SAND STORM

朝ぼらけ

2009年10月7日

若者殺しの時代 堀井憲一郎 講談社現代新書より 

Filed under: 未分類 — Tags: , — sajin @ 20:56

この本はこれまで日本人が戦後何をしてきたのか、何を変えてきてしまったのかを通しで示した、つまり戦後日本という歴史を概括した恐らく唯一の本だと思う。

トレンディードラマから携帯電話までそれぞれの時代における戦後文化を象徴する様々なものを統計的に並べることで、ただの無意味な事象に過ぎなかったことが明白な社会の変化を露わにする。それに加えて同時代人として戦後の変化を身を以て体験してきた筆者自身の視点が、何がそれまでの日本社会を変えてきたかを、歴史として描き出している。

単に狭い範囲・対象を確実に扱う学術的なやり方を幾ら並べ立ててもこれだけの事は描けなかっただろうし、何よりも見る者の目を開くことはできなかっただろう。

『戦後』という日本を生きてしまい、さらにこれからを生きざるを得ない日本人にとって本当に読んでおかなければならない本だ。

この本には80年代の軽薄さのすべてが描かれている。ということは、すなわちバブルの発生と臨界を描いている重大な本だということだ。

80年代をこれほどまでに明確にえぐった本はない。というか、80年代を覚えている人は、絶対にこんな本を書きたがらない。

なぜなら、80年代というのは、バブル期を過ごした全ての大人にとって「忘れてしまいたいほど恥ずかしい時代」であるからだ。そんな恥ずかしい時代の事を思い返しても誰も得をしない。そして実際に80年代を頭の中から消し去ったうえで「最近の若者は」などと偉そうな事を言いたれている。

しかし、80年代に中高の多感な次期を過ごした団塊ジュニア世代である我々は、当時の大人の軽薄さをけっして忘れてはいない。

ところでさっきから軽薄軽薄と連呼しているが、「80年代の大人が軽薄であった」ということの本当の意味を分かっているだろうか?

それは、「当時の大人がバカだった」という意味ではなくて、「軽薄さによって、爆発的な経済発展が起った」という意味だ。

すなわち当時の大人たちはどんどんバカになることで経済を発展させて行ったということだ。当時は今とはまた違った意味で「バカになれ! バカになれ!」という連呼が聞こえた時代だった。そうした時代の空気が、この本を読んで行くとありありと思い返される。

書評 『若者殺しの時代』堀井憲一郎 @ 深夜のシマネコBlog

他に幾つか優れた書評を上げれば
「若者殺しの時代」3 @ 木偶庵通信

この本をちゃんと受け取っている人に共通するのはOutsiderだということだろう。


P156
戦後の高度経済成長期という第二の坂の上の雲の話につづいて、

たどりついた坂の上は、つるつるに滑る不気味な灰色の平原だった。
まるで悪夢のようだ。あがいても、自分の意志でうまく動けないのだ。

特にその平原に放り込まれた若者は、とまどった。
自分が最初から立たされている位置が、理不尽にもいろんなことを規定してしまう。そういう理不尽な規定は我慢できるにしても、おとなたちが、何をやっているんだ、がんばれ、がんばりさえすれば高みへ行けるのだ、と言ってくることばかりは耐えられない。社会に参加する気が失せる。おとなたちは、自分たちの社会を守ることにばかり目がいって、若者の居場所をあけてくれるわけではない。若者のためといって、結局、息が詰まりそうな場所に追い込んでいくばかりだ。

たぶんベビーブーマーたちは、1968年に破壊できなかった何かを、もう一度やんわりと破壊しようとしているのではないか。若者をゆっくりと殺していくことで、何かに復讐しようとしてるのではないだろうか。日本と、日本がもたらしたものと、近代のシステムと、そしてできれば近代そのものを、憎んでるだけではないか。

P34

バブルは貧乏人のお祭りだった

P114

マンガが若者に浸透していくにつれ、マンガの消費に変化がでてきた。
一方的に流れるように消費するだけではなく、マンガを蓄積するようになった。具体的にマンガを収集したり、アニメをビデオに録って残したりという行動もさすが、もっと深く精神的な部分で、マンガを蓄積しはじめた。つまり、完結して、過去のものになったマンガ世界を離れず、その世界にとどまりたい、と想像しはじめたのだ。これはマンガを読んだ多くの子供がやっていることだ。ただ、子供は忙しいので、想像世界にずっととどまっていられないが、思春期以降、想像世界にとどまろうと決意すれば、いつまでもとどまっていられる。

それが、おたく、である。

マンガおたくとは、簡単に言ってしまえば、マンガ世界を手放さず、自分の中にため込む人たちのことである。「マンガ世界にとどまろうとする人」である。

P137

1981年には日本でただ一人、藍染恭子しかいなかった本番女優が、1991年には日に一人は本番をしていたはずだ。

P 138

1991年11月13日、宮沢りえのヌード写真が新聞全面広告に載った。
日本中を衝撃が走った。
トップアイドルである。掛け値なしに一番人気だったアイドルだ。その彼女がヘアヌード写真集を出したのだ。おそろしい時代になった。日本史上、空前の出来事だった。
ある種の破壊行為でもあった。時代の何かがおかしかったのだろう。宮沢りえも、まともな状態じゃなかったんだろうと思う。いくつもの手順や、序列を無視したヌードである。
トップアイドルが人気絶頂期に脱ぐ、という意味がわからなかった。いまでもわからない。何かを壊したということしか、わからない。

何かを壊したということしか、わからない。

P139

人が動かなくなり、動かなくても快適な空間を提供することに企業は躍起になり、そのままみんなを静かに内側にこもらせてしまった。

◇携帯電話 – 若者の生活が絶望的に変化した

携帯電話は、もっと根本的な緊張を強いてくる、
身も蓋もない。相手がでなければ、拒否されている可能性が高いのだ。電話をかけただけで、そんなことまで知らされてはたまらない。

P154

携帯電話は、僕たちが思っている以上に大きな存在になってしまっている。
鉄道、と同じレベルの文化的インパクトがあるとおもう。

◇東京の突出と物にかしずかれた小さな王者たち

P176

東京の突出は1980年代に始まり、1990年代に固まった。
都市と田舎のバランスが崩れ、内と外のバランスも崩れた。
東京の突出はみんながアタマで生きだしたということでもある。東京は「日本中のイメージと欲望を実現する都市」になった。東京の過剰な拡大と、必要以上に生活が便利になり続けるのは、同じ流れである。どちらも名前をつけると「都市化」である。

僕たちは便利さ地獄に陥っている。
便利な新製品のあとに、もっと便利な新製品が出てくる。すべての商品とサービスが、消費者を圧倒的な王様のような気分にさせてくれる。すべての人が自分を王様だとおもいはじめ、世界は王で満ちあふれ、混乱している。しかも世界は、自分が期待しているほど自己中心に動いてくれるはずもなく、世界と自分の折り合いがつけにくくなってしまった。

P179

自分のまわりの世界を、ちょっと非現実的にとらえていたほうが、自分をまもりやすい。バーチャルが楽なのだ。

おとなが若者のつもりのまま年をとっていき、その下の若者の居場所がないのだ。
となると若者は、自分の内側の世界を大事に生きるしかない。内側を生きる人たちは、世界に薄い膜をかけて見る。リアルに直視しても何も幸せになれないからだ。

P180

1995年を境に、僕たちの社会は動かなくなった。
それは80年代の気分を1995年に徹底的に潰されたことによる。

P182

本当は僕たちはノストラダムスに期待していたのだ。
1999年に何か起こって欲しかった。
何も起こらず、年を越え、僕たちはより行き場のない21世紀に突入してしまった。

P188

P190

米国が”勝戦”後作った家畜小屋を「近代国家から逃避したい」「近代以前のシステムが大好きな」日本人が積極的に受け入れた理由、それにしがみ続けようとしていることを言っている。そして早晩それは終わるであろうことを預言しているのには驚いた。

戦後日本人が逃避していることをちゃんと見据え、歴史を追い客観的に見れば米国が造り、管理してきた、そして今や投擲しようとしている戦後日本が早晩終わることは誰の目にも明らかなのだ。


関連記事

No Comments »

No comments yet.

RSS feed for comments on this post. TrackBack URL

Leave a comment


sand-storm.net