型とかDune II様式のgame)。これをRTS(realtime strategy)と言うのはは論外としてRTT(realtime tactics)も誤解を生むだけだろう。強いて言えば一部でCIV系が呼ばれている4X(eXplore, eXpand, eXploit, and eXterminate)にrealtimeを被せた”R4X”とでも呼ぶのがいい。複雑な要素を組み合わせた新しい形態の呼称は広く意味の取れる一般用語の単純な組み合わせより、これぐらい新しい呼び方でないと問題が生じる。

現在起きている混乱に対して、Sperryには責任をもって「あの呼び名は間違っていた。新しいgameを打ち出すために安易に用いたものに過ぎなかった」と言って貰いたいものだ。

[追記]

このようなscaleを無視したstrategyの用法は4X(eXplore:探索,eXploit:資源収集,eXpantion:拡大,eXterminate:殲滅)の呼称定着で解決可能になったが、”RTS”が広まりすぎたために実質的には変わっていない。Wargameでは一般的なscale表記(tactical/operational/strategic)がまったく為されないことなどから。turn-basedのStrategy,real-timeのStrategy程度の区別しか一般には為されない。(日本の様なFlight simulationのような”~の”をつけないと意味を為さないsimulation(模擬実行)をstrategyと誤解しているような論外の社会は除く)

例えばSid Meier’s CivilizationはGlobal Strategyもしくはworldwide scale turn-based 4X gameになる。Dune IIならSkirmish or Tactical scale real-time 4X game。

つまりgenre表記を時制とからんだgame system,どれだけの規模を扱うかのscale,そして生産や探索など何を巡って争うかに分解してそれぞれを適宜表記すれば済む。過去の人物を非難するより発展的に解決すればいい。


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