SAND STORM

朝ぼらけ

2009年10月30日

Victoria – Original MOD : Central America

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Mexico

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以下、開発試験中

◇初期設定

MexicoはどうもParadox側の設定では保守統一独裁国家ということでやっているようだが、歴史通りにeventを再現していくとGC開始でもかなり弱体化してしまうので全体的なbalance調整が必要になる。

Texas独立戦争時、マヤ人が徴兵されていること、Texas自体もMexicoへの忠誠さえ誓えば諸外国人の流入が自由だったことなどから、保守党も完全市民権に変更。

中南米諸国はSpainから解放されたため自由平等が大原則で保守党だから違うということはあまりない(独裁政権下ならともかく)。先住民への差別的扱いは合衆国と同様であるが、奴隷に関してはMexico・中米共に独立早々に廃止しており、むしろ遥かに先進的であった。自由党の特徴は反地主・教会特権否定などどちらかというと後の共産主義・社会主義に近い。

RevolutionでMexicoがさらに弱まった感が強いので、game balanceからも歴史的にもこちらの方がいいだろう。

・Mexico保守派の台頭

合衆国同様の連邦共和国として独立したMexicoであったが、保守派は中央集権国家の成立を狙い各州の権利を否定した。これに反発して幾つかの州が独立行動を起した、その1つがTEXASである。

初期Setting。

・リオ・グランデ共和国

1840年テキサスに南接する州も同様に独立を宣言しリオ・グランデ共和国を名乗った。しかし、テキサスの正式な協力は得ることはできず、軍事的情勢も明るくない中で共和国は交渉により年内に元のMexico領内に戻った。

・ユカタン共和国

テキサス・リオグランデに続いて独立したのがユカタン半島のユカタン州である。彼らはユカタン共和国を名乗り、サンタ・アナの軍事的侵攻を退けたが、同時に行われた経済封鎖は彼らを困窮させ1824年憲法に記された半独立権を条件にMexico国傘下に戻った。

1835年に保守派がMexicoをそれまでの連邦政府から単一政府に移行すると、ユカタン州では不満が増大し、1838年には反乱の火の手が吹き上がって1840年には独立を宣言した。
この時は1824年憲法の権利を認めることで収まったが、1842年、サンタアナはそれを否定し軍事介入を行う。軍事介入そのものは退けたものの、同時に行われた経済封鎖によりユカタン経済は逼塞し、結局は1825年憲法の権利を得ることで半独立状態のままMexico連邦の中に留まった。

その状態のまま米墨戦争が起こった為、ユカタン州は再び独立を宣言。米墨戦争自体には中立を取る。ユカタン共和国が再び併合されるのはこの後、先住民の反乱が起きてMEXICO以外からの支援の望みが完全絶たれた後の1848.8.17である。

・カースト戦争

Spain支配の時代Spain本国人、現地生まれのSpain人クリオーリョ、先住民と混血のメスティソ、白人と黒人の混血ムラート、黒人奴隷など細かなカーストが定められていたが、先住民はそれらすべてを通り越してあらゆる人種の最下層に位置づけられた(黒人が”家畜”扱いなら先住民は草木も同然の扱いであった)。

スペイン人の侵略と収奪、さらに彼らが持ち込んだ疫病により多くが死滅したマヤ民族であったが、19世紀に至ってもユカタン半島には未だ多数の原住民が伝統的な生活を行っていた。

1821年、Mexicoがスペインからの独立を遂げ、建前上は全人種平等になったものの実態はスペイン本国人が現地のクリオーリョやメスティソにすりかわっただけで原住民にとっては何の関係もない話であった。

元より差別的扱いは続いていたが、進行する先住民共有地の侵奪は彼らの生存を直接に脅かし、遂に1847年3人のマヤ人の処刑をきっかけに反乱の火の手が吹き上がる。

・ユカタン共和国の懇願

1847年、遂に先住民が蜂起するとその勢力は一部の城塞都市を除いた半島全域を占領した。この反乱によりユカタン政府は独立権をかなぐり捨て米・英・西にその支配下に入ることを条件に鎮圧の要請を行った。

・カースト戦争の終結

反乱は城塞に守られた都市部以外のすべてを占拠し、半独立状態だったユカタン政府は列強に助けを求めるものの結局は見捨てられ、Mexico政府に屈辱的従属を誓ってようやく救援される。

この反乱は1901年にマヤ民族の首都 Chan Santa Cruzを占拠するまで続き、さらに小規模な抵抗は1911年まで絶えることはなかった。

1901年、マヤ国家の首都が占領されたことによって遂に叛乱は収束する。しかし小規模な抵抗はこの後さらに10年間続いた。

・アラヤ綱領

サパタは「強奪された土地・森林・水利などの財産は、正当な権利を有する村及び人民が直ちに保有するものとする」アラヤ綱領を発表。

1911年3月に宣言され、11月に発表された。

・パンチョ・ビリャ
小作農上がりの義賊パンチョ・ビリャは後のチワワ州知事アブラハム・ゴンサレスに感化されたことで革命の闘士となった。彼は合衆国の息のかかった独裁者ウェルタ将軍を打倒する。

しかし、その後の権力争いでカランサ派に破れ米国がカランサ派を承認すると、ビリャは米国への報復のためにニューメキシコ州を襲った。


米墨戦争

・米墨戦争の宣戦布告を歴史通り米側から行うように変更

挑発行為、宣戦布告ともに米が先

・米墨戦争に限らず、New Mecico/Arizona/Californiaなど後の米国所有地を交渉戦争に関わらず米側が受け取る時には歴史通りの金額が発生するように修正。

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・カリフォルニア共和国独立

米墨戦争直前に至ってもカリフォルニア州には合計1万に満たぬ人口しか居住しておらず、メキシコの支配とは形だけのものであった。

1846年春、米国務省の派遣したフレモント中佐は”探検”を名目にカリフォルニアを訪れ、カリフォルニア独立の扇動工作を開始する。 米墨戦争が始まるとアイダ(William B. Ide)に率いられた反乱軍はソノマに駐屯していたメキシコ軍200人を追い払い、 ソノマに高々と手作りのカリフォルニア共和国旗を掲げた。

米墨戦争時、米がある程度押し込むと発動

・カリフォルニア併合

カリフォルニア共和国の歴史は長くは続かなかった。 米国艦隊が到着すると、上陸した米兵はカリフォルニア旗を降ろし合衆国旗を掲げた。 共和国はその短い歴史を米国に併合されて終えた。

独立後、米がさらに押し込むと発動

・聖パトリック大隊

米墨戦争に徴兵されたものの内、英国の支配による植民地収奪を受け、白人の中でも最下層として差別されていたアイルランド系移民の中には米国の侵略戦争に反発しアメリカ軍籍を放棄して同じカトリックのメキシコ側に走ったものが多くいた。 そのような欧州出身のカトリック教徒を集めた聖パトリック大隊(サン・パトリコス)が結成され米軍に対抗した。


Central America

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以下、開発試験中

※中米連邦event群は通常版1.04で多くの部分が出来ていたのだが、Revolutionでgame balance(特に反乱発生の仕方)が大きく変わり、一番肝心な最初の段階で使い物にならなくなったので当分出せそうにない。

反乱を自然発生させるのではなく、event発生させることで目途はついた。現在balance調整とbug取り中。

中米連邦とその構成国、グアテマラ・エルサルバドル・ホンジュラス・ニカラグア・コスタリカを統括的に扱う。おまけとして運河絡みでパナマも。

初期設定

中米地域の総人口は当時128万(1824)~200万(1855)だが、各国が戦争を行える程度に人口・経済を整えると200万を少し越す程度になった。

・自由党を多元主義、完全市民権に変更

これで中米連邦→その後継国家で自由党が与党であればかなりのペースで移民が訪れる。実際に自由党の政策を見るとその方が相応しいし、中米連邦域の人口の増え方は現在に至るまで30年ごとに倍々に増えており、これは当然大量の移民が流入しているからであろうことを反映させた。

・モラサンの急進的改革 – PreHistory & Setting

中米連邦崩壊時の大統領Morazanによる、教会特権の排除など保守派に対する強烈な改革などを反映すると同時に各地の自由派:保守派の割合をSet

・連邦の崩壊 – 置き換え

元設定ではグアテマラが首都かつ後継国となっているが、当時の首都はサン・サルバドルかつ連邦派の中心はエルサルバドルなのですべてエルサルバドル中心に変えた。

グアテマラはスペイン時代の統治機関ではあるが、ほとんどの期間連邦否定派の最右翼として行動したので相応しくない。

・グアテマラの独立
・ホンジュラスの独立
・ニカラグアの独立
・コスタリカの独立

各国首都を反乱軍が占拠した時にUCAからグアテマラ・ホンジュラス・ニカラグア・コスタリカの各国家に移行可能。

1つのevent内で処理できないので、国家変更→サンサルバドルのみでUCA独立→該当国家領域でない部分をUCAに引渡し

という三処理を経ている。

また独立後のSetting(自由派:保守派の割合、最低限の軍隊追加他)も含む。

・連邦の終焉 – 二国家独立

連邦内の二国が独立した際に、連邦を終わりにし、エルサルバドルでの続行を選択できる。AIは50%の確立で終焉を選択。

・連邦の終焉2 – 三国家独立

連邦内の三国が独立した際に、連邦を終わりにし、エルサルバドルでの続行を選択できる。AIは75%の確立で終焉を選択。

・エルサルバドルの自立(連邦の終焉 3) – 四国家独立

これは選択肢一つのみでエルサルバドル移行を強制。

・反君主暴動
・反自由派暴動

首都を反乱軍に占拠させて革命を起し、それで急進値を下げて逃げ切ることを防止するため、

君主制/立憲君主制の場合、自由主義者による反乱
民主制+国家価値観が自由(最初は平等)の場合、保守派による反乱

が起き、より収集のつかない事態に陥る。

・終りなき反乱

1850年まで毎年2部隊が反乱軍として現われる。

・Morazanの復讐

1842年、パナマに亡命していたモラサンはエルサルバドルで500人の兵を組織するとコスタリカに上陸し、現地の自由党に迎え入れられてコスタリカの実権を握った。

彼はコスタリカ人に人頭税など重税と徴兵を課して連邦再建の軍を起す。

1844.12.2(モラサンの行動と同期してチナンデガ協定で結ばれた再建連邦の崩壊日)までにグアテマラを屈服させないと、コスタリカの民衆はモラサンを処刑するだろう。

・英国の支援

イギリスはグアテマラに支援を行って連邦の再統一を阻もうとしている。 彼らにとってはその方が都合がいいのだ。

Morazan’s Revengeでの四カ国軍に対抗するため、英国の支援を受けていたカレーラの側に軍団追加。

・Morazan戦死

・Morazan処刑

モラサンの唱える理想の重みにコスタリカ国民は耐えかねた。

グアテマラとの戦いにも成果はなく、コスタリカ人民はいつ終わるとも知れない”理想”の重みに耐えかねて遂にモラサンを捕らえると処刑した。
私が死んでも理想は消えない、後世が私を裁くだろう!

連邦絡みのことに関わってもいいように利用されるだけというのがコスタリカ国民の得た教訓である。以後コスタリカは他の四カ国と違いいかなる国とも距離を置いた立場で行動していくことになる。これが現在の平和国家コスタリカが誕生した由縁である(しかし、俗に喧伝される全くの武力放棄の平和国家というのも嘘っ八だ。隣国ニカラグアが独裁者に乗っ取られた時、連合軍を組織しその中で最大の犠牲を払って打倒したのもコスタリカである。戦後日本のようなPacifismとは全く異なる。)

・ロス・アルトス共和国

1861Scenario以降でグエグレエナンゴがMexico領になっているがそのような事実は全く無く、これはVictoria上でアティトラン域にあったロス・アルトス共和国西部を連邦崩壊時にMexicoが掠め取ったことを表していると思われる。

実際にはこの地域はチアパスとアティトラン境の僅かな沿岸域であるが、GCからはこれが自然に再現されないので”ロス・アルトス共和国”eventを作り、グエグレエナンゴ割譲を実現する、かもしれない。

Processとしては反乱軍発生→占領で割譲event発動と簡単だが、実行すれば実態に異なる。

・ニカラグア航路開通

合衆国の輸送王ヴァンダービルト(当時はまだ鉄道王でなく蒸気船輸送のみ)はゴールドラッシュで湧く西部への移動routeを開拓することが莫大な儲けに繋がると察知すると即座に行動に移った。

ニカラグア政府から運河建設の許可を取り付けると、まず手始めにサン・フアン川~湖を蒸気船で航行できるよう浚工し、残りの区間に鉄道を通してニカラグア航路を開拓した。

・ニカラグア航路の衰退

ヴァンダービルドが蒸気船で世界一周旅行に出ている間に航路会社を任せた部下達は背任行為を行っていた。

彼は報復としてパナマ鉄道を開通させ、ニカラグア航路を干し上げる。

・ニカラグア運河

ニカラグア運河はパナマ運河より先に建設が計画されたが、パナマ運河がスエズ運河開通の勢いで仏のレセップスが受注→甘く見ていたので頓挫→他国の手に握られることを恐れた米国が介入し、乗っ取り。という過程を経て開通すると、最早ニカラグア運河の存在は不要であるばかりか、脅威でしかなかった。

そこで米国はニカラグア運河を受注しようとする欧州列強のApproachを妨害、さらにブライアン・チャモロ協定で完全に封じ込める。

Victoriaにはパナマ・スエズ以外、物理的に運河を通すことができないのでevent的には限定されたものになる。

・ブライアン・チャモロ協定

1914年、合衆国は300万ドルでニカラグアから「運河掘削権」を買い上げた。これは運河を開鑿するためではなく、他国の運河開鑿を防止する目的で行われた。

ニカラグア運河建設はニカラグア国民の悲願であり、現在でもその実現に向けた行動は続いている。

スエズ:運河開鑿のみ
パナマ:水門による水位調整×1
ニカラグア:水位調整システム複数、それに伴う調整池他諸々

と工事の困難さと、収入-維持費で元が取れるのかという問題がある。

・連邦再結成への試み
エルサルバドル・ホンジュラス・ニカラグアの三国が連邦再結成に同意すれば連邦は再建される。

1851にこの再結成によってできたFederation of Central Americaは短期間に解消された。

どの国からも可

Central America – Historical Unions and Federations

・連邦の再分裂

どの国へも移行可

・William WalkerのMexico侵入
USAの元弁護士William Walker(ウィリアム・ウォーカー)が下カリフォルニア地区に潜入し、反乱を起す。

・ソノラへの飛び火
ソノラでも発生

・Walkerのニカラグア侵入

もっとも著名なフィリバスター ウィリアム・ウォーカーによる一連のニカラグア騒動を再現する。

ニカラグアで反乱→全土占領

・ウォーカー、大統領就任

大統領独裁制に移行

・国民戦争

Walkerに対抗する他四カ国軍による同盟と排除

・Walker再上陸

ニカラグアに反乱発生

・Walker処刑さる

・セラヤの改革

・大中米連邦

グアテマラ

・カレーラ

・鉄道の代償

ベリーズの中核州主張を消す代わりに鉄道敷設

・バリオスの統一軍

カレーラの支配の下、連邦否定の最右翼として行動してきたグアテマラだったが、自由党が政権を取ったことによって風向きは変わった。


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