SAND STORM

朝ぼらけ

2010年4月7日

News & Study (April 2010)

Filed under: 未分類 — Tags: — sajin @ 18:30

◇5 Creepy Ways Video games Are Trying to Get You AddictedBy David Wong

◇台頭するpowerVR

iPhoneやiPadの動画を流していると何か広い画面のgameを扱っているなと思ったら、iPadでChessやOthelloなどclassicなboard gameを手動で遊ぶものだった。これは、およそ枠内を指示すればそこにピタリとSetするのではなく、指を離した場所にそのまま駒や石がおかれたままになるというrealなんだか、不便なんだかわからないというgame盤を再現しただけの代物。

gameはともかく、iPadもiPhoneと違って随分見やすい画面になったなと思ったら、このiPadの画面sizeは馴染み深い1024×768(4:3)で旧来CRTで使われてきたaspectだった。そして少し調べると、そのiPhone系統のGPUはPowerVRだ。

イマジネーション、2 億 5000 万台の POWERVR デバイスの出荷を発表
PowerVR がモバイルおよび組み込みgameのグラフィックス アクセラレーションの完全な標準に

2010 å¹´ 3 月 9 日、米カリフォルニア州サンフランシスコ – マルチメディア チップ テクノロジーのリーディング カンパニー、イマジネーションテクノロジーズ(IMG)は、同社のハードウェア グラフィックス アクセラレーション テクノロジーである POWERVR がモバイルおよび組み込みgameの標準となったことを発表しました。POWERVR を搭載したデバイスの出荷数は現在、携帯電話、メディア player、および組み込みgameの市場全体で、install ベースで 2 億 5000 万台を突破しています。

25,000 以上のgameが POWERVR プラットフォームで稼働しており、現在の携帯コンソール市場よりもはるかに大規模な市場へと成長しています。

powerVRというともう十年ぐらい前に特殊な描画方法で安価な割に高速な描画ができるという謳い文句で発売されていたが、その特殊な描画方法故にまともに描画できない、動かないgameが多いということでキワモノ扱いされて消えていった。しかしPCから撤退後、携帯機に活路を見いだし、その世界でdefact standardになるまで成長していた。携帯機というと狭い画面で携帯向けのcasualなgameをやるのがせいぜいという感じだったが、1024×768 4:3になると昔のPC gameと何ら変わらない。携帯機の数は据え置きのPCなどより遙かに多いので、この先GPU戦争を制するのはATI RadeonでもnVidia GeForceでもなくImaginationのpowerVRかもしれない。

◇Google Shows How HTML5 Can Run Quake In The browser @ TechCrunch

ブラウザ上でHTML5にはどれだけのことができるのか、Google Web Toolkitの技術者たちがそれを確認するために、一人称シューティングgameの名作Quake IIのHTML5へのポートを試みた。その結果を、上のビデオで見ることができる。彼らはQuakeをJavaにポートしたオープンソースの作品であるJake2を、移植のソースとして選んだ。Google codeのブログに、そのやり方が説明されている:

Quake IIエンジンの既存のJavaポートであるJake2をもとに、Google Web Toolkitを使ってJavascriptにクロスコンパイルした(WebGLやWebSocketsも使い、大量のリファクタリングも行った)。その結果を、上のビデオで見ることができる。ラップトップ機の上で毎秒30フレーム以上、という結果を見たときには、正直言って少々びっくりした(ただしそれは実機の性能にもよるが)!。

HTML5が高速gameエンジンにもなれるというGoogleの実験–結果は大成功

元記事が1,Aprilなので怪しいが、Javaすら抜きのHTML5のみで動くQuake 2。FAQを読むとまだ動くDEMOはないとのことだが、他の項目を見るに本気で開発しているようなので本物なのだろう。

◇Interview: Sid MeierMathew Kumar’s pictureBy Mathew Kumar @ Edge Magazine

You’re not being told to do something or forced to do something, you’re doing it as part of your own initiative; learning becomes a fun part of the experience of playing the game. We tapped into the idea of learning and progress, that you would go through the game experience and come out the other end as a different person, knowing a little more about the world, and maybe knowing a little bit more about yourself.

君は何かやるように言われてもいないし、強制されてもいない。君は自分の主体性の一貫としてそれを行う。学びはgame体験の楽しい一部になってくれるんだ。学びと進歩という発想を引き出した。gameを体験する中で経験し、それによって別の人間になることができる。以前より世界をよりよく知り、そして自分自身のことも前より少しはわかるようになるんだ。

the problem is that once you start to mould games into a specific purpose, the player becomes less important. If the player doesn’t want to go in that direction, you haven’t created the game they want to play. Introducing those kind of constraints to gaming isn’t going to pay off the way people think they’re going to; you can’t transfer the compulsion to play Civilization to the compulsion to buy potato chips. The value of gaming is in the freedom of the player to explore whatever they want to explore to their own ends; once they’re being pushed in a certain direction it’s no longer a gaming experience, it’s manipulation.

問題は、一旦gameを特定の目的の為に型にはめてしまうと、playerはもう重要な存在でなくなってしまうことだ。playerがその方向性を欲していないなら、あなたは人々が本当にやりたがっているgameをつくってはいない。この類の束縛をgame 持ち込んでも人々がplayしたいと感じているものを満たすことはできない。

Civilizationをやりたいという衝動をpotato chipsを買いたいという衝動に変換することはできない。gameの価値はplayerが彼らが捜し求めたいものを好きなだけ自由に追求できる所にある。playerが特定の方向性を押し付けられるなら、それはもう”gameを経験する”ってことにはならない。単に操縦されているだけだ。

解放し、別の制限の元に使用する、だが自発でなければならない。

◇Now use eye movement to play computer games @ The Hindu

“The game that they’ve developed is quite simple, but we think it has enormous potential, particularly because it doesn’t need lots of expensive equipment… We hope it could ultimately provide entertainment options for people who have very little movement,” said Aldo Faisal, the team’s supervisor from the Department of Bioengineering, ICL.

生徒達が開発したgameはいたって単純なものです。でもわれわれは、それがとてつもない可能性を持っていると考えています。特に、これが大層な価格の機材を必要としない点においてそうです。

“In future, people might be able to blink to turn pages in an electronic book, or switch on their favourite song, with the roll of an eye,” he said, according to an Imperial release.

将来人びとが片目でまばたきするだけで電子書籍のpageをめくったり、かかる音楽を変えたりすることができるようになるでしょう。

この装置はそこらで買ってきたWeb-camでできているそうなので、実際KindleやiPad,DSなどにWebcamが搭載されていれば、簡単に利用できるようになるのかもしれない。

下の話とも絡むが、目の動きだけでPongをplayする技術が開発された。これは元々身体障害者用に開発された技術で、自分がTVで見た時は元々StreetでのHopHopの落書きで有名な人が筋萎縮症になったのを見て、目の動きだけで絵を描けるようにしようという動機で始まり、それが実用にまで至って医療で注目され、gameにまで応用されるようになったということ。

医療の世界では脳への電気信号による代理視覚の提供だとかも研究されているので、脳や生体との連結が今後進むのだろうし、PCやVideo gameはそれらの技術と親和製がとても高い。

◇手の平で『テトリス』をplay! SF的なタッチスクリーン技術が開発 @ 中島理の欧米game事情

身体を軽く叩くことで生じる振動を関知して操作に繋げる技術と、Projectorによる投影を組み合わせた操作device。

0:30辺りから見るとわかりやすい。ようやくここまで来たか。次は神経や脳への接続が実用化するか?脳と接続して視神経の代わりをつとめる人口視認装置はかなり進んでいるはず。

◇初音ミク、コンサートチケット完売 by 野安ゆきお @ 日経デジタルオンライン

デジタル・エンタテインメント史の視点から見てみると、初音ミクこそが史上初の「バーチャル・アイドル」だ、と考えることもできるでしょう。

いまどき「バーチャル・アイドル」という言葉を使う人はいなくなりました。これは10数年前に脚光を浴びた言葉です。コンピュータ・グラフィックスの進化にともない、デジタル技術でアイドル的な人気を持つキャラクターが作れるのでは? と多くの人が考えたのですね。

しかし、その試みは、ことごとく失敗しました。どのキャラクターも、高い人気を獲得できなかったのです。

でも、よく考えてみれば、それは当然のことですよね。だって、アイドルというのは、完璧であってはいけないからです。むしろ逆で、不完全ゆえに「つい応援したくなる」という気持ちにさせる人こそが、アイドルとして人気を獲得する。だからこそ、古くからアイドルには「親衛隊」などと呼ばれる、熱心に応援するファンがつくわけです。

凄く魅力があるのに、普通の人間でもできるようなことができない不完全、か弱さがある(ように見える)ってのがいいんだろうねぇ。

◇Shigeru Miyamoto – Academy Fellow in 2010 @ British Academy of Film and Television

よく、どういう発想でgameを作るのかと尋ねられる事があります。近所で遊ぶ子供たちや、周りの自然などが私にアイデアを与えてくれます。犬を抱いている時に『Nintendogs』が浮かび、自分の体が『Wii Fit』の動機になりました。私やスタッフは他のgameとは全く異なる体験、新しいスタンダードを生み出そうと努力し、それを楽しみに思っています。

宮本茂氏、英国アカデミー賞を受賞・・・演説の模様を紹介 @ Inside

自分が経験できる身近に面白い事なんて一杯ある。それをgame化するのが難しいだけで。すでにgame化されたものをパクっても、原初の面白さは表れてこない。

◇社会学者 鈴木謙介氏に,現代社会におけるコミュニケーション論や,そこでgameが果たす役割について聞いた――「ラブプラス」を中心に(ラブプラス) @ 4gamer

地域共同体が崩壊し、企業共同体も瓦解する中でCommunication Toolとして浮かび上がってくるVideo game。

最近、宮本茂がSpainの王室が与えるPrince of Asturius Awardを受賞したが、その理由は「宮本氏の素晴らしい才能は、ビデオgameを新しいメディアへと昇華させ、年齢・性別・グループ・文化に関わらず全世界の人々が共有できる体験にしました。彼の影響力によって、ビデオgameは単なる遊びではなく、世界共通の非常に強力でかつ民主的な言語の一つとなりました」という新たなCommunication媒体をつくりあげたことだった。

昔IndiaにBackpackerで旅行した時、大部屋で日本人ばかり泊まっている宿に何の拍子か一人のFrance人の若者が泊まってきた。幾ら場所が異国とは言え、会話する接点があるのかいなと思ったら彼は日本のAnimationや漫画の話をして自然と日本人集団の中に溶け込んでいた。その時は外人といってもこの程度のものかと思って少し軽侮するような所もあったのだが、今考えると、それは彼の弱さを示すものではなく、初対面の異人の集団に入り込んで自然とCommunicationを成り立たせる強さを表わすものだった。

地域共同体(村社会・長屋)の崩壊だとか企業共同体の崩壊によるCommunicationの空疎化を考えると、結局生産行為を共にする所からしか主たるCommunicationは生まれない。これは日本だけか?

残りのCommunicationの可能性を探ると、後は遊びを共にすることでのCommunicationしかない。


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