◇わからない
日本人は、というか後発近代国民は学校で皮相的な”わかること”を押し付けられ過ぎている。全体から切り離された皮相的な”わかる”にあまりに存在をこすりつけられているため、事象全体に対した時に自分が”わからない”ことをちゃんと解析してわかるための構造を作り上げたり、わからない構造を分析し、問題点を明確にして乗り越える訓練や自学の機会を奪われている。
◇あきらめる
あきらめるという行為(?)は手が掴んだ物を放すという目に見える行為にも似て、その遙かに深い根本的な所から脳神経網が捉え自体を放す。
PTSD(post traumatic stress disorder、心的外傷後ストレス障害)というのは、過去の強烈な経験により、神経・肉体がその状況への対応に捕らわれ硬直化してしまい。このあきらめが行えない状態となっていることだと思われる。
◇わからない
数学がわからないことが重要なのではなくて、わからないこと自体が重要なんだな。
人は誰かの成功のやり方を持ってきてそのまま使うことに走りがち(というより煽られてそうなりがち)だが、わからないことに向き合うということは自分という存在全部をありのままの世界全体に向けて、一から色々試し、探り、失敗し、何をどうやればどの段階は上手くくいくのかを知り、それを組み合わせて、大きく上手く回る、価値を生み出す所までもっていく。それが初めて外から見て”わかる”とされることなんだけど、自分にとっての”わかる”ことはそれ以前の向き合いと模索の中で知っていくことに他ならない。
◇あきらめる
ここ最近ずっとあきらめることと取り組んでいる。
猿が狭い口の瓶の中に入ったbananaをつかもうと腕をつっこむ、しかし拳を握ったままでは手を抜くことはできない。人間は、少なくとも自分は、過去のさまざまな状況に拳を握ったまま腕を抜いていない状態になっていることに気づいた。
人間というのは過去の様々な経験により、無意識の肉体や神経の奥深い所から、ある状況に対応することに捕らわれている。これが新しい状況に対応することを阻んでいる。
それは意識して「止める」だとか、「新しいことを受け入れよう」だとかでは解決しない。結局どうしたらいいのかというと、あきらめることだった。それに対してどうこうしようというのではなく、あきらめて手を放してしまう。そうして手を放して、自由な状態になると、今に沿って新しく物事を受け入れ構築できるようになり、物事は遙かに上手く行くようになる。
◇群がる
政治というのはそれ自体に何の生産性もない。しかし、生産したものをどう配分するかを独占的に差配する。
少ない力でより多くのものを手に入れようとする生物の本能が必然的にそこに群がっていく。
◇Longman Dictionary of Contemporary English with DVD
Longman英英辞典を買った。これまで音声が聞けるのでonlineのMerriam Websterをただで使っていたが、発声に手間がかかるし、辞書の記述が劣悪で使い辛くてしかたなかった。
このLongmanのそれは紙で見てもわかりやすいし、DVD softwareも使い易い。男女両方の声が聞けるので単語発音の真似で苦労していたのが嘘のようだ。
◇紙の本
最近可動式のZ-999を取り付けたり、book standを幾つか買って、読書体制をupgradeしてかなりマシになったと思ったが、それでも本を買う割に読めない。しかし、よく考えたらPCのmonitorを通しては大量の文章を読んでいる。つまり、文章が読めない(大量にこなせない)のではなく、紙媒体という負荷がかかると量をこなせなくなるのだ。
様々な書き込みをしたくなるような本当にいい本と紙でじっくり向き合うのはいいが、単なる情報処理なら最早紙などただの手間がかかる邪魔で時代遅れのものに過ぎない。これからは意識して電子書籍環境を整えていこうと思う。
◇政治
中途半端に救われたかと思ったが、あの数の差を埋めるのはどうみてもあの宗教政党しかない。
これは最速で最悪のScenario行きかな。まぁ、その方が救いはあるだろう。
操舵能力すら失った難破船として沈むまで行くか、死地に活路を求めるか。
◇梅雨はつづく
もう梅雨と呼ばずに雨期と呼んだ方がいいな。
◇犬死
いつも通る散歩道に立派な身体をしたおとなしい犬がいた。さびしいのか暇なのか、一匹小屋の前で寝ていることが多いので昼夜構わず出会えば撫でていたものだ。
それが幾ら散歩しても数日前から姿を見なくなり、今日見るとボロではあったが住人のいた小屋の生気がまるで抜けている。
一、二年ほど前、元気がなくなり姿もやつれこのまま死んでしまうのかと思ったが、再び元気を取り戻し、以前のたくましい身体に戻り、このまま生きつづけるのだろうと思っていた。
それが急に何のそぶりも見せず逝ってしまったらしい。
近くでは死んだ犬に代わるように木が青々と茂り、立派な赤い実を地面にちらばせていた。
生命の循環が起きたのであった。
◇相撲
相撲取りの賭博で騒ぐ連中は本当に下らないな。伝統的なヤクザがこれまた伝統的な連中と何百年も前からやっている賭けぐらいのことをさも大事の様に騒ぎ立てている。博打など当たり前の海外から見れば、それの何が悪いの?という感想しか出てこないだろう。
パチンコなど賭博は自分の現実の身を切るthrillと現実のreturnとなって返ってくる快楽性はあるが、Gameとしては実に下らない。でも、運動競技をやっている人間は息抜きとしての遊び以外、本業に関わる事以外で本格的に頭を使う遊びなどできる訳がない。そういう頭の無用な雑念を消して身体のことに専念しなければならないのだから。そんな集団生活の中で短い期間に肉体を売って生きる人間の過剰を大人しい遊びで解消できるはずもない。
どうせ今の政権が選挙前で目を逸らすために派手に騒がせているのだろう。
◇過剰な機能
人間というのは基本的に過剰な生き物だ
さまざまな環境に対応するための、さまざまな機能が使われないまま眠っている
使うあてがないのに刺激され余った機能が 捌け口を得て過剰が解消されなければ、それらは身近な対象や己自身に降り注いで破壊してしまう
だから酒や、Gameや色んなものが必要になる
自己破壊をするよりはマシだから
現実世界とのさまざまなことを調整して過剰と適切に付き合えるようになった人間を大人と
己の過剰な衝動を満たすためなら何でもやる人間を小人といった
過剰の根を見つめ それらを変えることに挑んだ人間は哲人だろう
◇GamersGateは遅いのか
GamersGateは遅い遅いと言われるが、極端に遅いと感じた事はない。何度か遅い時に100-200kb/sということはあったが、通常300-500kb/s、速ければ500-1000kb/s出るのが常だ。
どうして極端に遅いと言われるのか考えると、どうも遅いと感じる人はAccessが集中する人気Gameを買っているからじゃないだろうか。Downloadが集中する人気Gameは恐らく元の回線だか処理できる量だかが限られており、そういったものを落とそうとすると100kb/sに満たないような速度になることもあるのだろう。
自分はGamersGateではSale品、Indie、Indie寄りのCasual、そもそもminorなSTR,FPSなどしか買ってないので、そういう目に合わないのかもしれない。
◇”怒”というEnergy
怒りは素晴しい生のEnergy(力)だが、頭に集めると己を間違った方向に支配し、生産的結果を生まない。
怒りの量を下げることはない、それを全身の細胞に分散させ、肉に織り込み、取り込ませるのだ。
怒りに支配されず、怒りを元に調和して駆動する頭脳・肉体になる。灼熱に焼ける鉄を叩くように、新しい自己を創り上げる。
ブログにコメント事体は初ですので、KYは承知です。
相撲の記事は興味深いですね。そういった思考は、忘れがちですね。日本人的に。
砂人さんの、洞察的感想はたまに見たくなります。
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Comment by さい — 2010年7月9日 @ 03:48
調子に乗って「怒り」について。
怒りの矛先、怒りを元に調和して駆動する頭脳・肉体になる。
怒りの矛先。
実(自)体験では怒りの向かう所をコントロール、すること、
あらゆる思念が混ざり合って怒りを操る事もあります。
勿論、極論、的にです。
いえ、何を言いたいのか支離滅裂。拾ってくれるかな。
ですが、こういった事を書いて下さるブログに興味心身でして。
精神的、思考的、観点。
ゲームだろうが、世情だろうが。
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Comment by さい — 2010年7月20日 @ 03:47
焚火に炎がはぜ火の粉が宙に巻いて消え去るように。怒りで己を焼きつつ昇華させるといい。中に持つと破壊にしか行き着かない。外を焼くと己と世界を変える。
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Comment by sajin — 2010年7月20日 @ 04:07