SAND STORM

朝ぼらけ

2010年10月17日

カタカナ英語を捨てて英語をおぼえよう 日誌その一

Filed under: 未分類 — Tags: — sajin @ 12:26

来春から義務化される韓国のデジタル教科書事情 by 木暮祐一の「ケータイ開国論II @ WIRED VISION

韓国では、来春(新学期は3月から始まる)から、すべての小中学校において、英語、国語、数学の3科目についてデジタル教科書導入を義務化する。さらに2013年には、生徒1人1台のタブレット端末導入を目指す。

ものつくり大国だの何だのと自称しながら、いまだに生徒個々に個人端末があることを前提とした教育すら行えない日本は、間違いなく遅れた国になる。既得権者たちのために、高costで遅れた事を強いる状況がつぶれるまで続くだろう。

この気色の悪い言い訳と退行しかない”熟議“を見ていると日本の方向性はおよそ見えている。ハッキリ言っておく。戦後日本に住み続けようとする集団に同調せず、進める奴は、全体など放っておいて進めるだけ進め。

◇頭脳流出 – 日本語は島国の劣った連中がしゃべる土俗語になる

このままカタカナ英語を氾濫させていった場合何が起こるのだろうか。

Serious Brain Drain Threatens Korea, Report Says

The Hyundai Research Institute said in a report Tuesday that Korea is suffering from a serious brain drain, with a surge in the outflow of highly-educated human resources. A continued brain drain will inevitably weaken the nation’s competitiveness, the think tank said. According to the report, Korea has a brain drain index (BDI) of 4.91 out of 10, ranking it 40th out of 61 countries. That’s down from 4th place among 48 countries in 1995, when Korea’s BDI was 7.53.
The BDI is an indicator of the intensity of a brain drain in a country. A lower reading means that more highly-educated people are going overseas in search of jobs.
Korea’s net brain gain, which indicates an influx of highly-educated foreigners, also decreased at the same time.
The average net brain gain of 30 OECD member countries rose 0.6 percentage points from 1990 to 2000, from 1 percent to 1.6 percent. Korea saw a 0.1 percentage point drop, from -1.3 percent to -1.4 percent during the same period.
The report said that the Korean government lacks strategies to lure talented foreigners, while other countries are striving to attract such human resources.
The report called on the government to devise various measures to entice valuable foreigners, keep domestic qualified human resources at home and encourage Koreans working on academic degrees abroad to come back. As an alternative, the report proposed a more flexible immigration system.
To prevent the brain drain, the report called for a reform of the education system, including strengthening public education, abolishing private tutoring and enhancing the competitiveness of college education, which meets the need of industries while focusing on research.

【社説】海外流出ばかりで韓国への流入ない人材環境
現代経済研究院は、韓国から優秀な人材が流出しており、人材空洞化が懸念されるとの内容の報告書を発表した。報告書は海外への人材流出が大きく増加している一方で、海外から韓国に流入する優秀な人材は限られており、先端技術分野における国際競争力が脅かされているとした。

スイスの国際経営開発研究所(IMD)が発表する「頭脳流出指数(Brain Drain Index)」において、韓国は1995年に7.53を記録し、米国・ノルウェー・フランスに次いで第4位に付いていた。しかしそれが2006年には4.91にまで低下し、40位に後退した。頭脳流出指数は、数値が10に近づくほど優秀な人材が海外に流出する傾向が少ないことを意味する。一方、同期間にアイルランドは頭脳流出指数が2.48から8.14へ、インドは3.0から6.76へと大きく向上した。

韓国の場合、米国で科学技術分野の博士学位を取得した留学生のうち、帰国せずに米国にとどまった人の割合も1992-1995年の20.2%から、2000-2003年には46.3%にまで拡大した。また米国の科学財団が2004年に行った調査では、在米の韓国人博士号取得者のうち、73.9%の人が「米国にとどまる予定」と答えた。

朝鮮日報

自国(≒韓国語圏)の市場規模が小さく、内部での成功の可能性が低い韓国で起こっていることだが、異常な競争環境の中で、出来る人間は直接英語を覚えて外に出て行く。そして、その多くが帰ってこない。国内に残るのは土俗語しかしゃべれない中級以下の人間ばかりとなる。

問題はさまざまな障壁、中でも”内輪のノリでどんどん変わっていく土俗語”によって頭脳流出が還流にならない点だ。別に自国の人材が流出しても、他国からその高水準の人材が入ってきてくれればいいのだが、こういう内輪でしか通用しない土俗語の環境に国際水準で通用する人材がやってくるのは経済がブクブク膨らんでいる時だけだ。

仮に日本語圏なるものがあるとしよう。戦前日本領で日本語教育を受けた人々、移民として出て行って、まだ日本語を使っている人々、経済的理由、漫画や animationなど文化的理由で日本語を身につけた人々。そんなまともな日本語を憶えている人間にとって、次から次とカタカナ語を捏造し氾濫させる戦後日本語はどんどん理解しがたいものとなっていく。

カタカナ外国語にまみれて劣化していく日本語は、経済の縮小とともに島国の劣った連中がしゃべるだけの土俗語になっていく。原語の直接表記は、日本語と国際標準語を分断してしまわずに、カタカナ英語の増殖という悪しき根を絶って伝統の中でつながる日本語を保ち、国際言語への橋を架けて両方への行き来を容易にする唯一の策である。

逆頭脳流出 @ 経済学101

◇世界言語勢力図

国家単位の人口ではbest10常連の日本だが、言語勢力としてその人口を見ると意外なほどちっぽけであることがわかる。それ以上に、日本以外の言語勢力は急速に人口を拡大し続けているのに日本とRussiaだけが人口を減らしている。

一生懸命描いていたら、図を描くのにも馴れてきた。これから色々使っていこうと思う。

◇カタカナ英語で偽の世界に迷い込むと戻るのに何倍もの手間がかかるの図

・カタカナ英語が本来の事実に通じる橋を焼き払っている

橋を焼き払っているだけならいいが、カタカナ英語は偽物の橋を架けて、偽の意味、偽の世界に誘導している。

・カタカナ英語を止め原語を直接表記することで英語圏への橋が架かり、道が開ける。

橋がかかり道が開けば、後は実用に基づいてそれぞれが身につければよい。

下手糞だがとりあえず描いてみた。

Oxford English Dictionary ‘will not be printed again’ @ Telegraph

“The printed book is about to vanish at extraordinary speed. I have two complete OEDs, but never consult them – I use the online OED five or six times daily. The same with many of my reference books – and soon with most.

“books are about to vanish; reading is about to expand as a pastime; these are inescapable realities.”

英国の権威ある英英辞典Oxford English Dictionalyはもう紙で出版されることはない。すべてdigitalに移行する。その理由は簡単だ。digitalの方が紙とは比較にならぬほど圧倒的に利便性が高いからに決まっている。

一方日本では、「紙があって、よかった」 日本新聞協会が一斉広告 電子化に必死の抵抗などと紙のbusiness modelに依存する出版業界がdigitalの方が紙のそれより高いという狂った価格を押し付けながら、必死の妨害宣伝活動を行い、老害文化人は紙で教育しないと人格が歪むなどと狂った言説をぶちまけている。

「紙の新聞や本がなくなってよかった」、狭い家屋に住む日本人の多くがそう思える日はまだ遠い。

◇カタカナ英語の原語表記化を進める戦略的方法論 – 「カッコワルイ」と「ヤバイ」の利用

個人levelにおける、つまり下からの原語表記を進める上で、「もう日本がこれだけ落ち目で世の中global化してるのにカタカナ英語なんて使ってるのヤバくね?」というヤバイの感覚とともに、「カタカナ英語なんて使ってるのカッコ悪くね?」のカッコワルイの感覚を社会に充満、横溢させていくことが効率的だと考へる。

下からの原語表記の主体となるのは若者・若手の現役世代であり、合理的な選択や、いつになるかもわからない上からの押し付けに頼るより、集団感覚や空気に従わせる方が移行は遙かに容易い。

◇hearing

hearingにはずっと取り組んでいて、知らない英単語を覚える時は必ず音と一緒に知るようにしているのだが、それで着実にbaseは増えていくものの、人の発音は千差万別で辞書的な発音がそのまま当て嵌まることは少ない。辞書的な聞き取りやすい発音であったり、同じ人の喋りをずっと聞いていると聞き取れるようになることが多いが、映画などでそれぞれまるで別の声を持つ俳優がバラバラに喋ると聞き取りから英語を再生するのは一苦労で、もちろん大半は理解できるものにならない。

人間が言葉を話すとは、音をどのように異ならせて言葉として表わしているかなのだが、基本的にはその生態に合った太い軸があって、そこからの僅かな差で言葉を表現している。野太い中年の声を持つ男性がいきなり、オカマの様な高い声を出すことはあまりない。高い声調を基本として持つ若い女性がいきなり低い声を出すこともほとんどない。軸を中心にわずかに発音を変えているだけだ。

この話者ごとの軸を取って、そこからの差異で言葉を識別する方法はさまざまに異なる発声を聞き取る上で有効な手段だと思ってやっていたが、普段意識していなかった母国語の発音からの認知をあらためてよく見ると、軸など何も意識しておらず、むしろ周縁を自然に受け取ってよどみなくimageに転換している。

これはやはり、言葉と全身で関わる状況と発音が一体となった経験の積み重ね為せる技であって、その様な経験が決定的に欠如している外国語を聞き取るというのは、中々難しいことだと思わざるを得ない。

◇学習とはなにか

・学びは肉体への意味の結合

学ぶ対象はそもそもその個体にとって意味のあるものでなければならない。それは肉体がその意味を求め受け入れる態勢を整えているからである。

・学びは神経・筋肉を含む肉体全域との関連性の確立、生きるに際して意味を発揮する新しい肉の獲得である

・学びが既存の肉への新たな関連の確立である以上、それは全身経験、五感などより多い感覚との共時経験であればあるほどよい。逆に全身やより多くの感覚から切り離された学びは肉に定着しない。

・定着しない学びとは、「そもそもその個体にとって意義がない」、「既存の肉・神経に結合する回路に欠けている」

・学びは肉の身である生体が、この世からより意義を獲得するための手法を見いだし、盗み、身につけることである。

・現象世界の真理を知ることと、目前的欲求を果たす為の手段を身につけ効率化すること、その二つを統合してより高度な意義獲得の道具・手法・体系をつくり身につけることが本来の学び。

・通常「勉強」と呼称される、組織への埋め込みとしての人間加工を学びと勘違いしている。

・個体にとって無意義な行為は無意味としか知覚されず、無駄で苦痛に満ちた作業として通り過ぎる。有意義な行為は学びとして肉体に回帰し肉体をより意義有るもの、意義あるものを獲得するものへと変容していく。

◇より積極的、より合理的

カタカナ英語をなくすことと英語学習の両方を書いていくことにした。元からこの二つは一体で、合理的な選択として当たり前のことをやったら、”カタカナ英語を使わない”ということになる。

◇大文字か小文字か

日本語とくらべると”っぁぃぅぇぉ”など小文字に見えてしまう関連から、見づらいとおもって全て文中に出てくる英単語も最初の文字を大文字で書いていたが、最近は文頭や固有名詞以外小文字で記述するようにし始めた。

・文法に沿っている

・手間がかからない

・そもそもカタカナ英語など使っていない海外日本語話者の文中英語表現を見ると小文字である

などの理由による。これを文法規定として、極端にこだわる必要はなく、見づらい場合は大文字で記述すればいいと思う。

◇TV

ふと家人が見ているTVを見かけると、年寄りが「テイクアウト」などカタカナ英語の意味がわからないことを笑って、「時代についていけてないよアンタがたは」とでも言いたげな番組をやっていた。もう終わりが見えている腐った泥沼の感覚を披露しているのは、番組を作ったり、こんなものを垂れ流している方なのだが、カタカナ英語が”カッコイイ”だとか時代の先端だとか何の疑いもなく信じている存在があまりに下なので驚いた。


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3 Comments »

  1. こだわりを感じますな。

    Comment by さい — 2010年7月22日 @ 00:18

  2. 一枚目の図は日本語勢力の小ささが視覚的にわかりやすく、とても効果的でしたが
    二枚目の図は文章だけでも十分だったのではという気がします。

    Comment by Anonymous — 2010年9月12日 @ 23:26

  3. 下の一枚は世界言語勢力図の中で、戦後日本に関わる問題と解決策をclose-upして図示したものだから、あれはあれで役立つと思うよ。
    もうちょっと工夫したり内容追加して”カタカナ英語をやめよう”の方にはめ込む予定。

    それに下の一枚が基礎的な描き方を習得させると同時に、戦後日本の言語問題を語る上で欠かせない戦前日本、それがさらに世界言語環境との関わり、と発展して上のが出来たんだなぁ。
    何でもつくってみるもんだよ。

    Comment by sajin — 2010年9月13日 @ 06:43

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